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翡翠さん、ヴェルサイユ大行進にもこっそり参加しました

「パンがないなら~」の台詞はマリー・アントワネットではないそうですが、ここではあえて逆手にとって、ブリオッシュ大作戦にしました。あ、良く言われる「パンがないならお菓子を」は、実は「パンがないならブリオッシュを」が正しいそうですよ。ブリオッシュ、Amazonで見たら結構お高いんですね。


「青水よ、いよいよドンパチの革命が始まるな。」


「7月14日、今は革命記念日として祝日になっているが、バスティーユ監獄が襲撃されて、武器弾薬が民衆に渡され、いよいよ革命軍が発足する。パリに駐屯する国軍の大半が革命派に加わってその数は膨れ上がる。あんたの好きなオスカルみたいなもんだ。」


「そうか、オスカルは途中で民衆の側に付いたんだな。その男気や良し。」


「いちおう女なんだけど。」


「女でもシュッとしたあの立ち振る舞い、長いまつげ、愁いを含んだ横顔、ああ宝塚、大好物だぞ!私は女神だ、性別なんてどうでも良い!どっちでもいけるぞ!」


「あのー、女神さん、リビドー振りまかないでもらって良いですか?」


「あ、すまん、もう少しで掲載不可のコスプレに変身するところだった。残念だったな、寸止めで。」


「いや、残念でねーし、迷惑やめろだし。」


「で、オスカルが味方に付いたんだ、革命軍は無敵になっただろう。」


「国軍の武器と戦術がまるごと革命軍のものになったのだから、少なくともパリ市内では無敵だな。そして、翌8月には国民議会で人権宣言が発足し、貴族や教会の特権も次々と廃止されることになる。特権の中身は煎じ詰めれば資金のようなものだから、そのぶん民衆の財力が上がった。富の再配分だ。」


「ヴェルサイユも震え上がって覚悟を決めたのでは?」


「それがそうでもないんだよ。今だと考えられないが、パリとヴェルサイユの間に横たわる20kmという距離、これが意識の断絶を産む。電話もないし、そうそう行き来もできない。馬を使っても3時間はかかるからな。馬って速いと思うだろ?時代劇や西部劇で全力疾走のシーンばかりだからな。だけど馬は生き物だから疾走し続けられない。常歩(walk)だと時速7km。ママチャリより遅い。ロードバイクなら1時間のところ馬だと3時間、これが現実だ。で、これだけ離れていると、住んでいる人の意識も変わってしまうのさ。片や飢えと窮乏、片や贅沢三昧。もはや別世界だ。」


「うーむ、許せんな、ヴェルサイユ。試練を課してやりたくてたまらん。井戸に梅干しをぶち込んでやろうか。」



挿絵(By みてみん)



「あ、本当にぶち込んでる!」


「はっはっは、みんなスッパマンになってしまえ!」


「.......」






 

初夏の日差しが気持ちよいパリの街角にヴェルサイユからたくさんの馬車がやってきた。荷台には積みきれないほどのブリオッシュ。荷台の幌には輝く文字で »Brioche de la Reine »と書かれている。馬車はパリの様々な市区に現れた。



挿絵(By みてみん)



「さあ、1人1個だよ、お妃様のブリオッシュ!マリー・アントワネット様からの贈り物だ!」


 街路にはあっという間に長蛇の列ができた。順番が来てブリオッシュを手に入れると、物陰でそれを食べて、また列に並ぶ者もたくさんいた。翡翠はブリオッシュに齧りついている老女に声をかけた。


「ブリオッシュ、どうですか?」


「うまい!これ、甘くてバターの香りがして、しっとりとして...なんだって?ブリオッシュというのかい?こんな美味しいパンは生まれて初めてだよ。」


「マリー・アントワネット様が焼いたんですよ。」


「ああ、ありがたいことじゃ。もう足を向けて寝られない。Vive la Reine!」


たくさんあったブリオッシュはまたたくまに空っぽになった。とても平等に行き渡ったとは思えないが、少なくともマリー・アントワネットの好感度は、限定的とは言え、微増しただろう。



