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第三話 異変

 イグこと本名、黒無亥具は、『白』が似合うリナと対照的に、まさしく『黒い少年』という表現が似合う少年だった。


 光を全く反射していないのではないかと見まがうほどの漆黒の髪が、片方の目を隠すように垂れている。


 隠れていない片方の瞳には小さな赤光が灯っていた。

 それは感情を映す炎ではなく、ただ機械的に点滅する警告灯のようで――彼の中の何かが、人間とは別の領域にあることを告げていた。


 だが、最もイグを特徴づけているのは、顔に浮かんだ全ての感情が欠落したような無表情だ。

 

 感情のあるものが作る無表情は、無表情であっても無感情ではない。そこには何らかの感情が読み取れる。

 

 しかしイグのその表情からは本当に何も読み取れない。

 感情のある人間には決してできないような無表情。

 


 そんな人間らしからぬ、かといって人型ロボットの無表情とも違う、明らかに普通ではない人間に積極的に近づきたい者などいるはずもない。

 

 ―いるとしたらそれは、同じく普通というレールから外れた人間だけだ―


「イッグぅ~!待ってたよ~」


 そうイグの髪の毛をわしゃわしゃと撫でるのは、レールを外れるというか、そもそも敷かれたレールの上を歩きたがらない『天才』だ。


「イグもやっぱり寿命は一日になっちゃってるね~。怖くない?」


「僕怖いとかよく分かんない。」


「オッケー、イグは通常運転っと…。じゃあ、さっそくいこっか~」


「学校に?」


「ああ、今日は行かなくていいんだよ。多分行っても休校だろうしね~」


 彼はよく分からないという風に首を傾げる。

 

 彼の中では寿命が一日になってしまったことと、それに人々が絶望していることとが結びついていない。

 彼は突如訪れたこの世界の終焉の瞬間にも、いつもと変わらず学校があると思っている。

 

 だが、何物にも頓着しない彼はそれ以上追及せず、素直にリナの言葉を信じる。


「そうなんだ。じゃあどこに行くの?」


「んん~。とりあえず見回りかな~。こうなった原因がどこかで見つかるかもしれないし。とりあえず行くよッ!」


 そう言ってリナはイグの手をとって走り出した。




 周囲ではあちこちから火の手が上がっている。

 気のふれた人間が放火でもしたのだろう。


 通りの飲食店では窓ガラスが壊されていて、そこから中に入ったと思われる男が酒を飲んでいた。


 取っ組み合いの喧嘩をしている二人組の男達を避け、通りを抜け、広場にでた。


 

 するとそこでは大勢の人が整列して、地に額をこすりつけていた。

 先頭に立つ先導者らしき者が、大声で何かを説いている。


「神は愚かなる私達人間に罰を与えたのです。」

 ああ、宗教か。そう納得して踵を返しかけたリナだったが、


「よって私達は大いなる神に反省の意を示さなければなりません。ただ神におもねるのではなく自らその意を示すことで、死後、神の赦しを得ることができるのです。」


 思わず、足を止め、何をする気だと振り返ったリナの目に飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。


 その先導者の背後に控えていた数人の男が、手に持った刀でひれ伏したままの人の首を刎ね始めたのだ。

 

 地にひれ伏す人々は抵抗する様子をいっさい見せず、されるがままに命を落としていく。

 今やそれを止める警察も機能しておらず、その目を覆いたくなるような惨状は全員の命が消え果てるまで続いていく。


 リナは黙ってその様子を眺める。


「ねえ、リナ、止めなくていいの?」


「イグ、私はね、人は生きたいように生きて、死にたいように死ぬ権利があると思ってるの。あの人達はもう生きるのが怖くなっちゃったみたい。だからそっとしておいてあげなきゃ。もう行くよ、イグ。」


 そう促して、二人はその場から離れる。


 去り際、イグはもう一度振り返る。

 背後で次々と自ら命を絶ってもらう人の心情を考えてみる。

 だが結局、何も思いつかず諦めたようにその場を後にする。


 


 リナはなおも諦めず、何か変わったことはないかと周辺を歩き続ける。

 こんな状況下にあっても、彼女は絶望するということを知らない。 

 否、そんな絶望さえ、人生をカラフルにしてくれるスパイスのように捉えている。


 自ら命をたった先ほどの人々とは大きく違う。

 命が尽きる最後の一秒まで、全力で生き抜く。

 それが、リナという『天才』の生き方だった。


 リナは今日の出来事を振り返る。

『命覚』が発現し、寿命が一日に減った。


 だが、これで終わりな訳がない。

 必ずまだ何かある。

『命覚』が生まれた意味が、寿命が奪われた意味が。


 その時、リナは見つけた。明らかな”異変”を。


 通りの角から異形の怪物が姿を現した。

 皮膚はぬめる鱗に覆われ、腕は地を擦るほどに長い。

 顔には口がなく、縦に裂けた巨大な目玉がひとつ。


 どう考えても、地球上のどの生物の特徴とも一致しそうにないその「異形」の怪物の出現にリナの瞳はキラキラと輝く。


「そういうの待ってました~!」


 そう声高に叫ぶリナに気づかないはずもなく、怪物はゆっくりと敵意むき出しの目をリナの方に向けた。




――――――――◆◇◆◇◆――――――――


「始まったか…」

 船内から外を眺めるその男――デュフォンは、低い声でそう呟く。


 デュフォン、否、船内の者には全員、地球で起こることがあらかじめ分かっていた。


 僅かな残量とともに、ほとんどの命を食い尽くされる『命喰い』。

 それとともに発現する『命覚』。

 少しすると発生する『ザーク』。


『ザーク』は彼らにとっても馴染み深い存在だ。

 自分達の命を狙って来るその怪物達を、彼らは『魂術』を使って倒してきた。


 だが、今、地球上にいる人々は『魂術』の存在を知らない。

『魂術』は彼らの先祖が代々発展させてきたもので、『命覚』が発現したからといって、初めから使えるわけではない。


 よって、地球上の人間は特別な力もないまま、『ザーク』と対峙することになる。


 デュフォンはその哀れな運命に見舞われた地球人を少しだけ不憫に思う。

 だが、同時にこうも思った。


「生身の人間はいったいどこまでやれるのだろう?」


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