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翡翠さん、ハムレットにちょっとだけ介入したけど、それよりオフィーリアがすごかった

ハムレット編の最終回です。最後まで...いや、前書きで「ありがとう」はおかしいですね。

「青水よ、オフィーリア、ずいぶん原作と変わってしまったな。」


「翡翠さんの薫陶を受けたからね。」


「いやあ、元々の素地があったのではないか?原作の時代的制約を取り払ってみると。」


「そうかもしれんね。シェイクスピアは16世紀生まれの人で、いちおう中世はもう脱してはいるんだが、そんな急に変わるものではないから、中世っぽい感性や考え方も残っているはずだ。」


「だな、はいきょうから中世は終わりで近世ですよ、とはなるまい。」


「このあたりの時代は薬屋と魔女はさほど区別が付いてない。と言う意味でオフィーリアは魔女に一歩近づいたってことだな。」


「メラゾーマ!」


「そういうのじゃないから。」


「水泳と剣術を習うと言ってたが、剣術はともかく水泳は習えたのか?」


「無理だな。水泳術という概念自体、ようやく貴族男性の基礎実技として注目されるようになったばかりで、当時のイングランドで水没=水死といえるほど泳げない人間だらけだった。」


「じゃあ、オフィーリア、いつまでもカナヅチじゃん。」


「翡翠が提案してプールでも作れば話は別だが。いや、ちょっと待て。デンマークだろ。泳げる季節がほとんどない。」


「私は女神だから寒くても平気だがな。」


「だから、そうやって何にでも食いついて威張ろうとするなよ。好感度が下がるぞ。」


「は...好感度...」


「どうした、女神?」


「なあ青水、好感度ってどうしたら上がるんだ?」


「適度な笑顔、驕り高ぶりを見せない適度な低姿勢、あざとくない自然なかわいらしさ、どれもこれも女神には無理そうだ。諦めろ。」


「万人抜けするこのスタイルはどうだ?」


挿絵(By みてみん)



「げっ、笑わぬキャバ嬢じゃねえか。最悪だ。3日でクビになる。」


「なんだと!」


「そんな態度で接客されて誰が喜ぶんだよ?AI相手に酒飲んでるほうがよほど楽しいわ。」


「ガキだなあ。大人の女性の良さがわからないとは。」


「へいへい、アラフォー過ぎるとやたらと“大人の女性”とか言い出すよな。」


「おい、聞き捨てならんぞ。ずーっとアラサーいじりしてたのに、何だ突然アラフォーとは!」


「あ、ごめん、ビジュアルに釣られてつい。」


「許さんぞ。女神の呪いでモテなくなれ!」


「ふふふ、何も変わらんぞ。ゼロより下はないからな。」







「お父様、私このままここに残ってザーミアさんの弟子にしてもらいます。薬の知識をしっかり教えてもらいたいので。」


「そうか。以前のわしなら許さなかっただろうが、今はおまえの覚悟を知ったので止めたりはしない。ザーミアさん、ふつつかな娘ですがビシバシ鍛えてやってください。」


「ふふ、了解だよ。私も自分の知識を誰かに遺して安心したかったのさ。」


「ではお父様、女中に命じて私の着替えをここに運ばせてくださいね。あと...しばらくご厄介になるので、当分の食費を置いていってください。」


「あまり細々しいところに注意を払わないできたが、おまえもずいぶんと大人になっていたのだな。ザーミアさん、黙ってこの金袋を受け取ってください。食費の他に授業料です。」


「良いのかい?うれしいねえ。」


「では私は城へ帰るとしよう。クローディアスに仕えるのは本意ではないが、国を放置するわけにはいかない。いずれハムレット様とも相談して今後のことを考えるとしよう。」




 そのころエルシノア城では、クローディアス王が手に外交文書を持ってポローニアスを血眼になって探していた。王妃に尋ねようとしたが、王妃は部屋に鍵をかけて出てこない。ハムレットはギルデンスターンとローゼンクランツに伴われてすでにイギリスへ向けて出発していた。王は半狂乱になりつつ城内を歩き回ったが、ふと足を止めて家臣を呼び、手短に命じた。


