翡翠さん、ウンディーネの悲劇を回避した
仕込みは上々なので、あとは回収ですが、心配なのはキューレボルンです。
「上手いこと行ってるではないか、青水。」
「コスチュームに迷いがあって、“魔法使いだがふつうの娘に擬態”という細かすぎて伝わらない姿を出してしまった。」
「なーに、かまわんよ。読者はかわいい翡翠を見られればそれで良いんだ。」
「あまり読者をなめてかかるなよ。PVががた落ちになってるぞ。」
「それは私のせいではない。すべておまえの下手な文章のせいだ。」
「へいへい、そうですかい。」
「PV挽回のために私も一肌....」
「おい....やってくれたな!痴女モード全開のフルヌードじゃねえか!」
「アートだよ。新古典派アングルの『泉(La Source)』の活人画(Tableau Vivant)、痴女でもエロでもない。エロという奴は自分がエロ。ばーか、ばーか、エーロ!」
「手が付けられなくなってきた。」
「私、試練の女神は読者への教養向上サービスを常に怠らない。私は教養の源泉(La Source)である。好きなだけ浴びるがよい。」
「では遠慮なく。」
「おい、おまえ、ウィスキーの水割りに使うんじゃないよ。」
「うーむ、そこはかとなく芳醇な味わいが...」
「もうやめだ!」
「あらら、でも着衣のほうが良いぞ。女神には神秘のベールがふさわしい。」
「おや、青水にしては良いことを言うじゃないか。」
「危機回避能力が高いと言ってくれ。」
「で、翡翠の仕込みがお終いか?」
「まあ、だいたいな。ただキュールボルンにだけは釘を刺しておかなければならない。」
「なぜだ?」
「あいつ、結婚生活を邪魔しにきて、フルトブラントがウンディーネに声を荒げるシーンを作り出すからな。」
宮廷都市は祝祭ムードでいっぱいだった。領主夫妻の娘ベルタルダの聖名祝日が開催されるからだ。広場にはたくさんの市民が集まり、壇上の領主一家を祝っている。騎士フルトブラントも新妻ウンディーネ、そして義両親の漁師夫妻を伴って、広場に入ってきた。祝祭のラッパが吹かれ、ワイン樽が開けられ、祝賀ムードは最大限に高まっていた。
「我が娘、ベルタルダの聖名祝日という良き日に!」
領主の乾杯の音頭で祝賀が始まった。楽士たちが音楽を奏で、市民たちが輪になって踊る。ウンディーネは満面の笑みでベルタルダに祝福の言葉を伝えに行った。
「ベルタルダ、おめでとう!そしてもうひとつとびっきりのニュースがあるのよ。あなたのご両親が見つかったの。あそこにいる漁師ご夫妻があなたの本当のご両親です。証拠はあなたの首の後ろの痣。」
それを聞いて領主の妻がベルタルダの襟をめくるとたしかに痣があり、それを見ていた漁師の妻が出てきて歓喜の涙を流した。
「おお、これはたしかに娘の痣...死んだものだと思っていたのに...神様...!」
だが当のベルタルダは、歓喜の涙に沈むどころか、憤怒の極みに到達し、母親であることが判明した漁師の妻を口汚く罵り始めた。
「こんな下郎が私の母ですって!汚らわしい、下がりなさい!」
親子再会の感動場面を期待していたウンディーネも、我が子の出自を知って安心した領主夫妻も、このベルタルダの豹変ぶりにあきれ果てた。そして領主は、実の母親に対するベルタルダの態度に怒り心頭に発して、城への出入り禁止を告げたのだった。
「そんな...お父様...私は領主の娘ではなかったのですか?」
茫然自失となるベルタルダ。だがそこにひとりの騎士が白馬に乗って颯爽と登場した。
「アナンスタン、メッシュー・エ・メダム!我が名はジェラール・ヴィコント・ド・シャンドン!姫を窮状からお救いに参上した!」
そしてそれに続いてもうひとり、黒い甲冑に身を包んだ騎士も黒馬に乗って現れた。
「アイネン・モメント、ビッテ!私はエーリヒ・ブルクグラーフ・フォン・シュヴァルツヴァルト!同じく姫をお救いし、我が城へお連れしたい所存!」
そして、さらに数名の騎士が同じような口上とともに登場してベルタルダを妻にと望み、バチバチの緊張空間ができあがってしまった。あえて目立つ賢者コスチュームを身につけた翡翠が割って入った。
「はい、みなさん、少し落ち着いてくださいね。私はヤーディ、旅する賢者です。この場を任せてはいただけないでしょうか。」上目遣いと小首かしげの萌えポーズで領主に尋ねた。
「うむ、賢者とあらばこの場を収めて見せよ。」
