フランスはひとつ、Vive La France!――オルレアンの乙女を救え!
翡翠さん、今度は史実に介入です。100年戦争です。100年戦争では、イングランドとフランスの遠隔武器が異なっています。気になる方は仲良しのAIさんに訊いてみてください。
「いやー、痛快だった。江戸前の翡翠さんは格別だねえ。」
「おまえ、江戸前という言葉の意味を知ってるのか?」
「んーと、江戸風の、江戸式の、みたいな?」
「違う。江戸の前、つまり江戸湾(東京湾)で獲れた魚介類を使ったという意味だ。」
「じゃあお魚の翡翠さん...」
「やめい!貴様、いま人魚になった翡翠を想像しただろう!」
「うん、こんがらがって難しかった。イメージを結ぶというのも簡単ではないね。」
「あたりまえだ!簡単だったら世界がキメラで溢れてしまうわ。」
「今回のは簡単すぎたから、今度は史実で行っても良いか?」
「現実への影響が少ないならな。」
「少ないというか、みんなが喜ぶやつだよ。なかったことにして欲しいと。」
「ほう、何だ?言ってみろ。」
「La Pucelle d’Orléans. オルレアンの乙女。」
「ジャンヌか、たしかにな。」
「フランスは英雄が無残に殺されずにすんで万々歳。イギリスも歴史の汚点が消えて安堵のため息。」
「翡翠にとってはそれほど難しいミッションでもないだろう。よし、許可だ。」
「あ、ちょっと待って!いつから俺が申請して女神が許可するというルールになった?」
「え、最初からそうだろ。」
「違うわ。俺が立案して、女神が翡翠を派遣、この流れだ。女神の許認可案件ではない。」
「そうだったか?まあ二人の共同責任ということだ。じゃあ行くぞ。」
翡翠は1429年のフランスへ転移された。百年戦争の最中である。戦況はフランス軍が有利に進んでいたが、あまりにも長い戦争なので厭戦気分も高まっていた。
「ジャンヌの人生の頂点は7月にランスで執り行われたシャルル7世の戴冠でしょう。ジャンヌは旗を持ってこの式典に立ち会い、それを記録した絵画もたくさんあります。それに先立つ4月から5月、ジャンヌはイングランド軍に包囲されていたオルレアンを解放します。ジャンヌがオルレアンの乙女と呼ばれるきっかけとなった出来事です。その後の転落が始まる前に、一度彼女と会っておくべきでしょう。説得は無理ですが、記憶にとどめておいてもらったほうが後々の作戦にとって有利です。さて、どこでいつ会うか?.....オルレアンですね。熱狂的に彼女を向かい入れる市民たちに紛れて彼女と接触します。」
1429年5月、オルレアンの市庁舎前広場、たくさんの市民が集まって、イングランド軍が撤退し、町が解放されたことを祝っていた。
「Vive La France!フランス万歳!」
「勝利の女神ジャンヌ万歳!」
「ジャンヌ様!」
「あなたは?」
「神の導きによって異国より遣わされた修道女でネフレティカと申します。」
「神はあなたに何を託されたのでしょう?」
「ジャンヌ様の決意を聞き、神がともにあることをお伝えせよと。」
「私の決意は揺らぎません。皇太子をフランス国王として即位させ、イングランド軍をこの地から放逐するまでこの命を賭して戦うつもりです。」
「あなたが危機に陥ったとき、ネフレティカは再びあなたの前に現れます。そのとき、私もまたあなたと同じ志を抱く者だと信じていただけますか?」
「信じましょう。神が私たちとともにあらんことを!」
翡翠はその場を去り、女神に頼んで7月のランスに転移させてもらった。
「このカテドラルで皇太子がシャルル7世として戴冠するのですね。戴冠と言っても、この時代のキリスト教国では、聖別(sacre)ですね。聖職者によって王として認められなければならない。面倒くさい仕組みですね。でも、それによって神がかった王、神が選んだ王として権威が付く。まあある意味合理的なのかもしれません。それにしてもこのランス、フランスといっても、イングランド側に付いたブルゴーニュ公の領地。なぜこんな危ないところまで皇太子を連れてきたのでしょう?」
「あ、ネフレティカではないか!」
「ジャンヌ様、戴冠式に参加なさるのですか?」
「うむ、神に課された使命を果たすため立ち会わなければならない。」
「この地はブルゴーニュ公の領地、言ってみれば敵地。なぜこんなところまで皇太子を連れてきたのですか?」
「あえて、だ。この地でフランス王が誕生すれば、フランス全土の統一性が保証される。」
