翡翠さん、ドン・ジョヴァンニを助けたような、もっとひどい目に遭わせたような
そうなんですよ、ミュージカルとオペラが苦手なんですよ。だからもちろんディズニーアニメも苦手。人の心を持ってないのかって?ええ、何とでも言ってください。
「やっと舞踏会か。これが始まらないとオペラの気分にならないな。」
「女神さん、あなたはオペラを何だと思ってる?」
「歌と芝居と豪華な衣装と舞台、ザ・ゴージャス!」
「金持ち趣味かよ!」
「そういうおまえはどう思ってるんだ、インテリくん?」
「実はその...苦手なの。」
「何だと!ごていねいに介入までさせておいて“苦手なの(ポソリ)”って、ふざけるな!」
「だってしょうがないじゃん。ミュージカルとかオペラって台詞を歌うだろ?あれがどうしても耐えられない。」
「芸術の敵だな。」
「ああ、何とでも言ってくれ。苦手は苦手、俺は根っからの散文体質なんだよ。」
「歌も嫌いなのか?」
「うーん...推しの歌は好物かな...」
「私の歌を聴けーっ!」
「ちょ、おい、何だ急に!」
「今推せば古参になれるぞ、良いから推せ!」
「あのー、女神さん...ギターを持ったら顔の原型が崩れているんですけど...」
「素直に若返ったと言え!どうだ?萌えるか?推したいか?」
「中身を知っているので...ちょっと...」
「思ったより大きな屋敷ですね。楽隊が音楽を奏で、着飾った村人たちが踊り、お酒とご馳走も豊富に用意されています。あの男はどこでしょう?...あ、あんなところでみんなに媚を売っている。」
「村人の皆さん、楽しんでいますか?食べ物も飲み物もふんだんにありますからね。楽しく飲んで踊って、新郎新婦をお祝いしようじゃありませんか!もっともっと盛り上がりましょう!泡立つお酒でシュワリンドリーミング!まだ村にはたくさん女の子が残ってるでしょ?みんな連れてきなさい!乾杯!はい、乾杯!シャンパンタワー!シャンパンキャッスル!飲めば恋がたくさん生まれます。私のカタログも10ページは増えるかな?」
「あの男、まだゼルリーナさんを諦めていないようね。」
仮面越しに観察していたドンナ・エルヴィーナがドン・ジョヴァンニの視線の先を確認した。
「マゼットさんを酔い潰してその隙にと考えているようだわ。」
「みなさんは仮面を外してゼルリーナさんのそばについてあげてください。あの男は私が引き受けます。大丈夫、私は...魔法も使えますしね。」
翡翠はみんなにゼルリーナの防衛を託すと、仮面で顔を隠してドン・ジョヴァンニに近づいた。
「こんばんは、セニョール!楽しい宴ですわね。」
「おお、マスカレードマスクはその下に潜む美しさを隠しきれません、セニョリータ!」
「まあ、お口がお上手ですこと。そうやってたくさんの女性たちと気晴らしを楽しんできたのでしょう?」
「気晴らし?いえ、とんでもない。私はいつだって真剣ですよ。真剣に恋して、でも運命の神がそれを長続きさせてくれなかった。でもセニョリータ、あなたには何か不思議なご縁を感じます。私の恋の終着駅になりそうな予感が...」
「口では何とでも言えますわ。セニョール、あなたは遠い国ジパングに伝わるプリンセスかぐやの伝承をご存じかしら?」
「いいえ、寡聞にして。」
「満月のように光り輝く美貌に恵まれたかぐやのもとに国中のプリンスが集まって求婚しました。だけどかぐやは、言葉だけの求婚を受けるつもりはなく、それぞれに難題を課します。飛龍の爪、地霊の宝玉、海ツバメの巣...皇子たちはそれぞれ命をかけて難題に挑み、中には本当に命を失う者もいました。結局、かぐやは待ち疲れて月へ帰ってしまいました。」
「おお、それだけの犠牲を払っても手に入れたいプリンセスなら、私も争奪戦に参加してみたかった。情熱は誰にも負けませんから、きっと最後に姫の手を取ったのは私だったでしょう。」
「実力に裏打ちされた自信ならば尊いものです。もし私が難題を課したら、あなたは挑戦しますか?」
「もちろんです。それであなたの手に口づけすることが許されるのでしたら。」
「ふふ、あなたが求めているのはそんなものではないと思いますけど。良いでしょう。私とデートしたいなら、そうですね、勇気と力を見せていただきましょう。これから3体の魔物と戦って勝利し、その眼球と心臓を証拠として捧げてください。ただし...お金で用心棒を雇って高みの見物は許しません。ソロで挑んでいただきます。よろしいですか?1体目は東の森に潜むワーベアーです。ご武運を。」
ドン・ジョヴァンニは屈強な護衛を5名雇って森へ向かった。熊と決闘だなんて御免被る。戦いは護衛に任せて証拠の品を持ち帰れば良い。「荒事より秘め事」、ぽつりと呟いてジョヴァンニはくすりと笑った。だがその行く手を翡翠が阻む。
「ジョヴァンニさん、ずいぶん大勢でお出かけですね。」
「あ、これは..その...ちがくて...そう、道中の護衛ですよ。途中で盗賊に会うと面倒ですからね。森に着いたら1人で進みます。」
「そうですか。ならばそこまで同道しましょう。」
翡翠に監視されているので護衛の援助は望めず、ドン・ジョヴァンニはソロで熊に挑んだ。
