翡翠さん、海へ行く
翡翠さん、白ビキニ。これ、ふつうにSORAに命じてもガイドラインのヴァイオレーションとか言って拒否されるやつです。どうやってこの画像を作ったのか...忘れてしまいました。
「ふう、ようやく終わった。」
「ちっ、終わってしまった。」
「おい、ブラック上司、いつまで翡翠さんに苦労を強いるつもりだ?」
「いや、翡翠とは一心同体、私の望みは翡翠の望み、私の悲しみは翡翠の悲しみ。」
「んなわけあるか!センシティヴな立ち振る舞いをさせやがって、所属事務所が許さないぞ。」
「いや、ちょっと待て。作家はおまえだろ?おまえが書いた台詞じゃないか。」
「はっ、そうだった。」
「悪いと思うなら、これから私のコスプレ画像の邪魔をするなよ。」
「え~...」
「で、次の介入先はどこだ?」
「人魚姫かな。」
「王子を助けたのに王子が振り向いてくれない。一方的な自己犠牲で声もいのちも掛け金にされる魔女との契約。王子に愛されなければ死亡という理不尽さ。王子は別の女と結婚して幸せに暮らしましたとさ、ってこれはさっぱりとした胸くそだな。」
「話が有名だし、アリエルとしてディズニー映画化されたし、読者も喜んでくれるかと。」
「良い着眼点だ。私も人魚になってみたい。髪の毛が青だから映えそう。」
「やめろよな。下半身が鱗だぞ。」
「人魚って何を食べているんだ?貝や魚?貝はラッコみたいでかわいいけれど、魚はちょっとグロい。丸かじりするとなると。」
「たぶんクジラのようにプランクトンだね。海水とともに飲み込んで自然に摂取。絵面も綺麗。」
「ところでディズニー映画とアンデルセンの原作ではずいぶん違うが、どうするんだ?」
「そこは両方に介入して読者は二度スッキリですよ。」
「ところで、えーと、翡翠は水着になるのか?海の話だし。」
「読んでのお楽しみですね。」
「ならば私が一肌脱ごう!水着なんて甘いことは言わない。これはどうだ!」
「だーっ!ヌードじゃねーか!どこで撮った、そんな危険物!」
「ボッティチェリと試練の女神のコラボだ。芸術作品なので誰も文句は言わない、言わせない。」
「というわけで海に来てしまったわけですが、ハッピーエンドの物語に介入しちゃって良いものでしょうか?」
「おい、おまえ!」
頭上から声がした。頭上からおまえ呼ばわりで声をかけられることなんてあるだろうか?翡翠は無視することにした。
「おい、そこの白ビキニのおまえ!」
翡翠は上を見た。頭上を旋回しているカモメがクゥークワーという鳴き声の中に人語を交えて声をかけているようだ。
「私ですか?」
「そうだ、おまえ、名前は何だ?ここで何してる?」
「名前ですか、えーと、英語の名前が良いですか?」
「当たり前だ。English! The most splendiferously expressive tongue in the whole wide world!」
「OK、Jady, ジェイディが名前です。人魚のお姫様の幸せについて考えていました。」
「人魚の姫と言っても7人いるからなあ。」
「えーと、たしかAで始まる名前だったかと。」
「7人ともAで始まるんだよ。親がよっぽどAが好きだったんだな。」
「人間の世界に興味を持ってる姫は?」
「それならエリアルだな。」
「あれ?エとアの順番が逆だったような。」
「そんなもん、英語の発音的にはアよりエが近いんだし、いろいろ面倒くさいことにならないための予防なんだから、そのまんま飲み込んでおけ。」
「はい、でそのエリアルさんですが、人間の王子に恋をしてしまったとか。」
「そうなんだよ。父ちゃんも困ってる。あ、姫の父ちゃんだからもちろん王様なんだけどな。」
「ちょっと会ってお話を伺いたい。」
「それなら東の岩場にときどき上がって歌を歌ってるぞ。」
「ああ、空気中でないと歌えませんものね。」
「いや、エリアルは水の中でも歌ってるらしいぞ。俺は聴いたことがないが、魚やカニが言ってた。」
「自然の法則に反しています。空気がなければ声帯が機能しません。」
「こまけーことはいーんだよ。それより、おまえ、泳げるか?」
「はい、いちおう遊泳術の免許皆伝です。」
「なら、東の岩場へ行ってみな。ここからだいたい2kmだ。」
「Lalalalal......♩」
「こんにちは、エリアルさん。」
「あら、こんな沖合の岩場まで泳いで来られる人間がいるなんて!」
「カモメさんから聞いたのですが、恋煩いだとか?」
「はい、難破船から救った殿方が忘れられなくて。」
「人魚のままでは陸に上がれないので会いに行けない、ということですね?」
「ウルズラという魔女が手伝っても良いよと言ってくれてるのですが。」
「あら、魔女さんはドイツ人なんですね?だって名前が...」
「そのあたりのことはわかりませんが、面倒なことにならない名前だそうです。」
「わかりました。魔法で陸に上がれるようにしてくれると言うのですか?」
