飯盛山の未来人――白虎隊を救え!
ついに歴史へ介入です。初の歴史介入です。しかも場所は戦場のまっただ中です。流れ弾1つで命が消えます。翡翠さん、どうかご無事で。
「いやー、今回もめでたかったな。」
「青水よ、先に言っておく。まだ午前中だ。酒は飲むな。」
「わ、わかったよ。それにしても翡翠さん、手際が良すぎだな。」
「どんどんスパイ映画っぽくなって行く。」
「分身出せるの、誰が考えたチートだよ!」
「おまえだろ。自画自賛するんじゃないよ。」
「裸にして服を回収してから収束って、あれはたしか...」
「前作でボロボロになってクエストから帰還した翌日の話じゃったな。翡翠がなぜいつも真新しい衣装でいられるのかの謎解明。」
「いいなあ。俺も分身出したい。」
「おまえの分身が増えたら酒が減るだけだろうが。」
「それはそうと、そろそろ慣れてきたので史実に介入したいんだが。」
「おい、大丈夫か?現実に大きな傷跡を残すなよ。」
「大丈夫、今回は少年たちを20人ぐらい助ける。白虎隊だ。」
「ふむ、それならたいした問題にはなるまいな。白虎隊全部で300人以上いて、戦死者や生存者についてあまり詳しく資料が残っていない。生き残って北海道で第2の人生を送った者も少なくない。」
「そう、自刃したのは2番隊のうち20名弱、これを生存させるのが今回のミッション。」
「おまえにしては地味なミッションだな。そんな少年好きだったっけか?」
「おい、人を多様すぎて許容されない性指向持ちみたいに勘ぐるな。」
「じゃあ、なんで少年を救いたい?」
「強いお姉さんに救われる少年という絵柄が好きだから...」
「おい、それまるっきしオネショタ案件じゃないか!」
「いや、そうではないよ。自分にもそういう精神状態のころがあったなと思い出して精神の健康を維持する。」
「ちょっと何言ってるかわからんぞ。あれか?精神の回春を図ろうってか?」
「女神さん、それを言っちゃあおしめえよ!」
「要するに翡翠を使ってちょっとショタ青水をそこに投影して気持ちよくなりたい、そういうことか?」
「まあ、有り体に言えばそうなるな。」
「恥も外聞もない奴よの。」
「かたじけない。」
「は?何わけわからんことを言ってる?」
「ちょっとずれた返しをするとウケるかなと。」
「開いた口が塞がらぬわ。」
「はい、マシュマロ!」
「貴様!なにをする!」
「へっへっへ、油断大敵だよ、試練ちゃん!」
「くそお、どこから仕入れた、その甘味武器?」
「甘やかし女神ちゃんが大量にくれたんだよ。試練ちゃんにも分けてねって。」
「.....」(女神は怒りで言葉が出ない)
「まあ、そういうことだから早く翡翠さんを派遣してよ。」
翡翠は1868年、福島県会津若松に転移した。大砲の音や銃声が遠くから聞こえる。戊辰戦争の最中だ.会津藩と官軍の激しい戦闘が続いている。ともかく1人でも多くの少年を助けなければ。シンデレラのミッションでは1つも戦闘がなかったが、今度は戦闘が避けられないだろう。
「あなたち、無駄に命を捨ててはなりません!」
「どなたかは存じ上げませんが、武士として忠義を尽くすためなら命など安いものです。」
「なりません。敵は私がここでくい止めます。浜通りの方向へ逃げ延びてください。来るべき新時代、若い力がこの国には必要なのです。命を散らせてはなりません!」
「しかし...」
「活!」翡翠の霊力平手打ちが少年たちの頬を打った。
「目を覚ましなさい!命は何のためにあるのですか?つないで世界を作るためです。無駄死には許されません。それでも行くというなら...この場で斬りますよ。」
翡翠は刀の柄に手をかけて少年たちを見据えた。斬殺のリアルな現前が少年たちの理念的な殉死の思い込みを上書きした。
「わかりました。逃げます。逃げて生き残って、父さんや母さんに孝行します。」
「それでよろしい。」翡翠は慈愛の笑顔で見送った。
まだまだ助けなければ。まず鶴ヶ城の状況を調べる必要がある。
「分身参、顕現して鶴ヶ城へ行きなさい。途中で邪魔する者と遭遇したらキセノンガスの術式で無力化して進むこと。できるだけ殺傷は避けてください。」
「御意!」分身参はくノ一のように跳躍してその場から消えた。
今逃がした3人を追いかける可能性がある兵士を無力化しないと、追い詰められて殺されてしまう。翡翠は抜刀した。
「このアマーっ!」怒号とともに斬りかかってくる兵士がいた。
「尼ではございません、巫女です。お間違えなきよう!」
翡翠は切り返し、峰打ちで敵を倒した。
