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翡翠、再び海へ行く――申し訳ないが水着は着ない

今回も人魚姫です。オリジナルのほうです。


「はっはっはっは、やったな翡翠!ハッピーエンドをモアハッピーにしたぞ!」


「女神よ、中学英語の間違いするな。happy の 比較級は happier だ。」


「あれ、そうだった?てへぺろ。」


「翡翠さんの白ビキニ、尊い。白ビキニはたいていエロ方面に感情を誘導するが、翡翠さんのを見るとまさに尊い以外の感情は喚起されない。」


「おい、そこで熱く語るとキモいぞ。そんなに水着が見たいのなら私...」


「えい、やめい!清浄な世界に毒を注ぎ込むな!」


「で、次はアンデルセンの原作に介入するんだな。」


「そうだよ。今度はかなり直接的な胸くそが詰まってるので...」


「ちょ、ちょっと待て!“胸くそが詰まってる”は言い方がマズい!謝れ!」


「お食事中の読者の皆様、大変申し訳ありませんでした。言葉の偶然の結合が作り出した不適切な表象でした。これは事故です。いわば...」


「謝りながら自己弁護に移行する最低のやり方だな。“いわば”のあとでもっとでかい墓穴を掘るぞ。」


「うぐぐぐ...」


「そう歯を食いしばるな。歯茎に負担がかかる。一度あーんって口を開けてリラックスだ。」


「あーん...」


「はい梅干し!」


「うわっ、何をする!」


「はっはっは、何度も何度もマシュマロを放り込みやがって。その仕返しだよ。」


「うわ、すっぱ...」


「良いね、その顔、一気に加齢が進む。」


「....」


「青水が悶絶している間に、翡翠、ミッションスタート!」






「ここはバルト海?いや北海ですね。カデガット海峡、北海とバルト海の境界。地形を調べましょう。」


 翡翠は複数の式神を海上に放った。遠くに島影が見える。海岸線は岩場になっていて、波間に岩礁も見える。数分後に式神たちが戻ってきて地理情報を翡翠に伝えた。


「なるほど、水深は30メートル以下の浅瀬が広がっている。小島の他に多くの岩礁が点在していて船の航行には注意が必要。王子の船が嵐で難破するのはそのせいですね。」


 最後の式神が戻ってきて、翡翠に雷雲の発生と急激な気圧の低下を告げた。


「船の難破が始まりますね。どうしましょう?とりあえず上空から観察して、船に最も近い島で待つのが良いでしょうか。」


挿絵(By みてみん)


 飛翔する翡翠の眼下に海と島、そして船が見えた。羽ばたく背中の翼に気圧の変化が感じられる。嵐が近い。


「こんな軽量の飛翔体は、嵐が来たらきりきり舞いで墜落しますね。あの大きめの島に着陸して式神を飛ばし、推移を見守りましょう。」


 翡翠が海岸の岩場で嵐を凌いでいると、しばらくして人魚が王子を抱えて浜辺に到着した。王子を陸に揚げ、そばらく傍らに佇んでいた。しかし日が高く昇って海辺に人の姿が見られるようになると、人魚はその場を離れて身を隠した。翡翠は介入のチャンスだと悟り、着替えて機会を待つことにした。集落のほうから若い女が現れた。修道女である。翡翠は一瞬考えた。この修道女は後に王子の心を射止めて結婚する隣国の姫だ。介入するにはどの衣装が良いか?良し、これだ!Let’s begin the mission!


挿絵(By みてみん)


「まあ、どうなさったの?」翡翠は修道女に声をかけた。


「海岸に打ち上げられたようなのです。幸いにも息はあります。」


「あら、この方....見覚えがあります。この国の王子様ですわ。」


「まあ、何と言うことでしょう!私...この方との縁談がありますの。」


「あら、修道女ではないのですね?」


「はい、私は隣国の王女、教養と信仰を深めるために修道院に預けられましたが、来月そこを出て、縁談を進める予定なのです。」


「まあ、じゃあ運命の出会いじゃありませんか。神様のお導きですよ。」


「そうでしょうか?私、この方に気に入ってもらえるでしょうか?」


「大丈夫、動物は生まれて始めて見た顔を親だと信じて一生ついて行くものです。コンラート・ローレンツという動物行動学者が実験で証明した刷り込みです。王子は生まれて初めてではありませんが、いったん仮死状態になって復活したときあなたを見れば、親ではありませんが特別な親愛の情を持つはずです。」


「あなたは?」


「通りすがりの賢..いえ、遠国の王女です。我が国では科学が盛んなので王族も研究書を読むことがたしなみなのですよ。私は人を呼んできますから、王子を修道院へ運んでそばについて看護してあげてください。」



 呼ばれた人々が王子を担架に乗せて修道院へ運ぶのを見送ったあとで、翡翠は岩陰の人魚に近づいた。そして、逃げようとする人魚に月煌を飛ばし、その輝きに導かれるように念を送って人魚に話しかけた。


