第六話 恵まれすぎの少女
―白凪璃奈は恵まれていた―
だがもし、この言葉から受ける印象のせいで、実際のリナの認識に語弊があるとしたら、もう少し言いなおすべきかもしれない。
―白凪璃奈は、恵まれすぎていた―
それは不気味さを感じるほどに。
その伝説には枚挙にいとまがない。
かつて街中を歩いていた時、たまたまそこを通りかかった映画監督の目に留まってスカウトされ、トントン拍子で出演した映画では、リナのその演技力と何よりその美貌が話題となって、大きな反響を呼んだ。
最終的にはなんと、その映画は興行収入歴代トップをマークした。
四大大会グランドスリムを制覇したテニスの王者が日本に来日した際には、自分に勝ったら一億やると宣言してマスコミも巻き込んで試合を取り付け、相手に一点も取らせないままラブゲームで勝利した。
全国模試でも常にトップを獲り続けているのはもちろんのこと、かの有名なリーマン予想の証明に成功し、数学史に名を残したという驚異の偉業も存在する。
まだ中学生だったにも関わらず、数多くの男達に求婚されていたリナは、何か一つでも自分に勝てるものを持っているのなら考えてやると宣言した。
どんなに自分の容姿に自信のあった俳優やアイドルも、リナの美貌を前にしては釣り合わないと早々に辞退した。
世界の名だたるスポーツのトッププレイヤー達もことごとく打ち負かされた。
一番近くにまで迫ったとされる、自分の総資産を理由に求婚を持ちかけた石油王でさえ、こんな逸話がある。
半年後に返事をやるといわれ、その通り待ち続けている間に、リナは自身の会社を立ち上げた。
そのリナ自らの手で主導した世界的プロジェクトは大成功をおさめ、その会社はわずか半年の間に、世界的大企業へと成長した。
約束の半年後には、璃奈は「世界で一番のお金持ち」になっており、石油王はなす術もなく退散した。
このように、リナの天才性は常軌を逸していた。
神はリナに過剰なほどの才能を与えた。
―そしてそれは、今回も例外ではなかった―
「…」
百年に膨れ上がった寿命を胸の内に感じながら、リナはしばし閉口する。
過剰なまでの魂の増幅力。
それが今回リナに与えられた大いなる力だ。
リナ限定の特殊能力と言ってもよいだろう。
なぜなら、イグの寿命は先ほどの戦闘で九日分くらいしか増えていない。
そもそも、あの怪物たちから「命覚」で感じ取った魂の大きさもそれくらいだった。
それが、リナの体の中に入った瞬間、バカみたいに巨大化した。
きっと、イグが普通で、リナが規格外なのだ。
イグが普通なんて、なかなか笑える冗談だが。
とにかく、リナには強大な力が与えられた。
この力があれば怪物を何匹も何匹も倒しまくらなくても、長い時を生きることができるだろう。
数分前に描いた願望が呆気なく叶えられたような心境だ。
リナは小さくため息をつく。
世界はリナにとっていつも小さすぎた。
願ったことは大抵、少し努力するだけで叶ってしまう。
だが、別に自分の才能を呪ったことはないし、およそ常人には歩めない人生を歩ませてくれることに感謝もしていた。
だが、やっぱりどこか空虚さを覚えずにはいられない。
寿命が一日になっても絶望するどころか歓喜し、異形の怪物が現れても恐怖するどころか歓待したリナ。
そんないつも陽気さを絶やさないリナが、自分の才能の過剰さに、ほんの一瞬感傷を覚え、外への注意が散漫になっていた時だった。
「ねえ、リナ。なんかいっぱい集まってきたよ。」
その声にはっと顔をあげる。
見ればいつのまにか、また怪物に囲まれていた。
だが、今回は先程と明らかに違う点がある。それは―
「いったい何体いるのかな?」
十体どころではない。
視界を埋め尽くすほのど怪物の群れが周囲にひしめいていた。
それはまるで巨大なリナの魂に引き寄せられたようで―
「よかった。」
絶体絶命の状況下にもかかわらず、リナは笑顔でそう言う。
「神様はちゃんと私の力の代償を用意してくれたんだ!」
天才は喜んで修羅の道を征く。
――――――――◆◇◆◇◆――――――――
「魂を増幅させられる能力を持った人間が現れた可能性がある?」
「うん。これは私の推測だけどね。」
デュフォンはこの船の総監ノアから、彼女の推測を聞いていた。
「…ありえません。魂の総量はこの世界で一定です。その総量から私達のような存在からザークにまで命が分配されて、この世界は成り立っているんです。
それなのに、それを無視して勝手に命の量を増やすなんて。」
「物理法則を無視することはできるのにかい?」
「…」
そう問いかけてきたノアにデュフォンは返す言葉が見つからず、黙り込んでしまう。
「君は生まれたときから、平気で物理法則が曲げられるところを見てきたからね。そんなに不思議ではないのかもしれない。けれども私にとっては未だに信じられないことなんだよ。」
彼女は儚げにそう呟く。
その言葉が意味するのは、彼女が『魂術』が存在しなかった時代を生きたことがあるということ。
すなわち、『命喰い』の経験者。
『魂術』の基礎を作った開祖の一人だ。
そんな長い時を生きている彼女は、だから、と続ける。
「今更、魂を増幅できる人間が現れたって驚きには値しない。だけど、」
彼女は人差し指を立てて言う。
「そういう存在がいるのなら、是非ともこちらの陣営に引き入れておく必要がある。死んでしまわないうちに、ね。」
デュフォンはその意味するところを理解する。
多量の寿命を持つ者はそれだけで、凄まじい存在感を放つ。
そしてザークはそんな巨大な魂に引き寄せられる性質がある。
通常はその巨大な魂の持ち主にも、それに見合った実力があるため、問題は起こらない。
だが、今回はそれとは勝手が違う。
その主はたまたま特殊な能力を持ってしまっただけだ。
その結果、その主は自身の実力に見合わない寿命を得たまま、大量のザークに取り囲まれる、という絶望的なシチュエーションが完成する。
しかも、その主は魂術さえ知らない、生身の人間だ。
取り囲まれれば確実に命を落とす。
なのでその前にデュフォンらが駆け付け、救助するという魂胆なのだが――
そのとき爆音がしたかと思うと船体が大きく傾いた。
デュフォンは思わずのけぞり、そばにあった手すりにしがみつく。
「何事だ!」
「申し訳ありません!何者かの攻撃を受けました!」
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