「五十四の星辰、疾く集まりて結びつき、虚ろなる魂、霧に沈み、眠り誘え。縛せし鎖、解き放たれ、安らぎの内に、意識よ翳れ!急々如律令!」
広範囲に広がった大量のキセノンガスが辺り一帯の敵を昏睡させた。
「ワンマンアーミーを演じることになると、霊力マネージメントが大事ですね。分身を出せるのはあと6体ですが、そうすると他の術が使えなくなります。いざというときのために、出せる分身はあと1体に限定しましょう。」
昏睡状態で倒れた多くの兵士たちを踏みつけながら、1人の兵士が翡翠に近づいて来た。
「おい、女!面妖な術でよくもこれだけの仲間を殺してくれたな。まさか生きて帰れるとは思っておらんだろ。死ぬ前に名前だけは訊いてやろう。巫女姿でバテレンの呪法を使いよるか?もしや人間ではなく妖怪か?きさん、何奴ぞ!」
「京都、御巫家の巫女、御巫翡翠。その顔を見ると、どうやら斬り殺さなければ収まらないようですね。ではお相手しましょう。いざ、尋常に勝負!」
「女のくせに太刀なぞ振るいよるか。よかびんたじゃっど真っ二つじゃ。覚悟せい!ちぇすとーっ!」
薩摩示現流の重い一撃が翡翠の頭を切り裂こうとしたとき、翡翠の太刀は振り上げる前の敵の太刀を捉え、絶妙の力学的操作で絡め取り、驚いた相手の顎を柄で強打した。
「ぐぅっ!」
「男のくせに太刀を振るうなら、物理法則を、力学をまず学びなさい。」
翡翠は男のみぞおちに正拳突きを決めて大地に沈めた。
「城内に潜入しました。籠城の用意でみんな浮き足立っていますが、統率は乱れていないようです。白虎隊の少年たちも数十名確認できました。オーバー。」
「そうですか。ならば少し沈静化しましょう。亜酸化窒素の術式を。オーバー。」
「了解しました。ただいま発動します。アウト。」
「七の原子、八の原子、疾く集まりて、静かなる霧となれ!急々如律令!」
亜酸化窒素、別名笑気ガスと呼ばれる気体が城内に充満し、人々の興奮が解け、沈静化した。これでパニックに陥る人もでないであろう。
「城はこれで良し。あとは飯盛山の20人ですね。とはいえ戦場はまだまだ戦死者が増えている状況。放置するわけにはいきません。分身を2体出すとかなりこちらの負担も厳しくなりますが、キセノンガスの大量散布で被害を最小限度にとどめましょう。分身壱、分身弐、顕現して戦場にキセノンガスをできるだけ広範囲に散布してください。」
飯盛山の頂上付近、白虎隊の少年が約20人ほど集まっていた。
「どうだ、平次郎、城の様子はどうなってる?」目を負傷した白虎隊のリーダーが年下の隊士に尋ねた。
「曇り空と戦場の戦雲のせいでよくわかりません。」
「お城は無事ですよ。」
突然現れた巫女の言葉を聞いて少年たちは驚いた。
「なぜわかるのです?」
「私の分身...仲間が潜入して状況を報告してくれるからです。」
「こんなに離れているのにどうやって報告するのです?」
「ふふ、それはもうすぐ発明されることになる無線通信技術を使っているからです。」
聞き慣れない技術名を耳にして少年たちはあっけにとられたが、聡明そうな1人が手を挙げて質問した。
「もうすぐ発明されることになるとおっしゃいましたが、それはつまりまだ発明されていないということですね。ならばいったいどうやって?」
「ええ、あなたは注意深くて聡明です。必ずや新しい日本のために活躍してくれるでしょう。私は...タイムマシンに乗ってみなさんを助けに来たのです?」
「何でしょうか、その対魔神とは?」リーダーが傷ついた目を労りながら質問した。
「時を超える機械です。私は未来から来たのです。」
「未来ですと?では会津の、会津藩の未来はどうなっているのですか?」
「無事ですよ。味噌田楽もわっぱ飯も大好評です。みんなお米を作って、豊作なら村祭りも盛大に執り行われます。」
「そう...ですか。」
「たとえ軍が降伏しても民は残るのです。残って生きるのです。生きて命をつなぎ明日を作るのです。」
「戦は...負けるのですね?」
「戦に勝ち負けなんて本当はないのです。生き残った者が勝者です。さあ、目を上げて、明日を見つけてください。」
「ありがとうございます、未来の巫女様。生きて今日のことを代々の子孫に伝えます。刀を振るうより鍬を振るえ、と。」
「そうです。私たちの庭を耕さなければなりません。」
翡翠さん、言うに事欠いて、タイムマシンで来た未来人ですか。まあ、白虎隊の中には中学生ぐらいの男子もいたでしょうから、このネタは美味しく頂いてもらえたかもしれません。それにしても青水さん、大量のマシュマロを持っていて隙あらば女神の口に放り込もうとしているんですね。