翡翠さん、大西洋で英語のレッスンをしていたらおしゃまな女の子がルイ・シャルルを気に入っちゃったよ
「おしゃまな女の子」って書いてしまったけど、最近はあまり聞きませんね。もう死語なのか?
「青水~、私もあれやりたいぞ。アコレイドっていうんだろ、剣で肩を叩く儀式。私も爵位を与えたい。」
「誰に与えるつもりだ?俺ならお断りだが。」
「え~!じゃあ翡翠。」
「翡翠もいらんと言うと思うぞ。合理的に考えて何の意味もない。」
「ちぇっ....エラ...も鼻先で笑われそうだし...そうだ!メロならアホだから喜んで爵位をもらうに違いない。」
「おまえが近寄ったら火を吐くように言っておいた。」
「貴様、何から何まで先回りして邪魔しおって!」
「爵位よりさ、女神さん、もっと喜ばれるものを配りなさいよ。おまえはあれだけ大量の梅干しを好きなだけ出せるんだから、大量の梅の実を隠し持っているんじゃないのか?それを使って梅酒を作ってみないか?もしプレゼントしてくれたら、俺、すごく感謝しちゃうけどな。エラの店で“女神梅酒”というブランドで出したら人気が出るかも。」
「何、女神梅酒だと?ふむ、作り方を聞いてやろう。」
「教えてもらう立場なのにえらそうだな。まあいいや。梅を洗ってへたを取る。大きなガラス瓶に梅、氷砂糖、梅、氷砂糖と階層を作るように入れて、甲種焼酎をなみなみと注ぐ。冷暗所に保存して毎週瓶を揺らして糖分を均一化。半年から1年で飲めるようになる。メモしたか?」
「女神なのでメモらなくても音声が再生できる。良し、女神梅酒を倉一杯に作ることにしよう。」
「おまえ、倉なんて持っていたのか?」
「おう、女神倉だ。ひとつではないぞ。十棟ある。大半は梅干し倉だが、まだまだ空きがある。」
「じゃあ梅酒造りに励んでくれ。梅酒とハーゲンダッツのマリアージュを楽しみにしてるぞ。」
「梅の実一個ずつのへた取りが面倒なんだが。翡翠みたいに分身が出せればなあ。待てよ、人間の翡翠にできるなら女神の私にだってできるんじゃないか?出でよ、分身たち!」
「はっはっは、何だ、そのちっこいのは?」
「うるさい!細かい作業をさせるにはこのくらいのサイズがちょうど良いんだ!」
ちび女神は女神を見上げ、それからおもむろに「出でよ、分身たち!」とさらに小型の分身を召喚した。それから分身たちは次々に下位の小型分身を召喚し、豆粒のような、蟻のような女神たちで周囲は一杯になった。
「おい、女神!何とかしろ!等比級数的に小型女神が増殖して、目に見えないウイルスになって大気を汚染する。世界を破滅に導くぞ。」
「うわ~ん、どうしよう?止め方がわからない。リセット!電源を抜く!」
「そうだな...分身の召喚をまずやめさせ、それから我に続けと命じて、そのまま宇宙空間まで飛んで、そこで Stay here!と命じる。」
「私はどうなる?」
「知らん。我に続くことを禁じる、とか命じて、そのままこっそりと帰るか?さて、帰してくれるかな?」
「おい、青水?」
「自分が産んだ子どもたちみたいなものじゃないか。おまえ、子ども産みたがっていただろ?あとは言うことを聞く良い子に育てるんだな。」
ロンドンからフィラデルフィアまでの2ヶ月間の船旅で、翡翠は同行する3人に英語のレッスンを施した。上達は年齢の低い順に速かった。甲板で翡翠が英語のレッスンをしていると、アメリカ人の乗客が興味を持って参加してくれることもあった。特に小さな女の子は青い目のルイ・シャルルが気に入って、いつも遊びに誘ってくれるようになった。
「ねえ、あなたの名前、ルイ・シャルルって言いにくいから英語の名前に変えなさいよ。」
「でもパパもルイだったのを英語のルイスに変えたので、同じになっちゃう。」
「バカね、そういうときはジュニアを付けるのよ。ルイス・チャールズ・バーボン・ジュニア。ね、かわいいでしょ?」
「うーん、良くわからないからパパに会ってから決めるよ。」
「私はあなたをルイス・チャーリーって呼ぶわ。いいえ、面倒くさいからチャーリーだけにする。良いわね?私のことはハニーって呼んで。」
「ハニーって名前なの?」
「本当の名前はケイティだけど、遊んでいるときは、あなたは私をハニーって呼ぶの。良いわね?」
「うん、わかった。ついアニーって呼びそうになるけど、そこが英語の練習なんだね。」
「そうよ、ダーリン。」
「ダーリン?」
「チャーリーの他にダーリンて呼ぶこともあるわ。これも英語の練習よ。」
「わかったよ、ハニー。」
