第八話 命の理論
「攻撃だとッ⁉︎ まさか我ら以外にもこの星を狙っていた奴らがいるということか? だが、この宙域は“我らの管轄内”のはずだ! “協定”でそう決まっておろうが!」
「え、ええ…。そのはずなんですが…。」
「落ち着きなさい、デュフォン。操縦士君を責めたって仕方がないだろう?それよりも操縦士君、船の状況は?」
「は、はい。推進装置を破壊されました。動力源は問題ありませんが、これでは突入できません。」
「そう…。つまり、敵の狙いはこの船の破壊ではなく、足止めだったということなの?」
「はい。こちらを本気で殺す気なら、最初から動力源を狙っていれば済む話ですから。」
「その場合、私は最悪なんとかなっても君達は死んでしまっていただろうからね…。そんなことになれば…。」
ノアはその整った顔にぞっとするような笑みを浮かべた。
「私が黙っていない。」
そう言って放たれた覇気にデュフォンは思わず畏怖する。
この方が我らのリーダーで本当によかったと心から安堵する。
「敵もノア様の本気の怒りを買う気はないということですか…。」
「そう。あくまで妨害だ。君のいうとおり“協定”があるから、あくまで見つからずに偵察するだけのつもりだったんだろう。だけど…」
「“アレ”を見て、事情が変わったと。」
「そう。“アレ”はイレギュラー中のイレギュラーだ。」
愉快そうにそう話すノアと対照的にデュフォンの心中は複雑だ。
ノアの推測通り“アレ”の主が本当に獲得した魂を増幅させる力を持つ者なら、相当厄介なことになってくる。
今までの“常識”が一気に覆される。
その“常識”――それは、デュフォン達の惑星の者達なら誰でも小さいころから教育され、誰でも知っている、この世界の“命”に関する理論だ。
まず、この世界に存在する“命”の絶対量は不変で、広がり続けていると言われている宇宙とは異なり、一定のまま増えたりはしない。
とてつもなく巨大なバケツがあると考えると分かりやすいかもしれない。
そこには始め、この世界の全生物の“命”という水が入っている。
そして何かのきかっけで、その水がこの世界に水滴となってばらまかれる。
その水滴が宿主の体に宿ることで、初めてそれは一つの生命体として活動し始める。
だが、その“命”という水は生きている限り、蒸発し続ける。
つまり、生まれた瞬間に宿っている水の量、それが“寿命”と呼ばれているものなのだ。
蒸発した水は元のバケツへと戻っていき、そこでまた新しい宿主を割り振られ、その主の元へ飛んでいく。
こうして生命は循環していた。
だが、そこへ『命喰い』が発生した。
『命喰い』によって、『ザーク』、『魂術』が登場した。
倒せば寿命が手に入る『ザーク』、使えば寿命が減る『魂術』。
それぞれが持つこのような性質によって、“命”の循環は前よりも圧倒的に活発になったと言えよう。
だが、命食いが起きようともその本質、命の総量が一定だというのは不変だ。
むしろ、自分では命を作り出せないから、他人の『命喰い』をしたともいえる。
もっとも『命喰い』が何者かによって引き起こされていると仮定すればの話だが。
そんなわけで超常現象としての『命喰い』ですら、最低限のルールは守っていた。
だからこそ、今回地球に出現した謎の巨大な生命反応の主が、ノアの推測通りの力を持っていたらこれまでの常識が崩れ去ってしまう。
そして何より一番の問題はその主の出現で“各陣営”のパワーバランスが崩壊するかもしれないことだ。
―そう、『命喰い』は地球とデュフォンらの惑星だけで起こっているわけではない―
「操縦士君、船はどれくらいで直せそう?」
「丸三日ほどあれば可能かと…。」
「長いな…。もっと早く仕上げることはできんのか?」
「やってみないと分かりませんが、その…」
「デュフォン、無茶を言ってはいけないよ。私の前だ、操縦士君は無茶を言ってくれていて、それでも三日なんだよ。」
そして口癖のように呟く。
「その人ができる以上のことをその人に求めてはいけない。いつも私が言っていることだ。」
そう、ノアはいつだって他人にその人の能力以上のことを要求しなかった。
ノアは、勤勉で最大限の努力をしている者には、その功績の多寡にかかわらず評価した。
そのおかげで才能のない者も努力を惜しまず、花開いた者も多い。
逆に才能ある者にとっても、その才能にあぐらをかくもなく、地道な努力を続けられる。
結果によらず、その者が最善を尽くしたかどうか。
ノアにはそれを見抜く慧眼があった。
そしてその考えをノアの星の者にも徹底させていた。
だからこそ、ノアの星の人々は万人が自身の最大限のパフォーマンスを発揮する習慣をもっており、そのおかげでその星の文明は発達したのだ。
