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翡翠さん、名作マンガの世界に送り込まれて少し暴走する

書くことないですねー。


「青水よ、あのまま地獄の業火に包まれていれば、ドン・ジョヴァンニの命は潰えたがスケコマシ大王としての英雄譚は残った。それがちびちんとして生き、死ぬまで失笑を浴びることになるとは、ある意味地獄より過酷だったな。」


「ああ、エラ&メロ、グッジョブだ。」


「ところでさ、次はどうする?ちょっとこのテンポを維持するのがしんどいんだが。」


「ばーか、しんどいのは物語を書くこっちだっつーの。アイディアがあってもそれを文字列として実体化するまでにはずいぶんとエネルギーを消費するものだ。」


「簡単なの行っておくか?」


「例えば?」


「『フランダースの犬』とか?」


「あっという間に終わっちゃうだろ!」


「だったら『小公女セーラ』も合わせて、午前午後で簡単に解決。」


「名作マンガ劇場か。そのふたつって、真相が早めに明かされてしまえば即解決だな。翡翠の能力、何もいらなくないか?」


「まあ、そうだけど、たまには楽しろよ。」


「で、お約束のコスプレはないのか?」


「これでどうだ?」


挿絵(By みてみん)



「相変わらずとってつけた感が半端ない。」


「このふたつ、アニメでしか知らないが、もちろん原作はあるのだろ?」


「ああ、でも説明する必要も感じないな。19世紀アングロサクソン女性作家による白人教育用児童書。独特のジャンルだ。深掘りする気にはならないが。」


「なんだか素っ気ないな。児童文学というジャンルが嫌いなのか?」


「そうかもしれない。ただ...研究者にとっては美味しいネタの宝庫だと思うぞ。イデオロギーを無謬の倫理と信じて書いているからな。」


「なんだか面倒くさいな。さっさと行くぞ。」





「ここが19世紀後半のフランドル地方ですか。東インド会社で蓄えた富が随所に建築物やインフラとして残っていますね。あ、あの少年、ひょっとして...」


挿絵(By みてみん)



「あなたがネロくん、そしてその子がパトラッシュね?」


「そうですけど、お姉さんは?」


「私は...(フランドル語ってオランダ語だからドイツ語みたいなものかしら)...ヤーディアです。絵が大好きなので聖母大聖堂にあるルーベンスの祭壇画を観に来ました。」


「ああ、羨ましい。ぼくも一度で良いから観てみたい。」


「ならばお姉さんが連れて行ってあげましょう。神様もきっと喜んでくれるはず。徳を積むと来世に良いことがあるんですよ。(よその宗教の話だけどね)」



挿絵(By みてみん)


「食い入るように観てますね。ああいうのが描きたいの?」


「はい、いつかかならず。」


「でもね、その前に絵を描いてお金を稼いだほうが良いと思うの。お姉さんと一緒にアントワープの町へ行きましょう。」



「まず画材が必要です。イーゼルとスケッチブックとコンテ、最低これだけはないと。それからカルトン、定着液、商品用の画用紙。モデルと画家のための折りたたみ椅子も必要だわ。お金は出してあげるから、あとで私の絵を描いてね。」



挿絵(By みてみん)


 ネロは真剣に翡翠をスケッチしている。美人モデルの翡翠が通行人の興味を引いて人だかりができた。やがて完成した翡翠の白黒スケッチに通行人は称賛を隠せず、中には買い取りたいと財布を出す者まで現れた。



「ダメですよ。これはサンプルなんですから。この子はここで似顔絵描きの仕事を始めるのです。銀貨3枚で一生の宝物になりますよ。定着液で仕上げるので長持ちします。ガラス付きの額縁に入れれば数世代は持つでしょう。ご希望の方はこちらの紙にお名前を記入してお待ちください。記入順に絵を描きます。」


 翡翠は手際よく客を捌き、日が落ちるまで15人の似顔絵が売れた。この時代、写真が発明される直前だったので、似顔絵の需要は高かった。ネロは生まれて初めて絵を描いてお金を稼いだ。45フランもある。熟練工の日当の5倍だ。


「お姉さん、何から何までありがとう。ぼく、自信が付いたよ。はい、これは画材を買ってもらったお金です。」


「いえ、私はもう1枚自画像を描いてもらいたいわ。持って帰って一生の宝物にするから。」




「次は、時代が同じくらいかしら、ロンドンの私立学校ミンチン女子学園ですね。見るからに階級と資産背景といじめがリンクしているような、いやな雰囲気ですね。何より腹立たしいのが、帝国主義で植民地から吸い上げた富を平気で自分たちのマウント合戦に投入して当然という価値観です。まあ、そんなことを言い始めれば何もできませんから、とっととセーラに資金を渡して無事解決ということにしてあげましょう。私、調律の巫女ですから...でも、本当なら、手に入れたダイアモンド鉱山の資金で、インドに現地の子どもたちの学校を建ててあげるくらいしても良いと思いますよ。いや、何ならロンドンで反帝国主義の地下組織でも作って、反体制活動家として暗躍するとか...できるわけありませんね。」




「ミス・セーラ・クルー、あなたはフランス語の学習が初めてですの?」


 校長のミス・ミンチンが意地悪な笑顔でセーラに迫った。だがセーラの母親はフランス人、母の死後も父親の計らいでずっとフランス人のメイドとフランス語で会話しながら育っていたので、バイリンガルである。だが、それを言うとミス・ミンチンの機嫌を損ねるのではないかと思ってセーラは黙っていた。翡翠が教室に現れてセーラに言葉をかけた。


« Pourquoi restes-tu silencieux ? Tu veux faire comme si tu ne parlais pas français ? Tu parles mieux français que moi, n'est-ce pas ?“


 セーラの表情がピクリと動き、驚いたように翡翠を見上げた。そしてそれより驚いた顔で翡翠を見つめたのがミス・ミンチンだった。


「あなたはどなたですか?いきなり教室へ入ってきて。」


「あら、失礼。私、セーラさんのお父様のご友人にして共同経営者クリスフォード様の指示でセーラさんの様子を探りに来ましたの。学校の環境や教育内容も同時に調査するように言いつかっておりまして、それによって教育支援の寄付額も検討されるとか。」


 寄付額と聞いてミス・ミンチンの顔色が変わった。


「そういうことでしたら、ぜひ応接室のほうで...」


「いえ、結構です。このフランス語の教室で、校長も含めて生きたフランス語の会話を通じて、教育の質を考察したく存じます。」


 ミス・ミンチンはフランス語コンプレックスの塊だった。顔色が青くなりそして赤くなり、また青くなった。


« Peut-être que vous ne savez même pas faire la différence entre le français et l’allemand ? Spreche ich jetzt Deutsch? Antworten Sie mit Ja oder Nein!“


「ウ、ウ、ウィ、マドモワゼル!」


「話になりませんわ。」翡翠は大げさに落胆した仕草で教室を出た。



「この世界、ちょっと耐えられないので、クリスフォード氏にこの親展を送りつけ、同時に式神を放って画像も見せたらとっとと帰還しましょう。そうでもしないと、もっと破壊的なことをやりそうな自分を感じて恐ろしくなります。」


もはや検証できないのだけれど、ぼくが小学生のとき読んだ「小公女セーラ」で、イギリスに来たばかりのセーラに...あ、良く考えたら「秘密の花園」のほうだったかもしれない。ごめん、セーラ、冤罪だ。そう、うろ覚えだけどこっちもインド帰りだったよね?「インド人は人間じゃないのよ!」というトンデモ台詞を読んだ記憶があるんだよ。過去は掘り返すといろいろ出てくるものなのさ。

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