翡翠さんが休暇から帰ってきました。はい、休暇中にぐちゃぐちゃになっていましたね。
翡翠さんがいない間に何があった?翡翠さん切れ気味です。
「女神様、今帰りました。休暇、ありがとうございました。」
「おお、翡翠か。休暇を十分エンジョイしたようだな。目が輝いて元気はつらつだ。」
「はい、温泉にエステに整体に、気持ちいいことは全部やってきましたよ。女神にお土産があります。はい、これ、京都名物の生八つ橋と焼き八つ橋。青水さんといっしょにどうぞ。あと京都と言えばお漬物。お茶漬けに良いですよ。宇治茶も買ってきました。」
「ぶぶ漬け食うていきますか、と言って帰らせようとするやつだな。」
「それ、都市伝説ですから。ふつうにお酒の締めにお出ししますよ。」
「そうなのか。ならお呼ばれしたときに安心してお茶漬けも食べよう。」
「私の留守中は何かありましたか?」
「うん、そうだな、私は私らしく正義を貫いたかな。」
「まさか、勝手に介入に出かけたんですか?」
「うん、ワンダーウーマンのコスチュームで戦闘をしてみたくて。」
「戦闘するために介入って本末転倒ですよ。」
「まあ、それはそうなんだが、ちゃんと悲劇は回避してきた。」
「青水さんは知ってるんですか?」
「知らん。あいつは調子に乗っているので、私がいないとどれだけ寂しいかを思い知らせるために黙って出て行った。まあ、置き手紙はしたけどな。きっと寂しくて泣いていただろう。私のありがたみを骨の髄まで思い知ったに違いない。」
「もう、仲良くしてくださいよ、大人げないんだから。」
「おまえにそう言われると二の句が継げんな。すまなかった。」
「次は私が行きますからね。」
「そりゃそうだ。おまえが主役だし、タイトルも翡翠が介入するって書いてある。」
「なんか、隙さえあれば介入に参加したそうな顔してますよ。」
「ところでグリムの『星の金貨(Die Sterntaler)』という短い話を知ってるか?」
「はい、女の子が身に付けているものを次々に施していって、最後の一枚まで手放したら空から星が降ってきて、良く見たら金貨だったというかわいそうな話です。」
「かわいそう?私は試練の女神だから、最後の1枚という試練にまで果敢に挑戦した勇気が素晴らしいと思う。試練を前にたじろいではいけない。」
「そうでしょうか?あそこまで追い込まれないと救いがない世界が間違っているんです。私なら修道会の施設に連れて行って保護してもらいます。ヘンゼルとグレーテルのときのように。」
「だけど、それでは星が降ってこないし、その結果、女の子の貧困も解決されない。最後の1枚であるとされた下着はHemdleinだからパンツではない。まだパンツは残っている。」
「何言ってるんですか、女神様!女の子がパンイチになるってどういうことか...」
「落ち着け、翡翠よ。原文には“ein kleines Mädchen“とある。ノーブラでも大丈夫な幼女だ。」
「女神様、通報しますよ!」
「幼女のくせにこいつは、最後の1枚を所望されたとき一瞬躊躇するんだよ。»Es ist dunkle Nacht, da sieht dich niemand, du kannst wohl dein Hemd weggeben«ってな。暗い夜だから誰も見えない、下着を渡しても大丈夫だと。パンイチの幼女に需要があると思い上がっている。ここが減点ポイントだ。」
「女神っ!あなたに人の心はないのか!」
「人ではなくて神だからな。そこは理解してくれ、翡翠よ。」
「青水さんの苦労がわかりました。そして...私が留守の間に行った介入で、どんな暴虐非道が行われたか...想像に難くありません。」
「いや、私なりに筋の通った正義を貫いたぞ。気になるならアーカイブを覗いてみるが良い。」
「恐ろしくて開けてみる気になれません。」
「お、なんか声が聞こえると思ったら女神と翡翠じゃないか。久しぶりだな。」
「青水さん、お酒臭いですよ。」
「ああ、女神がいなくて平和だったから昼間っから飲んでた。えへへ、幸せ。」
「青水よ、私がいない寂しさを酒で紛らわせていたのか。すまなかった。ひとりぼっちにして。」
「青水さん、女神様、何だか私たち、気持ちがバラバラになりかかっていますね。これから大丈夫なのでしょうか?」
「うん、俺と女神は刺身のつまみたいなものだから、翡翠さんが本編で頑張って活躍してくれれば大丈夫だよ。読者は翡翠さんのファンなんだから。誰も女神なんか見向きもしない。」
「何だと、こらぁ!」
「話が収まらないので、私は介入しに行って参ります。
「はあ、また例のなんとなく中世ですか。まあ仕方ないですね。今回もメルヘンですから。なんかふだん使わない“メルヘン”という言葉を使うと、Märchen と同じものに思えないのはなぜでしょう?前者はパステルカラーのほんわか世界という含意しか感じられないのですが、本来はメルヒェンで民話という意味ですから、甘々な世界ではないのです。そしてアンデルセンが書くメルヒェンはクンストメルヒェン、つまり芸術メルヒェンとか人造メルヒェンという意味で、作家が民話風に仕上げた物語です。」