 7月14日、バスティーユ牢獄が暴徒と化した民衆たちに襲撃された。襲撃の目的は武器と弾薬だった。革命の勃発である。パリに駐屯していた国軍の兵士たちは雪崩を打って民衆の側に付いた。ヴェルサイユで貴族の園に買われている近衛兵と違って、民衆と同じ市場でパンを買い、民衆と同じ居酒屋で酒を飲む彼らは、民衆の苦境を知っていたし、分かち合っていた。国軍の武器と戦術は、圧倒的に数の少ない守備兵を一掃し、バスティーユは陥落した。



 1789年10月5日の朝、パリの胃袋と言われるレ・アル中央市場には不穏な空気が漂っていた。市場で働くたくましい女たちが、パン不足に対して怒りの声を上げ始めたのだ。最初は声高に不満を語り合うだけだったが、ひとりの若い女性が箱の上に載って太鼓を叩き始めると、女たちはシュプレヒコールとともに市庁舎へ嘆願に向かった。


「パンをよこせ!」


「パンがない!」


 

 市庁舎の担当者は殺到する女たちの大集団を前に何の手も講ずることができず、不満を募らせた女たちは直接ヴェルサイユに乗り込むことにした。20kmを徒歩で行進だ。レ・アールの魚屋で始まった女たちの不満爆発は、膨れ上がった大集団になった。女たちの後ろには、まるで彼女たちを保護するように国軍の大部隊も続いた。翡翠も目立たないようにこの行進に参加していた。



「ヴェルサイユで何を要求するのですか?」


「パンだよ、パン!」


「それから王様に私たちの話を聞いてもらう!」


「ヴェルサイユは遠すぎる。パリに住んでもらう。」


「オーストリア女を殴ってやる!」


「マリーを引きずり出せ!」


「ダメだよ。マリーはブリオッシュくれたし。」


「そうだ、そうだ、マリーのブリオッシュ、最高だった!」


「私は食べてない!私の前で配給が終わった!」


「ブリオッシュを、ブリオッシュをよこせ!」



 翡翠の周囲で「パンをよこせ」が「ブリオッシュをよこせ」に変わっていった。マリー・アントワネットを呪詛する声と擁護する声が入り交じった。つかみ合いの喧嘩をする女もいて行進は騒然となった。翡翠はそっとその場を離れて、茂みで月煌を召喚した。


「月煌!王様とお妃に伝えて!逃げ隠れせずに民衆の前に姿を現し、静かに要求を聞くこと。食料庫のパンをすべて民衆に差し出すこと。料理人総出でフライドポテトを作り、民衆代表に食べてもらうこと。いいですね?」


「了解した。フライドポテト作戦、開始する。」



 国王たちが逃げ隠れせずに行進してきた女たちを迎えたため、民衆の怒りはかなり収まった。民衆たちにはパンが配られ、さらにフライドポテトも振る舞われた。マリー・アントワネットがバルコニーに出てきた。


「皆さん、雨の中、遠くまでご足労いただいて申し訳ありません。お疲れでしょう?疲れた身体には甘いものが良く効くんですよ。マシュマロが食べたくはありませんか?祈りましょう、女神に!」



 翡翠は月煌からの報告でこの瞬間を捉え、甘やかしの女神に頼んで大量のマシュマロを女たちに降り注がせた。歓喜の声、Vive la France! Vive la Reine! Vive la Déesse! マリーの好感度は爆上がりした。そこに国王が登場した。


「国民の皆様!私たちは農業の改革に取り組み、ジャガイモの耕作を現在の3倍に増やすつもりです。ジャガイモは小麦の3~4倍の熱量をもたらします。それによって飢餓と空腹はかなり緩和されると思います。そして...ヴェルサイユとパリはあまりにも遠い。ヴェルサイユに引っ込んでいては国民の生活が見えません。われわれ一家は、これからパリのテュイルリー宮殿に引っ越します。Nous sommes aussi Parisiens! 」


 割れるような拍手が沸き起こった。Vive la France! Vive le Roi!


今回は甘やかしの女神様にすっかりお世話になってしまって。いつかは試練の女神様にも活躍してもらいたいのですが、梅干しではねえ。ヴェルサイユの井戸、回復するのでしょうか?

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