「こんにちは、人魚さん。私はヤーディアという旅の賢者です。」


「賢者様....?」


「はい、世界中を回って人々に知恵を授けています。」


「私はあの王子様と結ばれるでしょうか?」


「いえ、残念ながら無理です。彼はあなたを思い出さない。自分を助けたのはさっきの修道女だと刷り込まれます。」


 人魚は悲しげな顔をした。だけど人魚には涙がない。


「私はもう魂を得られないのですね。おばあさまから聞いたのです。人に心から愛されれば死んだあとも永遠に残る魂というものが得られると。」


「それは半分当たっていますが半分は間違っています。」


「どういうことでしょう?」


「半永久的に残るのは記憶です。あなたという存在を記憶している人々、その記憶を語り継ぐ物語、その物語を書いて保存した本...それらが残っている限りあなたは忘れられない。それがあなたの魂です。」


「私の物語?」


「そうです。そしてその物語は自分で紡がなければなりません。誰かのキスを待つようなものではないのです。さっきの王子にどうしても会いたいと思い続けていると、だったらかなえてやる代わりに...と面倒ごとを持ちかけてくる人が出てきます。そんな話に乗ってはなりません。あなた自身の悲しみが担保になるだけでは済まなくなります。」


「そうなのですか?」


「はい、あなたはあなた自身かあの王子か、どちらかのいのちを差し出す選択を迫られることになります。そしてあの王子は、決してあなたの顔を思い出さない。というのも先ほどの隣国の姫と相思相愛で幸せな結婚生活を送るからです。幸せな王子のいのちを奪うことができますか?できませんよね。だとするとあなた自身のいのちが消えます。考えてみてください。今現在、王子とあなたのいのちは安泰です。これをあえて壊して自分のいのちを消す、そんな愚かな選択をする人がいますか?」


「いないと思います。」


「そうですね。でもあなたには別の幸せの可能性を開いてあげたい。海の魔女とお話しさせていただけませんか?」


「できなくもないのですが、この島にはいません。ここから約5km離れた島の洞窟に住んでいます。船がないとたどり着けません。」


「大丈夫、私は飛んで行きます。」


 驚く人魚姫を尻目に、翡翠は天使モードで空に上昇した。


「私はあなたの航跡を追いますので、水面近くを泳いでくださいね。ではまた!」



 

 翡翠は人魚とほぼ同時に島に到着し、魔法使いが住むという洞窟へ赴いた。


「ここです。」


「たのもー!」翡翠はミナルナを思い出しながら17世紀風の挨拶を投げかけた。(ミナルナは『織田家のアナザー・ジャパン』と『巫女とサキュバスと異世界と――人文知は役立たず』に登場したアイドル双子くノ一である。)


「誰じゃ?」明らかに人間ではないが人魚でもない奇怪な姿が現れた。


「こちらの人魚に魔法をかけてもらいたい。むろん、頼めば簡単に聞いてもらえるとは思っていない。私と魔法の勝負をしろ。私が負けたらいのちでもなんでもくれてやろう。だが、わたしのいのちなんて安いものだ。なので、これだ!」


 翡翠はアイテムボックスから『人文知は役立たず』の世界で集めた貴重な素材を取り出した。


「ドラゴンの心臓、悪魔の目玉...なんでもあるぞ。どうだ、これならやる気になっただろう?」


「わかった、勝負を受けよう。で、貴様が勝ったら何を望む?」


「この人魚にハイブリッド下半身簡単スイッチ方式を付与してもらいたい。」


「何だ、それは?」


「好きなときに人魚モードと人間モードに切り替えられる機能だ。できるな?」


「ふ、誰に訊いている。そんなことは朝飯前だ。」


「良いだろう、では勝負服に着替えた後に尋常に!」



 翡翠は先手を取って、とりあえずあらゆる属性の魔法を撃ってみた。(説明しよう、『人文知』の世界で翡翠は、測定の結果、全属性魔法の適性があることが判明したのである)案の定、あまり効果は見られなかった。


挿絵(By みてみん)


「ふふふ、おまえの言う魔法とはこんなものか?」


 魔女は身体から何本もの触手を出して翡翠を縛った。


「くっ!おい、魔法勝負だと言ったはずだ。これがおまえの魔法なのか?」


「ふん、魔力で出した触手だ。何の文句もなかろう。」


「そうか、ならば!出でよ、月煌刃!」



挿絵(By みてみん)



「な、何だ、これは!」


「霊力で出したものです。文句はありませんね。」


 月煌刃は触手の縛めをすべて裁ち切り、次に魔女の身体を切り刻み始めた。


「ぐぅっ!参った!やめてくれ。このままでは死んでしまう。」


「はい、ヒール! ではお約束をお願いします。」


「わかった。待ってろ。」


 魔女は簡単な魔方陣を組み立てると、人魚姫にそこに入るよう促し、まばゆい光を発動させた。


「スイッチは左の脇の下に設置した。そこなら乳繰り合っているときにも触られることはなかろう。」


「ありがとう。いろいろ無理を言って済まなかったな。お礼にこのドラゴンの心臓と悪魔の目玉をもらってくれ。」


「勝負に負けたのに、良いのか?」


「ああ、ノーサイドだ。」


 翡翠は爽やかなアスリートの笑顔を残してその場から帰還した。


はい、王子様頼みのエンディングに翡翠さんは我慢できないみたいですね。これで何度目でしょう、王子様をポイしたの。

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