翡翠さん、20世紀初頭のウィーンに行ってヒトラーにさんざん貢ぐ
そう、危険人物と接触ですが、総統ヒトラーから画家イトレールを作る作戦です。まあヒトラーがいなくてもナチズムは勃興するでしょうがね。
「おい、痴女神。なんだあれは?」
「いや、アポロンとヒヤキントスのは遠目で良く見えなかったからじっくり見たいなと思って。」
「なんかまとめ方が雑というか、翡翠と違いすぎる。」
「そう、これは私のスタイル。読者もスッキリ爽やか。」
「さて2回連続で古典古代の神話ネタだったけれど、ウケたかな?」
「次は目先を変えるのが良いと思う。」
「ならシリアスな歴史物にするか?」
「何かアイディアがあるのか?」
「ヒトラーを無力化。」
「な、何だって!そんな大それた歴史改変をやっても良いのか?」
「ヒトラー個人の問題で、実際に勃興するナチズムを潰すとかじゃないからね。」
「暗殺でもするのか?」
「翡翠さんはそういうことはしません。彼には別の人生を歩んでもらうだけだよ。」
「ほう、なかなか大変そうだな。」
「翡翠には金策から始めてもらわないと。」
「おまえ、無限にゴールドを作れるじゃないか。」
「あれはゲーム内通貨。実際の歴史に介入するときは貴金属や紙幣を必要とする。」
「じゃ、お手並み拝見と行くか。」
「良かった。ナチス収容所の女看守のコスプレされなくて。」
「するか!」
「えーと、道具屋はたしか“パキスタン”でしたね。ここで素材を貴金属に替えましょう。」
「こんにちは。お久しぶりです。」
「まあ、翡翠さん、しばらく見ませんでしたね。」
「はい、女神様にあちこちお使いに出されていました。」
「お忙しいのね。きょうは何のご用?」
「魔物素材を大量に貴金属に替えたいのです。」
「どれどれ...あら、ドラゴンとかデーモンとかレアな素材ばかりじゃない。うちで引き取って、鍛冶屋や武器屋、防具屋に転売しましょう。えーと、ちょっと待ってね....はい、金と銀のインゴット、ダイヤやエメラルドなどの宝石、かなりの量になるわ。これで良いかしら?」
「はい、十分です。これを持って別世界へ転移してお仕事です。」
「あらあら、気をつけて行ってらっしゃい。」
翡翠は1907年のウィーンに転移した。10月にヒトラーはウィーン芸術アカデミーの入試に落ちる。最初の介入ポイントはここだ。翡翠はメルクシュトラーセの下宿屋を訪ねた。
「こんにちは、ヒトラーさん。ちょっとよろしいですか?」
「はい、何でしょう?どなたですか?」
「私、ジェイディ御巫と申します。日系アメリカ人です。ある芸術振興財団の依頼を受けて、ヨーロッパの才能ある若手芸術家を支援する活動をしております。アドルフ・ヒトラー様、あなたが展覧会に出展した作品には荒削りですが豊かな才能が隠れていると確信いたしました。」
「そんな...私は恥ずかしながら芸術アカデミーの入学試験に落ちたばかりなのです。いわば敗残兵です。そんな私に芸術の才能なんて...」
「それはウィーンの芸術風土が古くさいからです。これからは世界標準でものを考えなければなりません。まずパリへ引っ越してもらいます。これは手付金です。3000クローネあります。これで準備を整えてパリで5日後に会いましょう。場所はモンパルナスの“La Rotonde“で正午に会ってお食事をしましょう。パリのブラッスリーは格別です。荷物は最小限にしてください。画材その他はパリで揃えるほうが良いですから。それからこちら、2000クローネは、リンツで闘病生活をなさっているお母様の医療費に使ってください。これだけあればウィーンの大学病院に入院させて最先端の治療を受けさせることができると思います。最高の医療スタッフと最先端の設備があれば、お母様の健康が回復する可能性も高まります。」
「そんな...何も知らない私のためにそこまでしていただけるのですか?」
「われわれの芸術振興財団は巨大なアメリカ資本から多くの資金を得ています。ただ我が国には西洋美術の伝統が乏しい。なので、支援した若手芸術家が大成した暁には、作品を合衆国の美術館に飾っていただきたい。」
「わかりました。母の入院手続きを済ませたらパリへ参ります。」
「私は先にパリへ行って、お住まいを探しておきますね。それでは、オ・ルヴォワール、ムッシュ・イトレール!」
翡翠は面倒なので女神転移でそのままパリへ飛んだ。モンパルナスに下宿を定めると、遊んでばかりで学業に身が入らないだろう。学校は国立のエコール・デ・ボザールかアカデミー・ジュリアンか。フランス第一主義の伝統が濃い前者より、留学生が多く国際的な雰囲気の後者がヒトラーには合っていそうだ。まあこれは本人との相談ということで。となると部屋は、緑豊かで散歩に適したリュクサンブール公園の近所が良いだろう。翡翠はリュクサンブール駅に近い不動産屋を回って家賃50フランのアパルトマンに決めた。次はフランス語学校だ。これが彼にとっての難所になるかもしれない。フランス語や英語を話すヒトラーは、現在のわれわれからは想像しにくい。学校は慎重に探した。教師と折り合いが悪かったり、同級生と諍いを起こすとパリ留学が一挙に台無しになる。場所はカルチェ・ラタンが良いだろう。学生街なので勉学の刺激に満ちているし、友人もできるかもしれない。それにしても歴史上の極悪人になぜこれだけ気を遣わなければならないのだろうと考えて、翡翠は自虐的な微笑みをこぼした。
「ボンジュール!フランス語初学者の学校を探しています。」
「あら、あなたは全然初学者じゃないわ。」
「私ではなくオーストリアから来る男性で、美術を学びにパリに来るんです。フランス語はたぶんほぼゼロです。」
「だったらうちはダメね。そういう学生を受け入れるのは、マダム・ポワントレの教室かしら。個人で経営していて、パリ大学の学生がアルバイトで講師を務めているわ。彼女、ラ・メール・ドュ・カルチェ・ラタンって呼ばれていて、すごく懐の深い女性なのよ。」
「ありがとう。行ってみます。」
「こんにちは、マダム・ポワントレ!私はジェイディ御巫と申します。パリで美術を学ぼうとしているオーストリアの青年のために語学学校を探しています。こちらの学校の評判が良いと聞いてやってきました。」
「Oh, j‘ aime Vienne! オーストリアの美術、大好きよ。クリムト、エゴン・シーレ、ココシュカ...」
「彼の作風はウィーン分離派とかなりかけ離れていますが、ウィーンの美術界から離れてパリに染まれば大きな変化が見られるかもしれません。」
「うちの教室には世界中のさまざまな国から学生さんが来ているのよ。合衆国、インド、イングランド、日本、そう日本からも来ているの。あなたの血筋と同じね。」
「彼は貧困のために少し性格が偏屈になってしまったようなのですが、アメリカの振興財団から多額の奨学金を得たので、性格も穏やかになると信じています。」
「まあ、だったら私も自作のフィナンシェで性格を穏やかにしてあげましょう。」
翡翠さん、パリに行ったらなんか楽しそう。私、青水もパリには7回ぐらい行きました。なんか空気が馴染むし、さほど得意ではないフランス語も実力以上に通じてしまう夢の街です。