★第一話 人生最後の人生最高の日!?
五感というものは、『死』を回避するための安全装置と考えることはできないだろうか。
視覚…なければ崖から落ちそうになっても気づけない。
聴覚…なければ後ろから近づいてくる車に気づけない。
嗅覚…なければガス漏れしてても気づけない。
味覚…なければ食べ物が腐ってても気づけない。
触覚…なければ包丁で指を切っても気づけない。
どれも『死』の危険が迫った時に、直接体へ警鐘を鳴らすものだ。
だが、寿命という避けられぬ「死」について、五感は一切知らせてはくれない。
私たちは確かに一刻一刻と「死」へ向かっているはずなのに、その実感がまるでない。
心臓の鼓動に触れて「生きている」と理解するのも、結局は知識の上でそう解釈しているにすぎない。
もっと本能に直接訴えかける感覚――赤子でさえ理解できるような、「生」そのものを意識させる感覚。
そういう感覚だけが私達には不在だ。
もしそんな感覚があればもっと命を大事にできると思う。
刻一刻と削り取られていく命を傍に感じながら、自分にできる精一杯のことをやろうと思えるはずだ。
そういう感覚がないから人は簡単に時間を無駄にできる。
今日から死ぬまでの時間と、明日から死ぬまでの時間が同じだと思っている。
今日を無駄にしても、明日で取り返せると思っている。
だから、もっと人を生きるのに必死にさせるような新しい感覚が必要だと、私は思うのだ。
―そうすればもっと、「正しい命の使い方」ができるに違いない―
都市の中央部、高層ビルの最上階。
真っ白なベッドの中でまどろんでいた少女は、唐突に目を開いた。
朝日を浴びて、というわけではない。
何か自分の中の大切なものを突然、ごっそり持っていかれたような気がしたのだ。
そして思わず、自分の胸へと手を当てる。
規則正しい鼓動が、掌に確かに伝わってくる。
だが、その瞬間に少女は理解してしまった。
その鼓動が、あとどれくらいで止まるのかを――本能的に。
息を呑む。
命が削られていく感覚。
残された寿命の総量。
それは第六感――仮に『命覚』と呼ぶべきものだった。
大きなバケツに張られた水が、小さな穴からじわじわと零れていく。
そんな感覚が、今まさに彼女を襲っていた。
十七歳の少女は、ざっと寿命を計算する。
平均寿命から考えれば七十年ほど。
だが、彼女の答えは違った。
「あれっ、私の寿命あと一日しかない?」
―――――――――――――――――――――
その少女――白凪璃奈は全てに恵まれていた。
雪のように白い髪に、星空を思わせる紺碧の瞳。
誰もが振り返ってしまうような美少女。
その美貌だけにとどまらず、頭脳、身体能力ともに優秀。
病気にかかったことも一度もない。
そんな何もかも順調だった彼女の命が、残りわずか一日と告げられる。
あまりにも残酷で、理不尽な宣告。
普通なら絶望に打ちひしがれるはずだった。
けれど。
ベッドから勢いよく起き上がったリナの顔に浮かんでいたのは
――歓喜の笑みだった――
客観的に見れば、何一つ不満のない人生。
だがリナにとっては違った。
彼女は常に新しさを求め、冒険を求め、唯一無二の体験を求めていた。
だが、何をやっても一番を取れてしまう彼女にとって、それは「初めから頂上にいる」ような退屈だった。
どんな催しも繰り返すほどに新鮮さを失い、生徒会長の肩書も過去に誰かが経験したもの。
言い寄ってくる男子たちも結局は平凡で、誰ひとりとしてリナを凌駕できなかった。
――この世界は、あまりに「つまらない」。
だからこそ、突如芽生えた第六感『命覚』は、彼女にとって待ち望んだ非日常だった。
「えへへっ……! 非科学的なことなんて絶対起きない、つまんない世界だと思ってたのに……ようやく私にもツキが回ってきたわけね!」
声を弾ませ、ベッドから跳ね起きると、リビングに駆け込む。
冷蔵庫を開け、大事にとっておいたプリンやアイスを次々と平らげる。
「――最後の晩餐、おわりっ!」
洗面所で口をすすぎ、顔を洗い、部屋へ戻ると一番お気に入りの服に着替える。
髪を軽くとかし、水色のリボンのカチューシャをつけ、靴ひもをきゅっと結んだ。
外からはざわめきが聞こえる。
おそらく、彼女の新たな能力『命覚』と無関係ではないだろう。
不敵に笑い、リナは言い放つ。
「今日限りの命だっていうなら――今日を人生最高の日にしてみせる!」
――――――――◆◇◆◇◆――――――――
リナがそう高らかに宣言した頃、一つの「異変」が地球に近づいていた。
それは、地球の外縁をかすめるように地球に迫る、一つの巨大な影。
漆黒の宇宙を切り裂くような巨大な船体は、町を一つ覆い隠すほどの規模を持ち、その船体の表面に反射した太陽の光が、その圧倒的な存在感を浮かび上がらせる。
その船内、窓の近くに人影が佇んでいた。
それは、驚くほど地球人に酷似した宇宙人だった。
もし地球の概念をあてはめるなら「男」と呼べるだろう人物の瞳には、美しい青き惑星が淡く映っていた。
男は呟く。
「一日後には消えてなくなる哀れな地球人よ、我らがその美しい惑星、もらい受けてやろう。」
もはや、地球に「日常」など戻ってこない。
リナの待ち望んだ「非日常」が始まろうとしていた。
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