翡翠さん、元国王夫妻をチャールストンの"Parisian Angels"に連れて行く
いよいよアメリカ編が始まります。元国王夫妻、ふつうのアメリカ人になれるのでしょうか?
「青水よ、元国王がアメリカ合衆国に移住した例は現実にあったか?」
「元国王ではないが、イギリスのヘンリー王子が王室の公務から退いてアメリカに移住しただろ。」
「ああ、あの女優と結婚したイケメンか。」
「そう。彼は王位継承権5位だな。他にもナポレオンの兄ジョゼフ・ボナパルトが、弟の失脚後に亡命してたし、ナポレオンの妹も、夫が失脚して処刑されてからアメリカに亡命している。」
「いっぱい金を持ち出したんだろうな。」
「そりゃそうよ。大邸宅を構えて元王族として社交界でブイブイ言わせなければならんからな。」
「ルイスとメアリ・アンもブイブイ言わせるんだろうか?」
「どうだろうな?起業して実業界で生きて行くようだが。」
「目指せ、アメリカン・ドリーム!」
「18世紀末はまだアメリカン・リヴァーの砂金も見つかってない。」
「そういえば、前に翡翠が砂金掘りに行かされたっけ。」
「何が『行かされた』だよ。おまえが無慈悲に行かせたんだろうが。」
「あ、そうだった。てへぺろ。」
チャールストン、“Parisian Angels”の店内。元国王夫妻はマノン・レスコーと初顔合わせしていた。
「合衆国へようこそ、Your Majesty!」
「ボンジュール、マドモワゼル・レスコー!私たちはもう王族ではないので気軽に呼んでください。」
「じゃあそうさせてもらうわ。メアリ・アンとルイス、で良いかしら?」
「はい、これからはアメリカ人ですから。」
「ルイスは16世だったのよね。私が追放されてルイジアナ送りになったときの王様は15世だったわ。」
「私の祖父です。父は曾祖父が死去する前に亡くなりましたので、孫の私が16世になりました。」
「若いときから国王だなんてさぞかし苦労なさったのね。」
「いえ、それが...あまりぱっとしない国王で、工房に籠もりきりで時計ばかりいじっていました。」
「妻の私も、気ままで気まぐれな贅沢三昧の生活で....革命の責任の一端は私にあったのかもしれません。」
「過去を悔いても仕方がないのよ。私もパリではバカなことばかりして追放の身の上になってしまいました。ジャディーが助けてくれなければ、きっとルイジアナの荒地で野垂れ死んでいたでしょう。」
「ジャディーはわれわれ3人の命の恩人です。」
「さて、せっかく助かった命です。アメリカでは何をするつもりなのかしら?」
「ゆくゆくは起業するつもりです。」
「どんな産業?」
「社交の潤滑油、お酒の製造です。」
「まあ、思いがけないところから攻めてきたわね。」
「美味しいお酒があれば、ソシエテももっと華やかで豊かになります。」
「そう、社会と社交は表裏一体。同じ言葉ですものね。」
「ただ、起業するためにはもっとアメリカを知り、英語を学び、社会に溶け込まなければなりません。」
「そうね、それが宮廷育ちのあなたたちには少し荷が重いかも知れないわ。」
それまで黙って話を聞いていた翡翠が、ここで話に加わった。
「言葉を学ぶためには、それを生活で使い続けるのが一番です。どうでしょう、この »Parisian Angels »でしばらくお店を手伝ってみては?最初は庶民の労働に戸惑われるかも知れませんが、そこを乗り越えないと先へは進めません。」
「あら、それは悪くないアイディアね。いわゆるショック療法ね。」
「われわれは具体的には何をすれば?」
「接客の案内と、お飲み物をお出しする係。」
「最初に覚えるべき英語は、 "Good evening, sir. Welcome." さあ、リピート・アフター・ミー!」
「グッド・イヴニャン!」
「えーと、ルイスが間違えるのはわかるんだけど、なぜドイツ語ネイティヴのメアリ・アンが »ing »を発音できないの?」
「ごめんなさい。すっかりフランス語に上書きされてしまって。」
「まあ、すぐに慣れますよ。私も来た当時は Thank you もまともに発音できませんでしたからね。」
「日常の経験だけで外国語はマスターできません。これを...」
翡翠はルイスとメアリ・アンに英語学習書を渡した。
「夜はお店で、フランスから来た愉快な2人ということで、お客さんに揉まれながら英語のスキルを身に付け、昼間はこの本でしっかりと文法と語彙を身に付けてください。ルイスには英仏の、メアリ・アンには英独の参考書を買ってきました。別々の参考書でお互いに教え合うと効率が上がるでしょう。」
「おお、がぜんやる気になってきたぞ。My name is Lewis!」
「がんばりますわ。I will do my best!」
そんな2人の様子を微笑ましく見ていたマノン・レスコーは、何かを思いついたようだった。
「2人はビジュアルも良いので、店内の舞台でたまにコミックショーをやったらどうかしら?ダブル・アクト。フランスから来たばかりの夫婦という設定...いや設定じゃなくて事実だけど、この店のコンセプトにもよく合うわ。」
翡翠はそれを聞いて膝をポンと叩いた。
「東洋のジャポンには夫婦漫才という芸能スタイルがあります。かつては退位した王族がやっていた記録もあります。これです。」
翡翠は複写した『織田家のアナザー・ジャパン』の19章をアイテムボックスから取り出してテーブルの上に置いた。そこには早期退位した織田信吉が夫婦で餅つきしながら漫才する姿が描かれていた。
「これは何とも楽しそうな!」
「元国王夫妻のDuo comique conjugal の鉄板ギャグは、『あんた、首よ!』、『えー!首だけは切らないで!』とか。」
更新が遅くなってすみません。ゲームに時間が取られちゃって。