男が3人近づいて来た。
「よお姉ちゃん。着ている服がダサいな。ここは帝都だぜ。もっとおしゃれしろよ。」
「どうもすみません。異国から来たので場違いな服を着てしまったようです。買い換えたほうが良いでしょうか?この町にブティックとかありますか?」
「はあ?ブティックだあ?なんだ、それ?フランス語か?洋服は店じゃ売ってねえよ。仕立屋に頼むんだ。俺たちみたいな。俺たちは注文を受けたら1週間で仕上げるぜ。ただ、今は注文が受けられねえ。宮殿に行って皇帝陛下のお召し物を仕立てなければならないからな。」
「そんなすごい仕立屋さんだったのですね。私、1週間もこの町に滞在しないので、このみすぼらしい服で我慢します。」
「じゃあな。お披露目のパレードを楽しみにしてな。」
「なるほど、高級な絹やフリルなどを買うと言ってお金を搾り取って逃げるという詐欺事件ですか。これは、パレードがあまりにも悲惨なので何とかしないと。本の挿絵では、下着というか、パジャマのような出で立ちの皇帝が歩いていますけれど、ケルンのブリュッケンシュトラーセの彫像など、下半身丸出しの痛々しい姿も記録されていますからね。見苦しいことこの上ない。さて、宮殿に潜り込むにはどうしたら?明智光秀のときのように分身を放って攪乱し、逃げ出してきたところを城門前で討伐して、善意の第三者として迎え入れられるのが手っ取り早そうですね。怪盗の出で立ちで出でよ分身壱!」
「ご用命を。」
「宮殿に忍び込んで攪乱し、適当なところで逃げ出したところを私が討ち取ります。明智光秀のときと同じ手順です。」
「了解しました。」
15分ほどして分身壱が怪盗姿で城門前に姿を現した。多くの兵士たちに追われているが、捕まりそうにない。賢者姿の翡翠が飛び出し、強力な火魔法を放って分身壱は爆発した。
予定通り兵士たちが集まってきた。翡翠はさまざまな質問を浴びながら、笑顔で少し偉い人が来るのを待った。
「あなたはいったい?」
「旅の賢者です。曲者が逃亡しそうだったので、余計なお世話かと思ったのですが、討伐しました。」
「ありがとうございます。あのまま取り逃がしたら宮殿の警備の評判ががた落ちになるところでした。」
「実は皇帝陛下のお耳に入れておきたいことがあるのです。」
翡翠はそう言って月煌を召喚し、家臣たちの関心を引いた。
「おお、その光り輝く霊獣は?」
「未来を教えてくれる私の相棒です。」
「ぜひ皇帝陛下にもお見せしたい。上の者と相談してきますのでしばしお待ちを。」
数分後に翡翠は皇帝へのお目通りがかなった。玉座の間の皇帝は、翡翠のコスチュームに興味津々だ。
「旅の賢者よ、美しい衣装を着ておるな。」
「ありがとうございます。これはドラゴンをクエストする勇者たちのひとりが愛用していた由緒正しい衣装です。陛下は衣服に関心があるのですか?」
「そうだ。衣服は人間と獣を分かつ文明の証だ。衣服を極めれば文明が進む。」
「なるほど、さすが皇帝陛下、良くわかってらっしゃる。私は世界を巡り歩いて衣服の最先端を学んできました。」
「おお、是非聞かせてくれ。」
「今トレンドなのは....」
「トレンドなのは?」
「アンダーウェアでございます。衣服を脱いだときに現れるアンダーウェアこそ、大人の贅沢にして嗜み。パリでもロンドンでも最新のアンダーウェアの話題で持ちきりでございます。」
「おお、それでアンダーウェアの最新トレンドはどのようなものなのか?」
「サイバー・アンダーウェアでございます。」
「おお、聞いたことがないぞ。」
「採寸させていただければ明日にはご用意できます。」
「そうか、ではさっそく採寸しよう。」
翡翠は採寸したあとで一礼してその場を離れ、人目に付かないところで女神やエラが住む異世界に転移した。青水から資金を得て、防具店とブティックを訪れ、新装備のサイバー・アンダーウェアを作り、翌日に備えた。
「皇帝陛下、サイバー・アンダーウェアをお持ちしました。材料が少々高価だったので、お支払いいただければ幸甚です。」
「良いぞ、いくらじゃ?」
「10万ゴールドでございます。」
「ふう、たいしたことがないな。今発注している衣服の仕立屋たちはもう100万ゴールドも要求してきた。」
「お高いのですね?」
「見る者を限定する魔法の布じゃ。」
「なるほど、高価であっても仕方がありませんね。ところで、試着してみませんか、サイバー・アンダーウェア?」
「おお、そうじゃった!」
「似合いますよ。これを新衣装の下に着込むべきだと思います。新衣装が崩れ落ちたときに、もっとかっこいい中身が出現しますから、民衆は大喜びでしょう。」
「なるほど、ぜひそうしよう!」
「これで皇帝が恥をかくことはなくなりましたが、詐欺師たちはそのままというわけには行きませんね。」
気を取り直して介入に出かけた先ですが、この話、日本語では「裸の王様」です。でも王様じゃないんですよ。皇帝なんです。皇帝と王様、気になる人はAIに尋ねるなり検索するなり、しっかり違いを覚えておきましょう。