翡翠さん、ヒトラーが前衛芸術家たちの知己を得ているとき、次の行動に出た
本当に長い間ご無沙汰していました。これからも投稿の速度は下がると思います。生活が安定したら、また頑張ります。と書くと、生活が不安定(=窮乏化)のように思われるかもしれませんが、そういうことではありません。ふつうに忙しくなっちゃいました。
「おい、どうした?青水、投稿が遅れているぞ。」
「飲み会が続いて、飲んでない時間は寝ていた。」
「ああ、あれだな、日々の習慣が中断すると元に戻れなくなるやつ。楽器の練習を1日サボると翌日も触りたくなくなる。」
「まあ、そんなところだ。」
「梅干し食べて気合い入れろよ。」
「酸っぱいと気合いが入るものなのか?」
「辛くても良いけど刺激の強いものは気合いが入るだろ。」
「ブラウン主義かよ、流行らねえぞ。」
「は?何それ?」
「スコットランドのジョン・ブラウンという医師が提唱した理論で、病気を刺激の過不足で説明するというシンプルな医学理論。衰弱(asthenic)は刺激不足なのでアルコールや香辛料を投与。梅干しもこれに効きそうだな。強壮(sthenic)は、訳語があれだけど、丈夫で元気という意味じゃなくて、刺激に満ちて溢れかえっている状態。刺激を減らすためにアヘンで鎮痛する。こんなの信じるやつがいるのかと思われどうだけど、ドイツ観念論やロマン派の思想家の皆さんはマジで信じていらっしゃって、はしかの子どもにワインを飲ませて死なせたりした。ということで、二日酔いに迎え酒や激辛ラーメンや梅干しという発想は、1800年前後の一部の人々の考え方。」
「で、おまえは最近いつも二日酔いだったわけだが。」
「迎え酒はしていないが、夜になれば一杯やるから元気だ。」
「ところで、何で翡翠はモンマルトルに行ったんだ?殉教者の丘だよな、モンマルトルの意味は?」
「ああ、初代司教ドニがローマ総督の命令で斬首されて聖人に叙されサン・ドニになったわけだが、その処刑の場が現在のモンマルトルだよ。丘の頂上にはサクレ・クールがある。翡翠は別に聖人を拝みに行ったわけではなくて、モンマルトルにもたくさんの芸術家が集う店があったからさ。」
「そしてアポリネールに出会った。」
「アポリネールは『キュビスムの画家たち』という美術評論を書いた。その下地になったのがピカソやブラックなどの前衛画家との長く深い付き合いだったので、翡翠は是非その縁をヒトラーと結びつけたかったのさ。」
「やあ、アドルフ、ここが俺たちのアジトだよ。」
「古い建物ですね、アポリネールさん。」
「ギョームで良いよ。元々は工場だったんだが、アトリエ兼住居に改装されて若くて金のない芸術家が住みついてるのさ。」
「何か大きな船みたいに見えます。」
「良いセンスしてるな。そうなんだよ、この建物は洗濯船と呼ばれている。」
「洗濯船ですか?」
「セーヌ川に洗濯するための船がいっぱい並んでるんだが、それに似てるってな。こっちから見ると二階建てだが、裏から見ると三階建てだ。この入り口から入ると2階ということになる。さあ入ってみよう。紹介したい男がいる。」
「やあ、ギョーム。お客さんをお連れかい?」
「ああ、パブロ、紹介しよう。オーストリア出身のアドルフ・イトレールだ。君と同じ画家だよ。」
「初めまして。ヒトラーと申します。まだ画家と紹介される資格はありません。学び始めたばかりです。」
「どんな絵を描いているんだい?」
「アカデミー・ジュリアンとアカデミー・コラロッシに通って、印象派やフォヴィスムの画家たちに教えを乞いました。元々ウィーンで古典派の画風だったのですが、新しい環境で目が覚めた気分です。ただ、自分が進むべき道はまだ見つけられていません。」
「アドルフ、パブロの絵は面白いぞ。キュビスムといって、多数の立方体で世界が構成される。単一視点からの遠近法で対象を観察するのではなくて、複数視点から観察する。君はアングルの“泉”を知っているだろう?裸婦が肩に掲げた壺から水が流れる絵だ。」
「支援者のジェイディ御巫が友人のシレンという女性の活人画を見せてくれました。」
「ほほう、うまくできているな。そうそう、これだよ。パブロはこれをキュビスムの手法で描きなおしたんだ。それがこれだ。」
「この様式はぼくだけのものではなくて、この洗濯船で暮らしているジョルジュ・ブラックと二人で開拓したんだ。きょうは出かけていていないけれど、いつか紹介してあげよう。」
「どこかの画廊に出したり、美術館に出展しましたか?」
「いや、まだだな。前衛的過ぎて何を言われるかわからない。」
「パブロやこの洗濯船の仲間たちは現実を超えた世界を表現しようとしている。ぼくはそれを超現実と名付けようと思っている。」
「シュルレアルですか....心惹かれる概念です。」
そのころ翡翠は独立芸術家協会(Société des Artistes Indépendants)を訪れていた。官展への出展を断られた芸術家たちによって設立された団体で、事前審査なしで作品を出展できるアンデパンダン展を主催している。
「こんにちは。会員登録をお願いしたいのですが。」
「いらっしゃいませ。マドモアゼル、あなたの登録でしょうか?」
「いいえ、私ではなくて、オーストリア出身の男性で、アドルフ・イトレール氏です。次回のアンデパンダン展の受付はいつからですか?」
「受付開始が8月1日で締め切りは9月15日です。ジャンルは絵画ですか、それとも彫刻?」
「絵画です。前衛絵画になる予定です。」
「それは楽しみです。ではこれが登録申請書ですので、必要箇所に記入してからサインをして郵送してください。会費は1000フランです。ここで支払いますか?」
「はい、会費はここで支払います。」
これからヨーロッパはキナ臭くなってきます。ヒトラーはどう動くのか?




