翡翠さん、女の敵スケコマシ大王を倒しに行く?
2日ぶりでもお久しぶりな感じがします。光秀さん、丸くなって良かったですね。次はまた西洋です。
「おい、青水よ、おまえしれっと新しい機能を盛り込んだな。」
「なんのことだ?」
「とぼけるんじゃないよ!なんだ、あの女神回線というやつは?」
「ああ、あれか、便利だろ?」
「翡翠が作戦実行中にいつでも私に連絡してあれこれ指示する。私はまるで使いっ走りではないか!」
「出番が増えて嬉しかろう?」
「う...」
「ほれ、図星だ。」
「まあ、そのおかげで光秀も棘が取れて使い勝手が良い男になった。」
「『織田家のアナザー・ジャパン』では1575年に天下統一してるから、そのとき光秀は49歳、体制作りで一番忙しいときに働き盛りだ。いろいろ活躍したことだろう。書いてないけど、っていうか、あの話を執筆しているときに完全に光秀のことを忘れていた。」
「光秀だけじゃなくて他の武将もだいたい無視してたよな。」
「だって戦国ものを書くつもりじゃなかったんだもん。」
「何が“だもん”だ。柴田勝頼に謝れ!」
「もう終わった話なんだから良いんだよ。それより次の話だ。」
「おう、次は誰をギャフンと言わせるんだ?」
「ドン・ジュアン。」
「ああ、あのイケメンか。ファウストとイスタンブールで会った...」
「そいつは例外のジュアンなんだよ。いいか、ドン・ジュアンというのは17世紀にスペインのティルソ・デ・モリーナが書いた戯曲がオリジナルだ。でも、これはもう歴史的遺物というか、あまり知られていない。大事なのは、彼が書いたキャラ――スペイン語だとドン・ファンになるが――が超人気になって、今日に至るまで数多くの作家、音楽家、映像作家によって3000以上の作品が作られてきたということだ。映画もマンガもアニメもだ。ファウストがイスタンブールで会ったのは、イギリスの詩人バイロン卿の叙事詩『ドン・ジュアン』の主人公だ。こいつだけはスケコマシをしない。勝手に女が手を差し伸べてきて、勝手に助けてくれる。ラノベの無限ハーレム系の主人公みたいなものだ。他のドン・ジュアンは、基本的にはみなスケコマシ大王だ。」
「そうだったのか、では是が非でも討伐しなければならんな。」
「で、どれを討伐するかだが、現在の一般人の頭に浮かぶのは、モリエールの喜劇『ドン・ジュアン』かモーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』だろうな。」
「ならモーツァルト一択だろう。フランス古典主義演劇なんてよほどのフランス文学マニア以外は目もくれないだろうからな。」
「うーん、そのあたりはよくわからんが、たしかにモーツァルトのほうが圧倒的に知名度が高いことはたしかだ。そしてドン・ジョヴァンニのほうが胸くそポイントも高い。あいつは超絶モテ男という設定だ。一方モリエールのドン・ジュアンは黙っていても女が寄ってくるような美男子ではなくて、むしろ圧倒的な口八丁で女を欺す。まあ、それはそれで悪いのだけれど、観客はその哲学的詭弁に喝采するわけよ。」
「じゃあ、いざ仮面舞踏会へ!」
「あのー、女神さん、ちょっと気になったんだけど、あの角みたいなティアラを取って仮面を付けても、仮面の一部が角みたいになる仕組みなんですね。これはもう女神のアイデンティティーなのか?」
「そんなことはないぞ。ほれ!」
「いや、もっとひどくなってるから。角の先が外側に向いてる。」
「うるさい!さっさと始めんか!」
「あ、始まってすぐに決闘場面ですか。ドン・ジョヴァンニとドンナ・アンナのお父さん、騎士団長。ドンナ・アンナを誘惑しようと娘の部屋に侵入したドン・ジョヴァンニを成敗しようと決闘を申し込んだのですね。でも物語が始まったばかり。ここで介入するわけにはいきません。いえ、もう一瞬にして勝負が付いてしまいました。騎士団長は倒れました。」
ドン・ジョヴァンニは従者のレポレッロとその場から逃げた。そしてドンナ・アンナが登場して父の亡骸を見て倒れ、彼女の婚約者であるドン・オクターヴィオが駆けつけて、ともに復讐を誓う。翡翠はとりあえずジョヴァンニとレポレッロを追った。しばらく追い続けると、2人の前にかつてジョヴァンニが捨てた女ドンナ・エルヴィーラが現れた。
「あなたはドン・ジョヴァンニ!ありとあらゆる甘言と嘘の誓いと手練手管を使って私の心を奪い...恋をさせ...そして裏切って逃げた....愛しかった...ドン・ジョヴァンニ!ここで会ったが100年目!」
「ああ、可憐なドンナ・エルヴィーラ!あれにはいろいろと訳があったんだ。レポレロ、説明してやってくれ!」ドン・ジョヴァンニはレポレロを盾にして逃亡した。
「あ、旦那!仕方ないですね。お嬢さん、旦那は忙しいご身分なんですよ。世界中で恋をしなければならない。これまでにも、イタリアでは640人、ドイツでは231人、フランスで100人、トルコで91人、だけどスペインじゃ何と1003人ですよ。このカタログには、百姓娘にメイド、貴族のご婦人方まで2000人以上。旦那は選り好みしませんぜ。太っていても痩せていても、鼻が高くても低くても、色白地黒の区別もなし。スカートさえ履いてりゃOKってなもんで。このカタログですかい?私が克明に記録したものです。お嬢様も載ってますぜ。」