「それはパリとブルゴーニュがジャンヌ様の言う神の意志を信じればの話。しかし人間は信仰と理念だけで動くとは限りません。」
「そうだ。だからこそ私は、信仰の力が現実を変えることを身をもって人々に示さなければならない。」
「パリを解放なさるのですか?」
「困難を極めるだろうがやらなければならない。」
「私も微力ながらお力添えをさせていただきます。」
この修道女は何を言い出すのだとあっけにとられるジャンヌの前で翡翠は消えた。あえて人間離れした一面を見せておいたほうが後々都合が良いと翡翠は考えた。翡翠はそのままパリの城門前に転移した。門番がちらちらこちらを見ている。
「こんにちは。お役目ご苦労様です。」
「修道女様、現在は戦争中です。どのような御用向きかお伺いしてもよろしいでしょうぁ?」
「神の導きで、傷ついた者、病に倒れた者へ癒やしを届けに参りました。あら、門番さん、手と足に刀傷がありますね。はい、ヒール!」
「え?傷が治った!モン・デュー!奇跡だ、神の奇跡だ!」
「神の加護により癒やしの力を得たのです。市内で人々を癒やしたいのですが、入ってもかまいませんか?」
「もちろんです。ああ、聖女様、アーメン!」
「さて、まずは本当に傷ついた人々を癒やして回りましょう。門番さんに嘘ついてはいけませんからね。」
パリの病人や傷病兵は教会や修道院が受け入れ、主に修道女が看護していた。女性看護師をシスター、シュヴェスター、スールと呼んでいたのは、この慣習の名残だった。
「こんにちは、旅の医療修道女です。患者さんはこちらへお並びください。はい、ヒール!あなたもヒール!...」
翡翠は連続でヒールを唱え続けMPが切れた。翡翠の場合、MPと霊力は別系統なので、MPが切れても霊力に影響はない。
「少し補給しましょう。」
翡翠は教会の椅子に座ってMP回復薬を2本飲んだ。
「これであと20人は行けますね。アイテムボックスにはMP回復薬があと50本ぐらい入っているので、次は兵舎を回りましょう。」
翡翠は兵舎を回ってヒールを連発し、傷病兵たちを次々に回復させた。兵士たちは感謝の祈りを神と翡翠に捧げ、目は涙ぐんでいた。翡翠は兵士たちを鼓舞するために「Vive La France!」のコール&レスポンスをしたが、これには意味があった。フランス、La Fance 定冠詞が付いた統一フランスという国名を連呼することによって、現在の分裂した状況への違和感を兵士に植え付けることができる。
「次はお口の幸せを町の人々に与えましょう。甘やかしの女神様!御巫翡翠です。パリにはたくさんのかわいそうな子リスちゃんがいます。その子たちに配りますから、このアイテムボックスにマシュマロをたくさん入れてください!」
「あらあら、そんなにたくさん子リスちゃんがいるのですか。良いですよ、たくさん召し上がれ!」
「よし、これをシャンゼリゼで配りましょう。すごい長蛇の列ができそうですね。1人だと捌ききれないから分身を2体出して手伝わせましょう
「ふう、お渡し会方式では埒があかないので、シャンゼリゼの街路樹に挿してきました。カラスに食べられる前に木登りして食べてくださいね。次は、ちょっと面倒な方々を相手にしなければなりません。ソルボンヌの神学者たちです。」
「Dominius vobiscum!ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ博士。」
「Pax vobiscum、シスター、ご用は何でしょう?」
「唐突な問いをお許しください、博士。神は万人(tout le monde)に等しく平等に語りかけるでしょうか?」
「ふむ、もちろん語りかけますとも。」
「誰にでも(chacun)ですね?」
「は、それが何か?」
「それは男性形の不定代名詞ですが。」
「何が言いたいのですか?」
「女性には語りかけてはくれないのでしょうか?」
「当然です。女が神と直接通じ合うなどという傲慢は許されません。」
「つまり女は万人には含まれないということですね。」
「当たり前です。それが証拠に人間(homme)は男性形で、人間と男性と2つの意味が渾然と混じり合っています。」
「大天使ガブリエルから受胎告知を受けたマリア様、パウロの弟子にして幻視を得てキリストに従った聖テクラ、幻視を得て医学、自然学、音楽に貢献したヒルデガルト・フォン・ビンゲン...」