だが、
「今回ばかりはそうも言っていられないね。“イレギュラーちゃん”には自力でザークの包囲網を抜けてもらうしかない。」
「…」
実際それは“できること以上”のことでしかなかった。
『魂術』も知らない生身の人間が、数百、場合によって数千のザークに取り囲まれて生き残れるとは思えなかった。
「母船に連絡は…」
「当然できないよ。電波妨害を受けているようだ。完全にしてやられたね。」
「母船は無事でしょうか。ここから見ればひとまず船体は無事ですが…」
「中がどうなっているかは不明だね。放っておいたら一日後には突入してしまうから、敵も当然、策を打っているだろう。」
「ですが、我らの船の中にも腕の立つ者がたくさんおります。そう簡単には…」
「同時に多数の非戦闘員もいるけどね。」
「…」
「まあなんにせよ今私達にできることはほとんどない。この船が動き出せるようになるまで待つしかないよ。全ては動けるようになってから。できる以上のことはしてはいけないよ。」
そう言って下がっていこうとしたが、思い出したようにふと足を止める。
「まあ、でも、せめて祈るくらいはできるよね。」
そう言って目を細めて青く輝く地球の方を見やる。
「頑張ってね、“イレギュラーちゃん”。私、あなたと会ってみたいんだ。」
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「よっしゃあ~! 抜けた~!」
「そうだね。でもまだこいつら追って来るよ。」
「なんのなんの! 一旦抜けたらこっちのもんよ! 後は爆速で走って引き離さばいいの。この怪物一般人並みに足遅いんだから。」
さらっと一般人が足が遅いと評しているのは、ご愛敬だ。
そしてチラッと振り返って意味ありげに微笑む。
「イグっ、リナについてきなさい!」
「分かった。リナについていく。」
そう言って二人はギアを一段上げ、加速する。
二人が包囲されてから丸一日。
その間、一瞬の隙も見せられないような極限の状態で怪物と戦い続けてきた二人は、しかし、疲れなど微塵も感じさせない走りで、怪物の群れとの距離をぐんぐん突き離していく。
そうして怪物との距離が十分に広がったと判断したリナは少しスピードを緩める。
相変わらず辺りにいる怪物はリナを見つけると襲って来るが、イグが条件反射のように刀で一刀両断する。
ちなみに刀は、もう少しましな武器があった方がいいと、途中で寄り道して店から拝借してきたものだ。リナも同様に手にしている。
怪物のいない開けた視界。
その一日ぶりの人っ子一人いない新鮮な景色のなか、リナはやっと怪物に汚されていない新鮮な空気が吸えるとばかり、大きく深呼吸する。
そこではたと気が付いた。そう、人っ子一人もいない。
そうだった。寿命が多すぎて困っていたリナだったが、そんな悩みを抱えているのは、この地球上でリナだけだろう。
一般人は寿命が少なかったせいで絶望に沈んでいたはずだ。
そしてそれらの人々の寿命は確か一日だったはず。
だとしたら、なんのアクションも起こせなった人は死に絶えている頃だ。
リナは辺りを見わたす。やはり誰もいない。しんと静まり返った通りは物音一つしない。
少しだけ寂しさを覚えたが、致し方ない。
今やこの世界のルールは、力なきものが淘汰されていく、そんな本来の自然の摂理に沿ったものなのだから。
そんなことを考えながら、文字通り人気のない通りを二人走り抜けていたリナ達だったが、ある学校の前を通り過ぎようとした時だった。
「ん?」
リナは急に足を止めた。
イグは感情がないので驚くこともなく、同じように止まる。
弱弱しい反応だったのであわや通り過ぎるところだったが、間違いない。
リナの『命覚』が学校の中から生命反応を感じ取っていた。
―つまり、生き残りだ。
それも、
「これ二百人くらいいるんじゃない?」
一人、二人の話ではない。
今やすっかり人のいなくなったこの世界に二百名くらいの生命反応が感じられた。
全員があの怪物を倒したというのだろうか。
何かある。
リナは本能的にそう感じた。
なら行かないという選択肢はない。
リナはためらうことなくその学校の敷地内に足を踏み入れる。
多数の反応は体育館の中から発せられていた。
そうして足早にたどり着いた扉の前に立つ。
(何か面白いこと起これ!)
そう願いながらリナは扉を豪快に開け放って―
―その瞬間、中から目にも止まらぬ速さで、リナの心臓に向かってまっすぐ刀身が伸びてきた―
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