ケイティの一家はハンブルク出身の貿易商だった。ヨーロッパ大陸とアメリカの間で商品を輸出入する。家はピッツバーグで、ボルチモアにも別宅がある。ボルチモアで大西洋航路を通って運ばれてきたヨーロッパからの商品を受け取り、ピッツバーグからオハイオ川の船舶運搬で南部へ運ぶ。ルイスたちが事業を営むルイヴィルもオハイオ川沿岸なので商業上の付き合いがあるかも知れないと翡翠は思った。ここはひとつ、ウィーンで2年間過ごしドイツ語を覚えたエリザベートとマリー・テレーズを巻き込んで顔つなぎするべきだろう。
「こんにちは。子どもたちはすっかり仲良しになりましたね。」
「はい、長い船旅が楽しくなって娘も喜んでいます。」
「私たち、ルイヴィルへ行くんですよ。そこで醸造業や農場を営んでいますの。」
「あら、ルイヴィルはうちの船がいつも寄港する町ですのよ。奇遇ですわね。」
「こちら、あの子の姉と叔母の、マリー・テレーズとエリザベートです。アメリカに行ったら英語の名前になっちゃいますけどね。」
「Enchantée de faire votre connaissance!」
「まあ、フランス語で?なら私たちも、Freut uns, Sie kennenzulernen!」
「あら、ドイツ語がお上手。どこで覚えたのですか?」
「私たち、2年間ウィーンにいたんです。」
「まあ素敵!」
「ルイヴィルにお寄りの際はぜひこの子の母親の店 »Mary Anne’s French Sweets »にお寄りくださいね。ブリオッシュとタルトをご馳走いたしますわ。夜は羊料理のレストランも経営しているのでそちらにもどうぞ。アプフェルヴァインが飲めますよ。食後はシュナップスかカルヴァドスも。」
「ヨーロッパが味わえる素敵な寄港地ですね。是非家族で訪れてみたいと思います。」
「お仕事の話もできれば幸いです。」
「ええ、お互いに良い関係を築けそうです。」
船はフィラデルフィアに到着した。翡翠たちはケイティの一家――姓はリンデンなので英語風に変形しないで済んだようだ――と別れ、長い馬車の旅路についた。子連れなので宿泊地を多めにとってゆっくり進んだ。フロンティアに向かうので道は整備されていない。こういう道を裕福そうな馬車が走っていると、ハイウェイマンと呼ばれる盗賊の格好の餌食になる。翡翠は通常の式神を5体放って周囲を警戒させた。襲撃されたら即座に無力化しないと危険だ。御者は銃を持っているが、敵は複数なのでほとんど意味がない。式神からの報告で500メートル先に5人の武装した男が待ち伏せしていることがわかった。翡翠は御者に声をかけ、この先にハイウェイマンがいるので無力化するまでここで待つように言った。御者は、女がハイウェイマンを無力化するなんて、という顔をしたが、翡翠は微笑んで、「Don't worry. I'm a witch from another world!」と言ってウィンクした。あながち嘘でもない。
馬車から飛び出した翡翠は、走りながら殺さずに無力化する方法を考えた。完全に気絶させて放置すると野獣の餌食になるだろう。となると、圧倒的な戦力差を見せて敗走させるしかない。肉弾戦では怪我を負わせてしまう。御者にああ言った手前、ここは魔法だ。
「マーズ・クリスタルパワー!メークアップ!」
ハイウェイマンが山に潜んでいた。全員ライフルで武装している。突然現れた奇妙なコスチュームの翡翠にみな驚いた様子だったが、すぐにこちらへ銃口を向けてきた。翡翠は短い呪文で土魔法を発動させ、男たちの頭上に岩を降らせた。うろたえる男たちに隙を与えず、次は2ートルほどの穴を作ってそこに落とした。これでもう攻撃はできない。翡翠は念のため脅しをかけておくことにした。
「I'm a witch from another world! If you value your life, get out of here within five minutes!」
男が5人もいるので、何とか協力して穴から脱出できるだろう。翡翠は氷結魔法で怪我をしない程度の雹を降らせてからその場を後にした。
翡翠さん、荒事のときにセーラー・マーズに変身するのは、やはり巫女つながりなのでしょうか?ちなみに「実写版セーラームーン」で、唯一マーズ役の女優さんだけがビッグスターになりましたね。あのご夫妻、下北沢の寿司屋で寿司をつまんでいるときに入店されて、ぼくはあまり芸能人に興味がないので、旦那のほうは場所柄もあってインディーズのミュージシャンかと思い、奥様の大女優は、こともあろうにそのマネージャーだと思ってしまいました。だってすっぴんで、なおかつ俳優のスキルでオーラを消していましたから。