「そうです。ただ契約というか賭けがあって、声と引き換えに3日間だけ人間にするが、その間に王子とキスを交わすことができなければ、この身柄をウルズラに引き渡すということになっていて、怖いので返事を保留しています。」
「酷い契約ですね。キスが賭けの対象だなんてコンプライアンス的に大丈夫なんですか?」
「その言葉を知らないので何とも言えませんが、どう考えても勝てる賭けではないと思って。」
「陸に上がれるようにできるのはその魔女だけではないのでしょう?」
「はい、父はトライデントという王家の槍でたいていのことはできます。」
「ならば、そんな危険な賭けに出るよりも、お父様を説得しましょう。お父様はどこに?」
「海中宮殿です。」
「その宮殿の中も海中で空気がないのですか?そうなると言葉も交わせませんが。」
「いえ、宮殿内は海中とは違います。陸上とも違いますが、空気はあります。」
「では、これから行って説得を試みます。」翡翠はアイテムボックスから潜水器材を取り出した。
「こんにちは、Your majesty。My name ist Jady. エリアルさんの悩みについて相談に来ました。」
「え?人間がここまでどうやって来ることができたんだ?」
「文明の利器です。私、ダイビングのライセンスを持っています。いちおうインストラクターのライセンスなので水深40メートルまで可能です。」
「何を言ってるか全くわからんが、エリアルの悩みとはなんだ?娘を悩ませておくわけにはいかんからな。」
「恋愛問題です。ご本人の口から説明してもらったほうがよろしいかと。」
翡翠はエリアルを前に出した。
「パパ、私ね、船が難破して溺れていた人を助けたの。島まで連れて行ってその人を介抱していたら、その...好きになっちゃって。」
「何だと!人間の男をか?」
「王様!王様は今、物語で良くあるパターンの台詞を言おうとしていますね?」
翡翠はエリアルを庇うように前に出て話を続けた。
「そんな勝手なことは許さん、こともあろうに人間の男なんかと、わしの目の黒いうちは...云々と。あれ?云と伝って違う字ですよね?あ、ごめんなさい。こっちの話です。しかし王様、そのパターンで話を進めると、たいてい事態はもっと悪化します。まず、そもそも恋愛はその本性が“勝手なこと”です。勝手なことでない恋愛はもう恋愛ではありません。美的感情が自由意志を発動させる、そうでなければ...ごめんなさい、名状しがたいものとしか言い様がないものになってしまいます。そして“人間の男なんかと”、異人種交流への反感、それは理解できます。自然界にはそれを阻止するための仕掛けがたくさんあります。多くの昆虫は近接種との交尾を不可能にするため交接器にさまざまな仕掛けが施されており、生殖隔離が維持されます。お嬢様の悩みも、究極的にはそこへ帰着します。生物学的な話を盛り込むと、恋愛の悩みというハートウォーミングなストーリーがギスギスしますが、いちおうそこは押さえておいてください。エリアルさんの悩み、それは陸へ上がらないと王子に会えない、王子に会えなければ好きという気持ちが伝えられない、ということです。そして、これはぜひお耳に入れておかなければならないのですが、魔法使いのウルズラさんが、陸に上がれるようにしてやろうとエリアルさんに持ちかけてきたのです。ただしタダではない。声を奪う。そして陸に上がって3日以内に王子とキスを交わさなければ、エリアルさんはウルズラさんのものになる、と。おそらくこの誘拐は王様との取引材料にするのだと思います。」
「ぐぬぬ...ウルズラめ!」
「ですので、私はエリアルさんがそんな卑劣な賭けに乗る前にここへお連れしました。王様、エリアルさんの希望、かなえてやってはいただけませんか?」
「パパ、お願い!」
「むう、しかし陸へ揚げてしまえばおまえと会えなくなるではないか。」
「そこは大丈夫です、王様。下半身を不可逆的に人間にしてしまうのではなく、スイッチチェンジのハイブリッド体にするのです。そうすればアリエルさんは好きなときに人間にも人魚にもなれます。いつでも戻ってきてお父様や姉妹たちと交流ができます。人間の世界には、妻が夫と喧嘩すると、“実家へ帰らせていただきます”とプチ家出して冷却期間を持つという慣習があります。エリアルさんに赤ちゃんができたら、その子にもその魔法をかけてあげてくださいね。」
「おお、何という素晴らしいアイディアじゃ。ジェイディとやら、礼を言うぞ。そしてウルズラめ、呼び出して問い詰めてやろう。」
「では私はこれで。次のミッションが待ってますので。」
翡翠はその場で帰還した。
ダイビングしてましたね。ただ、絵にはBCが描かれていません。これでは浮力調節もできないし、緊急時の浮上もできない。翡翠さんの肺が特別仕様で通常の人間の3倍くらい空気を溜められるなら問題ないのですが。