翡翠さん、ファウストと後宮に潜入する
まさしく「飛んでイスタンブール」になってしまいました。
「おい、青水、翡翠さんの性格が変わってないか?」
「いや、dutzenしたらあんな口調だと思うが。」
「なんかイメージ変わったわ。そして何だ!『私でよければ相手してやろうか?』って。」
「うん、ファウストの童貞性欲をいじろうと思ったらああなった。すまなかった。でも一部の読者にとってはご褒美になるんじゃないかと。」
「不快に思ったファンのほうが圧倒的に多い。読者に土下座しろ。」
「でも俺、姿かたちがないので無理。」
「仕方がないな。ならば私が。....本当に申し訳ありませんでした。青水に代わって、私、試練の女神が頭を下げます。」
「おい、いつまでJK隊の衣装を着てるんだ!そんな恰好で土下座したって誠意が感じられないぞ。さっさと脱げ!JK隊がステージに出られなくて困ってる。」
「何!脱いで全裸で土下座しろと?」
「だーっ!そんなことは言ってないだろうが。」
メフィストフェレスは目立たない場所を選んで熱気球を静かに着陸させた。
「さて、バグダッドに着きました。しかしそのまま後宮に入ったら殺されます。男子禁制ですから。」
「じゃあどうするんだ?悪魔の術でバレずに侵入できないのか?」
「悪魔の術を使わなくても堂々と侵入できます。ファウストの旦那にはいったん私の奴隷になってもらいます。」
「な、ん、だ、と!」
「奴隷市場では毎日セリが開かれていて、後宮の役人が買いに来るんですよ。買ってもらえれば堂々と後宮に入れます。」
「そういうものなのか?」
「そうです、それしか方法はありません。」
「ならば頼む。」
「それではイスタンブールで一番のブティックへ行って衣装を調えましょう。着飾らなければ買い手の目に留まりません。」
「よろしく頼む。」
「私も入ろうかな、後宮に。ファウストくんのサポートとして。」翡翠が手を挙げた。
「おお、そうしていただければ心強い。ヤーディア殿なら緊急脱出もできそうです。」
「買いかぶってもらっちゃ困るよ。私は賢者なんだ。忍者じゃない。」
「おい、メフィスト!これはなんだ!女装ではないか!」
「当然です。後宮は男子禁制、闖入者は即刻処刑。一物を切り取られるという噂もあります。」
「ファウストくん、似合ってるよ。ではさっそく奴隷市場へ行こう。君と私、さてどっちが先に売れるかな?ふふふ。」
奴隷市場には世界中から女たちが集められていた。そのほとんどは海賊に捕まえられた女たちだが、そのほかに戦争で負けた国の女たち、貧困から親に売られた娘たちなど、さまざまな背景を持っていた。
「こちらの二人はなかなか出てこない逸品です。若く白い未使用品、お客様には格別の喜びをお約束いたします。二人を同時に侍らせてのお楽しみはこの世の苦悩を忘れさせ、天空の楽園にお客様をお運びすることでしょう。なので、二人まとめてのお買い上げを強くお勧めいたします。」
メフィストフェレスの巧みな口上で多くの客が二人に注目し、購入を検討し始めた。だが一人の黒人が手を挙げてオークションを制した。
「私は後宮の宦官で女奴隷の調達の命を受けている。その2人、後宮で買い取ろう。」
後宮はこの世の贅を尽くした建物で、きれいに整えられた地中海植物の庭園にはアラベスクの泉が設置され、涼しげな噴水が吹き上げるミストには小さな虹が映し出されていた。庭園の周りは回廊になっていて、果物や飲み物を運ぶ女中たちが忙しく働いている。
「おまえたちはこの部屋を使え。昼間は遊戯室でシーシャを吸いながら占いをしたりカードで遊んだり、好きに過ごして良いぞ。汗を流したければハマムは地下にある。太守が入室したら、みんなその場に座って顔を見せること。」
ファウストは顔を紅潮させて興奮していた。
「ついに潜入できた、憧れの女の園。胸が高鳴る!」
「興奮しすぎて馬脚を現さないように。男子禁制女人の園、命がけの潜入だということを忘れるなよ。」
「汗をかいた。ハマムで汗を流したい。」
「君はバカか?人に裸を見せられる状況じゃないだろう?死にたいのか?寝所に水浴びする場所があるから夜まで待て。」
「いやだ。タオルを巻けば大丈夫だろう。行ってくる。」
「おい、待て。仕方がないな。君1人で行かせるのは危険すぎる。私も付き合おう。ただし、少しでも失礼なことをしたら、相応の罰を与えるので心するように。」
ハマムはサウナと似ているが違う点がいくつかある。まず温度がサウナの半分ほど、40~50度で長居できる。そして、サウナが木造であるのに対してハマムは石造り、床下からの加熱で空間全体が暖まる。さらに、サウナが乾燥した高温であるのに対してハマムは蒸気による温熱なので湿度が非常に高い。
「なぜ黒髪に戻った?」
「当たり前だろう。こんな高温多湿の空間にウィッグを持ち込んだら1発でダメになる。賢者のコスチュームは今後も必要だからな。」
「それにしても警戒が厳重すぎてアヴァンチュールの機会がないな。」
「もし君がイスタンブールに来ないであのままマルガレーテを籠絡してたらどうなったと思う?」
「お互い楽しい時間が過ごせたのではないのか?」
「バカだな。君は彼女を孕ませて、その結果彼女は投獄され...まあ、詳しく話しても仕方がないような凡庸な結末だ。」
「凡庸...なのか?」
「ふっ、凡庸以下だな。君と乳繰り合うシーンで彼女はマーガレットの花を取りだし、“私のことを愛してる...愛してない...愛してる...”とやるのだぞ。」
浴室の奥から声をかけてきた人物がいた。
「すまない。ご一緒させてもらっている。」
ハマムで声をかけてきたのは誰でしょう。男?女? そういえばイスタンブールでハマムに入ったことがあるんだけど、記憶が全く残っていません。イスラムの秘術でハマムの記憶はリセットされることになってたりして。