「了解しました。では整理いたしましょう。領主様の養子ベルタルダさんの真のご両親が見つかりましたが、ベルタルダさんは喜ぶどころか怒りにまかせて実の母親を罵倒。それを見て腹を立てた領主様がベルタルダさんを城から追放しました。その苦境を知った各地の騎士様がこうして姫の窮状を救うべくここに集まってくださいました。ありがたいことです。救いの手が何本も。ですがベルタルダさんが選ぶことができるのはただひとつの手だけです。そこで...」翡翠はベルタルダに目を向けた。「ベルタルダさんにここへ来てもらって、騎士様たちのプレゼンを聞いて判断してもらうのが良いと思います。領主様もそれで問題ありませんね?」
「うむ、養子とはいえ育てた娘、幸せにしてくれる男を選ぶが良い。」
騎士たちは順番にセールスポイントの説明を始めた。
「私の領地はパリに近く、パリに屋敷も持っています。コメディー・フランセーズではラシーヌ、コルネーユの悲劇、モリエールの喜劇を楽しむことができます。パリの夜会は洗練されていて、姫の魅力が光り輝くことでしょう。」
「私の領地は広大な森で、そこにさまざまな動植物が生息しています。狩りや採集で色とりどりの食材で作られた料理がテーブルに並びます。」
「我が国の軍隊は鋼鉄旅団と呼ばれ無敗の記録を持っています。領土の守りは万全、攻め込まれたら返り討ちにして逆に領土を拡大して見せます。」
「どうですか、ベルタルダさん?」翡翠がベルタルダに返答を促した。
「私...ジェラール様について行きます。パリで最新モードのドレスを買ってもらいますわ。」
「良い判断です。それこそがあなたにふさわしい。がんばってフランス語に磨きをかけてください。Amusez-vous bien !」
広場の泉にさざ波が立った。水の精の気配が感じられる。ウンディーネもその気配を感じ取ってそわそわし始めた。ここで邪魔されるとここまでの苦労が水の泡になる。翡翠は一計を案じた。
「それではご来場の皆様、めでたさも佳境に入りましたところで、賢者の秘術をご覧にいれましょう。きょうは日差しも強く気温も高い。涼を求めたくはありませんか?これからこの泉、しばらく氷の泉にしてご覧に入れましょう。」
翡翠は泉の水面に触れて呪文を唱えた。
「六の原子、八の原子、疾く集まりて大気の熱をその身に奪い、固体として顕現せよ!急々如律令!」
大気中の二酸化炭素が凝固して泉に降り注ぎ、泉はさざ波とともに凍結した。祝祭の市民たちは大喜びして泉の周りに集まり、ジェラールも選ばれなかった騎士たちも兜に氷を詰めて冷やした。翡翠は満足してウンディーネに話しかけた。
「お二人はこの先、リングシュテッテン城で暮らすのですか?」
「はい、町からも遠くありませんので。」
「キュールボルンはこれからも邪魔しに来ると思いますか?」
「はい、叔父は私にねじれた感情を抱いているようなのです。水の精の同族として私との縁を永遠のものにしたくて、結果としてストーカーになりました。」
「なるほど、ではその縁を切れる場所を探しましょう。少し山歩きをすることになりますが、フルトブラントさんと一緒に私に付いてきてもらえますか?」
「はい、どこへでも。」
翡翠はかつて式神を放って調査しておいた水脈と地脈の分布を元に、熱源の場所を突き止めた。地下深く眠る火山である。
「このあたりはノームとサラマンダーが交流して地熱が生じています。地熱のあるところに湧き出す泉を温泉といいます。温泉を中心にしたお城を作れば、キュールボルンの妨害は止むはずです。彼の名前が温泉と相容れないので近づけません。キュールは“冷”、ボルンは“泉”、冷泉は温泉に近づけないのです。」
「おお!ここは暖かくて冬も過ごしやすそうだ。」フルトブラントの顔がほころんだ。
「はい、フルトブラント様の名前は温泉と相性が良いのですよ。熱を帯びています。熱と水、これが合わさった温泉は、フルトブラント様とウンディーネの結婚にピッタリです。」
「せっかくなのでみんなで暖まっていきましょう。」
「これはたまらん!」
「お湯から出たらアイスが食べたくなりますね。」
「私はビールだ!」
「ここにお城を築きますか?」翡翠は騎士に尋ねた。
「もちろんだ、ここにシュロス・テルマルクヴェレを築城しよう!」
温泉回になりました。フルトブラントがちょっと邪魔。ちなみにお城の名前ですけど、シュロスというのが「城」で、「テルマルクヴェレ」というのが温泉です。つまり「温泉城」です。居心地良さそう。城下町を作ったら栄えそう。