「早馬を飛ばしてハムレットを追え。イギリス行きは中止だ。すぐ城に連れてこい。」


 王は家臣を送り出すと武器庫へ向かい、プレートアーマーを身に付け、ロングソードを手に取って何度か振ってみた。しかし武具の重みに身体が耐えられず、息が上がって倒れそうになった。王は忌々しげに武具を脱ぎ捨て、居室に戻り頭を抱えた。


「ポローニアスはどこだ?ハムレットはまだ捕まらんのか?」


 廷臣たちは忙しそうに駆け回っているが、事態は全く好転しない。城内の鐘が時の推移を告げた。そのとき王の居室にひとりの貴族が入ってきた。


「王様、ポローニアスの長男、レイアーティーズでございます。」


「おお、レイアーティーズ。パリに戻ったと聞いたが。」


「旅路にてノルウェイ軍の不穏な動きの噂を耳にして、取り急ぎ戻って参りました。」


「おお、この国難に際しておまえのような強い味方が戻ってきてくれて心強い。これでポローニアスとハムレットが戻ってくれれば...」



「国王、ポローニアス、ただいま戻りました。」


「おお、おお、ポローニアス、大変だ、至急内密の相談がある。人払いを!」


「国王命令である。みなこの部屋を出るように!」



「ポローニアス、この書簡を見てくれ。」


「ノルウェイ王子フォーティンブラス様からですな。.....何ですと!病に伏せっていた国王が崩御!そしてそれによってフォーティンブラス様が新国王として即位したと。そして...かつて先代のハムレット王と先代のフォーティンブラス王の決闘によってデンマーク領になったかつてのノルウェイ領を賭けて、再び国王の一騎打を所望すると!なお、この申し入れが受け入れられぬなら軍隊をもって一戦を交える覚悟であるが、その場合は貴国国民に、デンマーク王は一騎打ちを拒んだ腰抜けであると触れ回る所存である...ですと。国王、いかがいたしますか?」


「勝負を断れば国民の信頼を失い、兵士の士気も下がって戦に負けるだろう。勝負を受ければ、血気盛んな若者相手にこの老体で勝ち目はない。いずれにせよ領土は奪われる。だが、勝負を受ければ私は殺される。戦に負けて領土を取られても命が助かるなら...」


「国王!戦になれば多くの兵士や国民が傷つき死ぬことになるのですぞ!」


「ならばポローニアスよ、わしが犠牲になって死ねば良いと申すか?」


「それなら少なくとも英雄として死ぬことができましょう。」


「貴様...お、良い考えが浮かんだぞ!」


「何でございましょうか?」


「おまえの息子レイアーティズはなかなかの使い手と聞く。やつを私の身代わりに仕立ててフォーティンブラスと一騎打ちさせるのじゃ。」


「それは無理でございます。顔も体つきも全く似ておりません。それに、そんないかさまがバレたら世界中の物笑いの種。しかもバレない可能性などほぼあり得ない愚策でございます。」


