第四話 突破口
その怪物はリナと目が合った瞬間、速攻でこちらに迫ってきた。
リナは湧き上がる興奮を抑えながら、冷静にその怪物を観察する。
まず、残念ながらその怪物とは友好関係を築けそうにない。
それは殺気だった目でこちらに迫って来る様子から明らかだ。
よく見れば、腕の先端がご親切なことに包丁のように尖っている。
その腕に真っ向から切り付けつけられれば命はないだろう。
一方でリナはあることに気づく。
『命覚』によって感じられるその怪物の寿命というか、『魂の塊』はこれ見よがしに大きく開いた目の部分に集中していた。
そう考える間にも怪物との距離は縮まる。構えるリナだったが、
「リナ、任せて。」
後ろから声がして振り返ると、イグがどこから持ってきたのか、料理包丁を手にしている。
彼の隠れていない方の目が、漆黒の闇に小さな紅い火種を宿し、かすかに光を揺らしていた。
それを見たリナは一言だけ声をかける。
「目だよ。イグ。」
「分かった。」
短く一言だけ呟くとイグは、持っていた包丁をぶん投げた。
本来、唯一ともいえる武器をその一撃に賭けて手放すなどありえない。
もし、失敗したらどうするのか。
しかし、そんな常人の思考などイグの中には存在しない。
包丁を投げて敵の目を貫く。失敗のことなど考慮しなければそれが最適解。
そんな最適解をイグは迷わず選び取る。
そして、持たざる者と違い、持つ者はこのような場面において、決して失敗など冒さない。
次の瞬間、怪物の目の中心を料理包丁がきれいに貫いていた。
怪物は大きな音を立てて倒れたっきり、ピクリとも動かない。
やはり目が弱点だったようだ。
リナは怪物が完全に動きを止めたのを確認すると、イグの方を振り返る。
たった今、生物の目に包丁を投げ込んだばかりのその少年の瞳には、しかしいつもと変わらず何の感情も浮かんでいなかった。
「イグ、包丁なんかよく持ってたね。」
「うん。外に出たら頭のおかしい人がいっぱいいたから、一応持ってきておいたんだ。」
「そう…」
護身用の武器として料理包丁を持ってくるのはどうかと思うが、リナはそれもイグらしいとして強引に納得する。
本当のことを言えば包丁なしでもリナには対処できたのだが、まあ、あの方法が一番手っ取り早いのは事実だ。自分の手を汚さないですむ。
気づけば、周囲がさっきよりも一段と騒がしくなっているのを感じる。
多分、他にも怪物が発生していて人間を襲っているのだろう。
ただでさえ、寿命を減らされているのにこんな怪物に襲われるとあっては、常人ならひとたまりもないだろうな、とリナは他人事のように考える。
一方で自身に関することとして、この怪物の出現についても冷静に分析してみる。
先程リナは、「『命覚』が発現した理由」と、「寿命が一日に減らされた理由」がどこかにあるはずだと考えていた。
この怪物とそれらの間に関係はあるのだろうか。
『命覚』に関しては怪物の弱点を見極めるのに役立った。まさかこんな形で役立つとは思わなかったが。
では寿命が減ったことについてはどうだろう。
そう考えを巡らすリナの横で、放り投げた料理包丁を回収しに、イグがその怪物の死体に近づいた時だった。
イグの包丁の突き刺さった怪物の目の部分から漏れ出るように、無数の光の粒が飛び出した。
そのまままっしぐらにイグのほうへ突き進む。
再び警戒をあらわにし、イグの前に立ちふさがるリナ。
しかし、その光の粒は立ちふさがった璃奈をむなしくも通り抜け、背後のイグの胸に向かって吸い込まれていった。
リナは慌てたように振り返った。
「イグッ! 大丈夫?」
「うん。何ともない。それよりもさ―」
イグは自分の胸に手を当てながら続けて言った。
「なんか僕の寿命増えてない?」
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「そろそろ気づく奴がでてくる頃合いっすよね。デュフォン様。」
「ああ、そうだな。」
そう話しかけてくる部下のペコのいうことに大きく頷く。
発生した『ザーク』が各地を襲い始めた。
発生するザークの分布はその町の人口に比例するようになっていた。
早い話、平均すれば皆平等に『ザーク』に襲われる機会があるということだ。
『ザーク』が発生してから数分がたった。
『ザーク』の存在に気づき、実際に襲われる者も増えてくる頃合いだろう。
そして力のある者は生き残り、ない者は殺される。
そして逃げるのではなく、正面から怪物を向かい打ち、勝利するような勇敢な者は気づくことだろう。
『ザーク』を倒せば、寿命を得られることに。
それは今ここにいるデュフォン達の存在が証明している。
かつて同じように『命喰い』に襲われた先祖は、『ザーク』を倒すことで生き永らえ、命を繋いできた。
「生き残るのはどんな人かなぁ…。みんないい人だといいんすけど。」
隣でペコがそう呟く。
何気ない一言でありながら、それはデュフォンを含めたこの船内全員にとっても他人事ではない重要事項だった。
なぜなら、
「生き残った人はみんな僕らの仲間にする予定ですもんね!」
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