表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第七話 リナだから

 どこを見ても――怪物、怪物、怪物。


 修羅の道を歩もうとするリナに、状況はご丁寧にも極上の舞台を用意してくれた。


 増えすぎた寿命に引き寄せられたのは間違いない。

 その証拠に、どの怪物の視線もイグではなくリナを狙っている。


 怪物にも寿命の匂いが分かるのだろうか。

 人間が怪物を狩って寿命を得ようとするように、怪物もまた寿命を奪おうとする。

 一体一体の命が一日しかない彼らにとって、百年を抱えたリナは極上のご馳走だ。


 リナという極上の果実は強大な魂の香りを放ち、怪物たちは蟻のように群がる。


 ――これは厄介な問題だ。


 リナが寿命を抱える限り、どこへ行っても怪物を引き寄せてしまう。

 しかもこれ以上命を奪えば、寿命はさらに増え、状況は悪化する。


 殺さずに四肢をもぎ、追えなくするしかない。だが、それは倒すよりよほど手間がかかる。


 だからこそ、突破にはイグの力が不可欠だった。


 リナはちらりと彼を見る。

 絶望的な包囲の中でも、イグは表情ひとつ変えずにリナの指示を待っている。

 だが、刹那、ある考えが脳裏をよぎる。


 ――巻き込んでいいのだろうか。


 この数を全滅させるのは不可能。

 血路を開き、真っすぐ突き抜けるしかない。

 少しでも傷を負えば終わり。命懸けの綱渡りだ。


 正直、やってみないとどうなるか分からない。

 自分はここで死ぬかもしれない。


 だが、最悪イグだけなら逃がせる。

 怪物たちの狙いは百年の寿命を持つリナであり、一週間しかないイグなど眼中にない。

 囮になれば、イグなら確実に逃げ切れる。


 ついてきてほしい。けれど死なせたくない。

 頼れば大きな負担をかけてしまう。

 それは人に頼られることはあっても、人に頼ったことのないリナにとって慣れない葛藤だった。


 本来、即断即決のリナに葛藤などありえない。

 だが、イグのことで頭を悩ませるリナにとって、それだけイグは「例外」だった。

 勝利以外の言葉を知らない彼女に初めて敗北を教え、想像もできない発想でリナを驚かせる唯一の存在。

 そして今も、決断を迷わせる唯一の存在。


 ――ならば、本人に聞けばいい。


 けれど怖かった。

 もし拒まれたら。

 そんなリナらしくもない臆病な考えが頭をかすめる。


 だが時間はない。これだけは聞かなければ。


「イグ。あなただけなら確実に逃がせるよ。それでも……私と一緒に来てくれる?」


 声がわずかに震えた。


 そこにいるのは修羅を楽しむ天才ではなく、ただ好きな男の子に告白して怯える、


 ―普通の少女だった―


 だがイグはそんなリナに、こともなげに淡々と答えた。


「リナ、僕はずっと君についていくよ。その方が楽だから。」


 修羅の道を共に行くことを「楽」と言う「異才」は、続ける。


「僕には感情がないから、どうしたいとかは基本的にないんだ。ただ周りを見て、何をすべきか判断してきただけ。生きるべきだとか、死ぬべきじゃない、とかね。

 でも時々、周りでも意見が割れる時があって、その時はどうすればいいか分からなかった。けど――」


 イグはリナを見つめた。


「君はいつも僕を引っ張ってくれた。『ついてきて』って言ってくれた。だから僕はついていくだけでよかった。

 そんな人は今までいなかったし、これからもいない。だから僕は決めたんだ。ずっと君についていくって。」


 感情の見えない顔で、しかし偽りのない瞳で。

 初めてイグの胸の内を聞いた、とリナは思った。


 ――だが。


「そんなのはいやだな。」


 リナは小さくつぶやいた。


「それって私じゃなくてもいいよね。引っ張ってくれる人なら誰でも。イグにとって私はその程度の存在だったんだね。」


 その声は責めでも失望でもなく、ただ自虐的に響く。


「でも、仕方ないよね。私、イグのこと知ろうともしなかったんだから。」


 そう言いながらも、リナの胸に込み上げるものがある。それは、


「――だけど、悔しい。すごく悔しい。だからッ!」


 リナは指先でイグの眉間を突いた。

 正確に重心をつかれたイグは、尻もちをつく。


 そうやって何事かと上を見上げたイグの顔のすぐ近くに、イグの瞳を覗き込む、この世で一番の美貌を持つ少女の蒼穹の瞳があった。


 そしてリナはイグの瞳の中に自分が映り込んでいるのを確かめるように、自分とイグの唇と唇が触れそうになるほど顔を近づける。


 そして、自分以外の音の存在を許さないような、そんな意思のこもった声でイグに訴える。


「だから、イグ。私が “リナだから” ついていきたいって思わせてあげる。」


 至近距離で、逃げ場のない声。


「誰でもいいんじゃなくて。リナだからって思えるように。」

「全部がどうでもよくて、全部が同じに見えるモノクロみたいな世界でも、リナだけは色づいていて、リナだけは特別なんだって思えるように。」

「こんな近くで見つめ合ったら、ドキドキしちゃうように。」


 ――あなたが、リナと生きることこそ「正しい命の使い方」だと思えるように―


 そう言って、リナは世界で一番の笑顔を見せた。


 その光がイグの黒い瞳を照らす。瞼がわずかに震えたように見えた。


 届いたかどうかは分からない。

 けれど、言うべきことを言ったと、リナはイグから顔を離す。



 そこにいるのはもう、普通の少女ではない。

 そこにいるのは欲しいものを必ず掴み取る、傲慢な天才だ。


 リナは勢いよく立ち上がり、伸びをしてから頬を叩き、イグの手を取る。


「行くよッ! イグ!」

「……うん。」


 かくして、天才少女と異才の少年は互いに手を取り合い、怪物がひしめく地獄へと飛び込んでいく。


 二人はまだ知らない。『魂術』の存在を。

 そして、もし『魂術』さえあったのなら、二人の実力ならこの状況を「楽」に打破してみせるだろう。


 だが、リナは「楽」な道など選ばない。

 だからまだ、その時ではない。


 それはリナの望むような、そんなしかるべきタイミングで現れる。


―「天才」と「異才」がその力を知るまで、あともう少し―

きりがいいのでここで「命覚発現編」終了です!

いかがだったでしょうか?

これからキャラも規模もどんどん大きくしていく予定なのでよければ次からの話も読んでみてください。

面白いと思ったら、感想、レビュー、ブクマ、評価をいただけるとめちゃくちゃ嬉しいです!

良ければ次の話も読んでみてください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