牛若丸改め源九郎義経――静御前とも出会っちゃったし
元服して義経になります。
「いいなー、牛若丸、いいなー!」青水はグラッパを飲みながらハーゲンダッツを食べている。
「酒飲みながらアイス食うな!そして自分で書いておいてうらやましがるな!」
「だって翡翠さんにマンツーマンで稽古付けてもらったんだよ。最高すぎる!」
「おまえ...また翡翠を使って魂のオネショタ回春をもくろんでいたのか?」
「作家の特権だからね。そして読者にお裾分け。」
「開いた口が...」
「はいマシュマロ!『開いた口にはマシュマロ』、これ新しいカルタの『あ』だよ。」
「うぐぐぐぐ...」
「喉につまるからグラッパもいっとく?」
「いらんわ!とっとと物語を先に進めんか!」
「このまま都にとどまるのは危険です。平家の刺客が来ます。東国へ逃げますよ。」
翡翠は牛若丸の手を引いて琵琶湖へ走った。近江から美濃、美濃から三河の太平洋岸ルートは危険だ。とりあえず若狭へ出て、越前、越後、と進み、出羽沿岸まで出るのが安全だろう。
「待てい!」
若狭の港へあと少しというところで、山伏姿の敵が道をふさいだ。
「源氏の小せがれだな。命を頂戴する。」
「五十四の星辰、疾く集まりて結びつき、虚ろなる魂、霧に沈み、眠り誘え。縛せし鎖、解き放たれ、安らぎの内に、意識よ翳れ!急々如律令!」
刺客はすべてその場に倒れた。
「こんなところで斬り合いをしている暇はありません。さあ、船に乗りますよ。」
「翡翠さん、あなたのその術、陰陽術ですか?」牛若丸が尋ねる。
「はい、先祖伝来の術を...とある方法で自然の理に合わせたのです。」
「私も術を使いたい。」
「あなたは術の人間ではありません。重力との付き合いを学べばいくらでも強くなれます。」
「わかりました。重力との付き合い、必ずや極めて見せましょう。」
「船の出発は明日なので、その前に元服を済ませましょう。烏帽子は私が用意します。烏帽子親がいませんが、このご時世、ご自分で髪を切ってください。」
「わかった。これ以降、私は源九郎義経と名乗ろう。」
「若~!」武蔵坊弁慶が巨体を揺らしながら走ってきた。
「もう若ではない、殿と呼べ。」
「え?もう元服なさったので?」
「たった今な。自分ですべて済ませた。私は源九郎義経だ。」
「義経様、武蔵坊弁慶、これより同行つかまつる。」
その夜、元服の祝いをかねて出発前の酒宴を楽しんでいた一行に、訪問者が面会を求めてきた。
「何奴だ?」
弁慶が応対すると、そこには2人の武者と白拍子が控えていた。
「それがしは片岡経春、父祖の代から鎌倉殿の御家人です。」
「私は伊勢三郎義盛でございます。恥ずかしながら元は盗賊でしたが、源氏の御家人に取り立てていただいて、足の速さと指先の器用さでお役に立てればと考えております。」
「白拍子の静御前です。故あって鎌倉の武士のみなさんに同行させていただいております。元服の祝いに舞をご披露しましょう。」
義経は静御前の舞に魅了された。いや、義経だけではない。そこにいたすべての男が、攻撃力も防衛力も上昇したのを感じた。翡翠も釣られて神楽を披露しそうになったがギリギリで自重した。
「静御前もともに奥州へ行ってくれるか?」義経は静御前の手を取った。
「はい、請われる限り舞うのが白拍子、お供させていただきます。」
海路で奥州平泉へ向かうには、山形の酒田港に上陸するか、秋田の秋田湊に上陸するかの二択になる。平泉までの陸路の距離は前者の酒田港に利があるが、険しい山越えが必要になる。交易路として整備されていた湊から平泉の道を義経一行は選んだ。
「おお、遮那王!大きくなられた!」
平泉に到着した一行を出迎えたのは藤原秀衡だった。奥州藤原氏第3代当主、義経の幼少時を知る人物である。
「秀衡殿、もう遮那王ではござらぬ。元服して九郎義経と名乗っております。」
「そうか、元服なさったか。それでも遮那王は遮那王よ。しがらみは忘れてごゆるりと過ごされるが良い。腕試しをしたいのなら、山へ行けばいくらでも熊がおりますぞ。」
「お待ち申しておりました。」
秀衡に続いてもうひとり、弁慶とはかなり趣の違う僧兵が現れた。
「常陸坊海尊でござります。鎌倉殿にご挨拶をしてから陸路でこちらに先に到着しておりました。今より家臣として同行させていただきます。」
ここで修行して壇ノ浦での活躍の下地を作るのです。