ドンナ・エルヴィーラはそれを聞いて憤然とその場を後にした。翡翠も唖然として、逃げたドン・ジョヴァンニを追う。逃亡中のドン・ジョヴァンニたちはどうやら屋敷に戻ろうとしているらしいのだが、途中で農民たちが祝宴を開いている場面に遭遇する。
「おい、レポレロ、中にいい女がいないか見てこい!」
「旦那、またですかい?どうやら結婚の披露宴みたいですよ。」
「なら狙いは花嫁だ。見てこい!」
「へいへい。」
翡翠が到着したとき、ドン・ジョヴァンニが村人たちを自分の屋敷に招待して、祝宴を盛り上げようとしていた。
「みなさん、この良き日をぜひ私の屋敷でもっと盛り上がって祝おうじゃありませんか!パルマ産のハムもシャンパーニュのシュワシュワするワインもありますよ。もちろんメロンやオレンジもふんだんにお楽しみいただけます。レポレロ、ご案内してくれ!」
レポレロに従って村人たちが移動し始めると、ジョヴァンニは新郎のマゼットに向かって、君が主役なんだから早く行きなさい、と声をかけた。マゼットは一抹の不安を感じて躊躇っていると、ドン・ジョヴァンニは新婦のゼルリーナに促させた。
「さあ、君からも言ってやってくれ。彼の花嫁は騎士の手によって守られているのだから何も心配することはないと。」
「マゼット、聞いた?私、騎士様によって守られているのよ。何も心配しないで、早く宴に行ってきなさい。私もすぐ行くわ。」
マゼットが渋々その場を離れると、ドン・ジョヴァンニはゼルリーナの手を取って、甘言の限りを尽くしながら房事に使う専用の小屋へ連れ込もうとする。
「あ、騎士様、待ってください。私、マゼットの花嫁なんですよ。」
「君の蜜のような笑顔があんな田舎の百姓に好き勝手されるなんて耐えられません。君はこんなところで朽ち果てるような女じゃないんだ。もっと人生を花咲かせないと。私と一緒に輝かしい光を浴びた暮らしを楽しもうじゃありませんか。」
「ああ...でも...貴族様の戯れは...田舎娘の涙で終わるのが定め...」
「誠実とは貴族のためにある言葉なのです、セニョリータ。」
ああ、これは危ない、と翡翠が介入しようとしたとき、凜とした女の声が轟いた。
「お待ちなさい!その娘から手を離しなさい!」
「あ、ドンナ・エルヴィーラ!何てことだ、こんなところで会うなんて...」
「お嬢さん、そいつは悪魔です。話に耳を貸してはいけません。すべての女の敵です。」
ジョヴァンニは懲りずにドンナ・エルヴィーラに近づき、耳元で囁いた。
「誤解しないでくれよ、エルヴィーラ!これはほんの気晴らしなんだ。」
「気晴らしですって?あなたの気晴らしは女の苦しみ。許せるはずがありません!」
「ちっ、今日は悪魔に呪われているのか!」ドン・ジョヴァンニは疾風のように退散した。
翡翠は残されたドンナ・エルヴィーラとゼルリーナに声をかけた。
「すみません。通りがかりについ見過ごせなくなって見守ってしまいました。万事休すという場面になったら何とか介入してお救いしようと思って。」
「ありがとう。あなたがいて心強かったわ。」
「すみません、私、心が弱くて...」
「あの男、このまま捨て置くわけにはいきませんね。私もお手伝いさせてください。」
ドン・ジョヴァンニは悪態をつきながら屋敷への道を急いでいた。そこにドンナ・アンナとドン・オクターヴィオが現れた。2人はドン・ジョヴァンニの正体に気付いていない。
「ドンナ・アンナ、泣いてばかりいても仕方がありません。復讐を遂げましょう。計画を練りましょう。あのドン・ジョヴァンニを成敗するための策を...あ、見知らぬ騎士の方!」
「騎士様、厚かましいお願いを聞いていただけますか?ご助力を、何卒ご助力を!」
「その気高く美しい目から痛々しい涙を流させた元凶は何でしょう?この私の剣にかけて成敗すると誓いましょう!」
「待ちなさい!」ドンナ・エルヴィーラが登場してジョヴァンニを制した。
「またもや白々しい嘘を塗り固めて罪を犯そうとしているのですか?ドン・ジョヴァンニ!悪魔の申し子!」
これを聞いてドンナ・アンナとドン・オクターヴィオもドン・ジョヴァンニの正体に気付き、場は騒然となった。少し遅れて翡翠が到着すると同時に、ドン・ジョヴァンニはまたもや疾風のように逃走した。翡翠はみんなを集めて言った。
「このままでは埒があきません。ここはみんなで協力してやつを追い詰めることにしましょう。彼の館では祝宴が続いているはずです。舞踏会に仮面をつきもの。ゼルリーナさん以外の4人は仮面を付けて舞踏会に潜入しましょう。ゼルリーナさんは先に館へ行って、新郎新婦としてみなさんの祝福を受けてください。私たちは会場で見守っています。」
お待たせしました。きのうはぐったりしてました。一緒に潜ったインストラクターがスーパー・ダイバーだったので、「25分ぐらいで上がってね」と頼んでおいたのに40分も潜らされました。残圧は90残っていましたけどメンタルのダメージが。陸上生物は一定時間以上水中にいると、たとえレギュレーターから空気が吸えても、心が疲れるものなのです。そして...電車を乗り継いでやっと小田原に到着して、あとはロマンスカーでのんびり...と思っていたらまさかの人身事故で運休。ああ、精気の残量が...。ということでお昼ぐらいに目を覚ましてこれを書こうかなと思い、資料のオペラDVDを探したら見つからない。書斎が乱雑すぎる人のあるあるですね。リブレットだけ見つかったので、何とかここまで書きました。行間に疲労がにじみ出ているかも知れません。