激しく長い戦いの末にジョヴァンニは熊を仕留めることができたが、レイピアで熊に挑むのは無謀だった。腕や足に無数の傷を負い、失血で顔色は青ざめHPは半分以下になった。
「頑張りましたね。戦いを見ていたので、証拠の品は必要ありません。目玉と心臓なんてキモいし。次は、スイスの学者が作った失敗作の人造魔人です。怪我が治ったら挑戦してくださいね。北の森にある洞窟に潜んでいます。」
数日後にドン・ジョヴァンニは、前回の失敗を反省して、装備を強化した。プレートアーマーで防御力を高め、槍で間合いを取りながら戦い、接近されたら火器を使う。これで完勝だ。そう思って挑んだが、人造魔人の皮膚は硬く、槍で深く貫通させることは難しく、しかも銃弾も致命傷にはならなかった。結局、相互にダメージを与えながらの辛勝に終わり、ドン・ジョヴァンニはプレートアーマーで強打を受けたため身体の随所を複雑骨折してしまった。
「あらあら、頑張ったようですが、身体はボロボロですね。骨折を治すには1ヶ月以上かかりますよ。もう無理ですね。かぐや姫は月に帰ってしまいます。」
「ぐぐぐぐ...や、やらせて...ください。」
「あなたのその台詞、なんだかイヤらしく聞こえてしまうので却下です。さようなら。」
「くっそー、とんでもない目に遭ってしまった。」
ドン・ジョヴァンニとレポレロが歩いていると、かつて殺した騎士団長の墓にさしかかる。レポレロは恐れおののいて逃げだそうとするが、ドン・ジョヴァンニは不敵にも墓の石像に向かって軽口を叩く。
「おや、すっかりカチコチになっちゃいましたねえ。もう女も抱けなきゃ酒も飲めず、飯を食うことすらできないのでは?もしよかったら、晩餐に招待しますよ。酒はトカイの一級品、肉も魚もたっぷりありますから、一緒に楽しみませんか、騎士団長殿?」
「旦那、恐ろしいこと言ってないで、さっさとずらかりましょう。」
2人はやっと館へ帰還し、ホッとする。
「レポレロ、飯だ、飯の用意をしろ!腹ぺこだ!」
「えい、お待ちを。腕によりをかけますから。」
「おまえはいろいろ頼りにならないが、料理だけは一流だな。」
「いえいえ、これでいろいろと役に立ってるんですよ。...と、おや、来客だ。へい、ちょっとお待ちを。」
「ドン・ジョヴァンニ!もう戻ってこいとは言いません。私は恋を封印しました。余生は修道院で過ごすことにします。お別れを言いに来たのです。ただね、ジョヴァンニ、あなたはこのままでは破滅します。お願い、生き方を変えて。気晴らしだけの人生なんて空しいのよ。正しく生きて頂戴。神様が...」
「まあまあ、ドンナ・エルヴィーラ、遠いところを良く来たね。いっしょに晩飯を食べないかい?きょうはもう遅い。ここに泊まっていったら良いじゃないか。」
「ドン・ジョヴァンニ!私の最後の声も届かないのですね。きっと後悔することになりますよ。」
ドンナ・エルヴィーラはそう言うと玄関へ向かったが、大きな悲鳴を上げておぼつかない足取りで戻ってきて、勝手口から外へ逃げた。玄関で何か恐ろしいものを見たのだろうか?レポレロが様子を見に玄関へ行くと、なんとそこには騎士団長の石像が立っているではないか。
その石像の背後には翡翠が潜んでいた。翡翠は女神回線を開くと女神を呼び出した。
「どうした、翡翠、私の出番か?」
「いえ、至急エラさんとメロさんを転移させてください。」
「またエラか。私のほうがかわいいんだけど、まあ良いだろう。」
石碑を目にしたレポレロは震えながらドン・ジョヴァンニに報告した。
「旦那、騎士団長が...」
「呼ばれたから来たぞ。」
「お、おう、おいでなすったか。まあ座れ。」
「残念ながら座ること能わず。だが時間がない。聴け!」
「何だ?」
「悔い改めよ!」
「いやだ。俺は好きな人生を歩む。」
「悔い改める気はないのだな?」
「ないね。用事はそれだけか?なら帰れ!」
「そうはいかぬ。さあ、この手を取れ!」
「怖くなんかないぞ、ほら...って、なんだ、氷の手か?身体が凍えそうだ。」
「もう終わりだな。地獄の扉が開くぞ!」
地の底から炎と地震が響き渡り、亡霊たちが歌い、ドン・ジョヴァンニを飲み込もうとしていた。
「はい、ちょっと待ってね!」
エラとメロが現れて地獄に飲み込まれるドン・ジョヴァンニを助け出し、パタパタと羽ばたいてその場から逃れた。
「ふふ、捕まえたわよ。」
「助けてくれるのか?」
「さあ、どうかしら?」
「別の地獄が待っていたりして。」
「うふふ...」
「キャハハ...」
「じゃあ行くよ!一斉の、ヴァイタル・アブソーブ・ミクロ・ドレイン・ピッコロ!」
「うわ、すごく邪悪な苦みを感じたけど、サキュバス的には美味しかったわね。」
「だね~、これでもう悪さできなくなるね、キャハハ。」
「うぐっ、何をした?」
「ちびちん。」
「え?」
「そのうちわかるよ。じゃあねー!」
いや、オペラが元ネタだと、有名な歌をはしょるわけにもいかないし、だけどそのまま載せるわけにもいかないので微妙な台詞を書かざるを得なくなりますね。あの最後に「ピッコロ」が付く新魔法、いろんな人に使ってやりたくなりますね。え、ならない?あ、そう。