「うぐぐぐ...」



 そのとき廊下から廷臣が、ハムレットの帰還を告げた。


「よくぞ戻った、ハムレットよ!」


 王は立ち上がってハムレットの帰還を喜んだ。


「イギリスへ行けと言ったかと思うとすぐさま戻れと、慌ただしいことですな。」


「国の大事じゃ。ノルウェイのフォーティンブラスが一騎打ちを申し込んできた。かつて先王が勝ち取った領土を賭けての戦いだと言う。」


「行って戦ってくれば良いだけのこと。それ以外の選択肢がありますか?」


「戦って勝てると思うか?」


「それはわかりません。王がどれほどの使い手か把握しておりませんので。」


「私はもう老体だ。即位したばかりの若い王に勝てるはずがない。」


「なら降参なさるのですな。もっともそこで降参する弱虫をデンマーク国民は国王としていただくとも思えませんが。」


「やはり挑戦を無視して軍を動かすしかあるまい...」


「国王!」


ハムレットとポローニアスは同時に声を上げた。ポローニアスは国王に詰め寄った。


「そんなことをしたら敵は国王が一騎打ちから逃げたと吹聴してこちらの士気は下がりまくり、戦に負けるだけではなく、一部では反乱が起こる可能性もありますぞ!」


「くっ、こうなれば....こうなれば退位して王位をハムレットに譲る!ハムレットが一騎打ちを受ければ良い。ふん、この歳になって一騎打ちなどしてられるか、馬鹿馬鹿しい。わしは隠居させてもらう。」


「ほう、退位なさいますか。それは賢明なご判断。ならばさっそく略式にて即位式を敢行し、ハムレット新国王に誕生していただきましょう。」



 エルシノア城にハムレット新王が即位というニュースが広まった。ノルウェイには使者が立てられ、一騎打ちの相手はハムレット新王が務めると伝えられた。



「ご即位おめでとうございます、ハムレット様。」


「賢者ジェイディか。いろいろ世話になった。これで父の敵も討てましょう。」


「一騎打ちに勝利したらクローディアスを処刑なさるのですか?」


「裁判にかければ当然そうなるでしょう。」


「一騎打ちではフォーティンブラス様の命を奪うおつもりでしょうか?」


「戦いなのでどういう結果になるかはわかりませんが、敵も当然そのつもりでかかってくるでしょうから、こちらも出し惜しみはしてられません。」


「フォーティンブラス様を殺せばその子どもが今度はハムレット様に挑んでくるでしょう。そのときハムレット様はもうお若くはない。そんなことの繰り返しが果たして両国のためになるのか。王の命を賭けて荒れた土地の取り合いをするのですよ。」


「ならばどうしろと?」


「敵を無力化したら証文に署名をさせるのです。今後この土地についてのいかなる権利行使をも放棄する、と。それで未来永劫無意味な一騎打ちは避けられます。いわば未来への贈り物です。」


「わかりました。できるだけ努力いたしましょう。」



「ハムレット様!」


 オフィーリアがザーミアの庵から駆けてきた。


「この薬をお持ちください!女が抱きたくて我慢できない苦しみから解き放たれる薬です。ザーミアさんの協力で作り上げることができました。これさえ飲めば煩悩は瞬く間に消え失せましょう。」


「そ、そうか、ありがとう、感謝する。」


「ハムレット様、ご武運を!戻ってきたら、好きなだけ好きにしてくださってもよろしいのですよ。」



 果たし合いが始まった。


挿絵(By みてみん)


 最初は互角の戦いだったが、装備の重さの違いか、基礎体力の違いか、あるいはオフィーリアの薬の効果で煩悩の分だけ身体が軽くなったせいなのか、ハムレットの動きがフォーティンブラスを圧倒するようになった。フォーティンブラスは馬乗りに組み敷かれ武器を失った。


「殺せ!」


「いや、殺しはしない。ノルウェイもデンマークと同じく王を必要とするからな。その代わり、こんな不毛な戦いに終止符を打つため、この証文に署名してくれ。これで両国の間に領土問題は存在しなくなる。」



 凱旋したハムレットは略式の裁判を開き、先王クローディアスの国外追放を決めた。ノルウェイはおそらく受け入れを拒否するだろう。逃れる先は神聖ローマ帝国シュレースヴィヒ・ホルシュタイン、あるいはそこからさらに東へ進みポーランド。いずれにしても楽な老後にはならないだろう。



「ハムレット様!」


 オフィーリアが満面の笑みで駆け寄ってきた。


「ご帰還おめでとうございます。勝利のお祝いに...私をあげちゃおうかな♡」


「あ...すまない....今は薬が効いて...爽やかすぎるんだ...すまん!」


翡翠さんはやはり目の前でラスボスが殺されるのを見たくないみたいです。今回はあまり介入しませんでしたが、浅い川から立ち上がったオフィーリアが一皮むけて大活躍でした。

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