「うるさい、うるさい、うるさい!私に言わせればヒルデガルトなど異端嫌疑ナンバーワンだ。ガキのように、あの子もこの子もみんなそうだよ、みたいなことを言いおって。貴様、どこの会派だ?審問に呼ばれるのを首を洗いながら待つが良い!」
「話の通じない方もいるものですね。天罰を下されるかも知れませんよ。」
翡翠はそう言うと、頭から湯気を出しているジャン・ド・ラ・フォンテーヌを残して部屋を出た。
「ああいう人には、ご同業のクラーマーさんと同じ目に遭っていただきましょう。」
翡翠は指を鳴らすと背中に羽が生えた天使の姿に変身した。
「神学者を騙るジャン・ド・ラ・フォンテーヌはおまえか?」
「え?天使様?まさか...」
「おまえは女が人間の中に入らないと信じておるのか?」
「いえ、その...」
「では訊くが、私は女か?」
「は、はい。」
「ふ、愚かな.神学者が聞いてあきれる。天使に性別はない。おまえがさっきからチラチラ見ているこの胸の膨らみ、これは乳房か?」
「....そのように見えます。」
「触って確かめるか?」
「いえ、とんでもない。」
「愚か者が!これは空を飛ぶため羽根を動かす筋肉の一部だ。これでわかるように、おまえは自分が見たいようにしかものを見ない。現実を直視できない。探究心がない。よって学者ではない。学者とは、さっきおまえが否定したヒルデガルト・フォン・ビンゲンのような人物のことをいうのだ。今すぐその法服と神官帽を脱いで麦畑を耕せ。さすれば現実が見えてこよう。今から言うことを復唱しろ、良いな!」
「はい、天使様。」
« Il fault cultiver notre jardin. »
« Il fault cultiver notre jardin... »
「よろしい、頑張って耕すのだぞ!」
翡翠は羽ばたいて天窓から空へ消えた。
「ふふ、これで種は撒き終わりました。最後の仕上げと参りましょう。」
翡翠は一瞬にして修道女から巫女姿にチェンジした。あえて悪目立ちして、敵兵、特に上官クラス、できることなら大将を挑発するためである。
「目立つためには高いところに行くべきですね。そして敵軍の幹部の目にとまるところ。ルーブル宮にしましょう。」
翡翠はルーブル宮の屋根の上に立った。兵士や将官の視線が一斉に翡翠に集まった。
「景色が良いですね。見下ろすとセーヌ川、遠方にはパリの町が広がる。さて、みなさーん、この屋根の上で私と勝負してくれる人はいませんか?できるだけエライ人を希望します。怖いので部下に任せるという卑怯者は後ろで震えていてください。イギリス人はこういうとき、自分の身の安全が最優先なので、部下の後ろに隠れてしまいますか?」
建物の窓からジョン・ベッドフォード公爵が屋根の上に出てきた。プレートアーマーとロングソードを装備しているので総重量は約25kg、足下がおぼつかない。
「貴様、何奴?魔女の類いか?」
「魔女ではなくて巫女ですが、まあ理解はできないでしょう。では始めましょうか。」
ベッドフォードは大剣を振り回しながら翡翠に突進した。翡翠は攻撃を跳躍でかわし、着地と同時に相手の兜の後頭部に激しい峰打ちを当てた。火花が飛び大きな金属音が聞こえた。その音を最も近くで聞いたのは、兜の内部のベッドフォードの耳だった。頭蓋に響き渡る金属音はベッドフォードの聴覚を奪い、意識を遠のかせる。しゃがみ込んだベッドフォードを容赦なく翡翠の峰打ちが襲う。三度、四度...ついにベッドフォードは倒れ、そのまま屋根の斜面を転がり地面に落下した。幸い落下地点は芝生だったので、それほど深刻な怪我の心配はないようだ。しかし深手と言えるかどうかわからないが、プレートアーマーごと落下すると、身体中に複雑骨折が発生するかも知れない。兵士や将官はしばらく呆然と見ていたが、やがて公爵の元へ駆け寄り、抱えて建物の中へ助け入れた。
「峰打ちなら刃こぼれの心配はありません。」
太刀を鞘に収め、翡翠は兵士たちに言った。
「イングランドの大将は私が討ち取りました。これで外国の支配者はこの町にはいません。近く、ジャンヌ・ダルクが指揮するフランス軍がみなさんと合流するためにパリへやってきます。もちろん温かく迎えますよね?フランス万歳!Vive La France!」
街中から »Vive La France! »の声が上がった。
長くなってしまったので、ジャンヌがパリに来る前にミッションを切り上げてしまいました。でも、あそこまでお膳立てをすれば、もう誰もジャンヌの邪魔をしないでしょう。