第二話 感情のない少年
「わーお。こりゃひどい。」
マンションの最上階から降りてきて、外の様子を目にしたリナは、率直に外の様子の感想を口にした。
目に入る人間で、まともな精神状態の者は一人としていなかった。
その場にうずくまって頭をかかえて震えているような者はまだいい。
壁に頭を打ちつける者、顔を血がにじむほど掻きむしる者、鉄パイプを振り回して高笑いする者――。
目に入る光景はまさに生き地獄といった様相を呈していた。
この状況が示す事実は一目瞭然だ。
―リナの身に襲い掛かった出来事が、全員に同じように起こったに違いない―
否、この場の全員だけではない。リナはスマホを取り出して、SNSを確認する。
画面は怒号と悲鳴で埋め尽くされ、世界中が同じ混乱に陥っていると分かる。
間違いない。この現象は全世界の人間に等しく降りかかっている。
それに、たとえこの場にいる全員がリナのような鋼のメンタルの持ち主で、普段と変わりのない様子だったとしても、リナには全員の寿命が残り一日だと見抜く手段があった。
新しく授かった第六感、『命覚』の力を使って。
その命の動きを感じ取る感覚は自分の命だけでなく、他者の命の動きまでも見通す力があるようだ。
だが、それは他の人々も同じだろう。
全然リナのユニークスキルではなかった。
ちょっと残念。
リナはスマホをしまってもう一度、荒れ狂う人々を眺める。
その行動に違いはあれど、皆その瞳に不安と恐怖の色を湛えている。
リナにもその気持ちを想像することくらいはできる。
大抵の人は一年や二年の余命宣告を受けただけでも、絶望に陥ってしまうだろう。
それが、今回は一日だ。
普通の状態でいるのは、常人には至難の業だろう。
そう、常人には。
リナは常人になったつもりでそう考えてみた。
少なくとも、リナは常人の考え方に理解を示せるほどには人間だった。
―だが、世の中には常人の考えが全く理解できない根本から外れた者もいる―
周りの状況を観察するリナの後ろから足音がした。
振り返ったリナは、その人物を透き通る瞳の中に捉えると、パッとはじかれたように微笑み、
「イグっ!」
とその少年の名を呼んだ。
呼びかけられたその少年イグはリナの近くまできて、ゆっくりと足を止めた。
その瞳にはこの状況下にありながら、絶望も恐怖もましてや歓喜すらも、何の感情も浮かんでいない。
少年はその無感情な目をリナに向ける。
「おはよう、リナ。今日は早いんだね。今日はやけに頭のおかしい人がいっぱいいるけど何でなんだろう?」
常人の考え方が理解できない「異才」は、人々がパニックに陥った原因に本気で心当たりがないという様子で、そう尋ねた。
――――――――◆◇◆◇◆――――――――
地球に迫る巨大な黒い宇宙船。
だが、直線的に迫っていた航路は臨界の距離に達した瞬間、わずかに軌道を逸れる。
重力の引力を受けて弧を描き、艦影は青白い輝きの外縁をかすめるように周回へと移行した。
そうして人類が息絶えるのを静かに待っている。
それは今や、地上から肉眼でも見える距離にある。
ましてや、天体観測所がその存在に気づけないはずはなかった。
だが、地球上にいる誰一人としてその存在に気づけていない。
それはこの状況下で、自分のこと以外のことを顧みる余裕がないのもあるだろうが、根本的な理由はもっと別にあった。
それは、地球からは物理的に見えないようになっていた。
それはこの宇宙船を作れるほどの発展した文明による未来の技術によるもの―――ではない。
地上から宇宙船が視認できないというこの現象は、物理法則を無視して引き起こされていた。
いくら技術が発展したとしても物理法則を曲げることはできない。
だから彼らがこの現象を引き起こせているのは、もっと別の要因があった。
その要因、物理法則をも捻じ曲げるその力を彼らは『魂術』と呼んでいた。
それは自分の寿命を代償にして、この世ならざる現象を引き起こす諸刃の力。
その力を使って人々は文明を発展させてきた。
そしてその力をもつ彼らは全員――
―『命覚』を持っていた―
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