翡翠さん、賢者になってファウスト博士を訪ねる
リラダンを引きずるのはもうやめましょう。次はファウストです。
「青水。なんかあっけなく終わったな、リラダン介入。」
「うむ、介入ポイントがちょっとな。かなり細かく読まないと、エディソンがハダリーの量産化を目指しているというところが見つからない。」
「19世紀のトンデモ科学にエディソンを乗っければ何でもできるみたいな緩い設定で、読むのがダルい長い説明、SFとして読むのは無理があるな。」
「ああ、あまり成功した作品とは思えない。だから翡翠はあれで良かったんだよ。」
「うむ、私も珍しくおまえにほぼ同意だ。というか、介入する作品、テキトーに選ばないで熟読した上で決めろ。」
「わかった。ということで今回は、学生時代から複数回熟読したはずのゲーテ『ファウストⅠ』だ。」
「ⅠとⅡがあったな。」
「そう。Ⅰは通常の上演が可能だが、Ⅱは劇場での上演がかなり難しい。だからといって映画化もされていない。分量がⅡはⅠの倍以上。ということで、みんなが知ってるⅠだけを扱う。胸くそポイントは、なぜかナンパされて妊娠してしまうマルガレーテ。誰が悪い?メフィストか?ファウストか?誘いに乗ったマルガレーテか?それとも父なし子を孕むと投獄される当時の社会か?まあそのあたりは翡翠さんに解決してもらうとして、ミッションは簡単だ。せっかくなのでファウストとメフィストにいろいろ絡んでもらおう。」
「ストーリーが有名すぎるから、そのままなぞったのでは読者は満足しないぞ。」
「うむ、介入のための改変も視野に入れよう。」
「翡翠のポジションは?」
「ときどき顔を出す賢者。」
「賢者だと?こういうやつか?」
「それは一部の読者に喜ばれるかもだけど、コスプレ感が強くてファウスト博士が不機嫌になる怖れがある。」
「ではオリジナル衣装の賢者だな?」
「そうだ。」
「私は魔法使いにジョブチェンジしたいな。」
「やめとけ!怒られるわ!それに...帽子から角が出てるぞ。女神というより偽装に失敗した魔族みたいだ。」
「これは角ではなくてティアラだと何度言えば...」
「ティアラなら帽子被るとき脱ぐのがふつうじゃん。頭と一体化して取れないのでは?」
「バカを言うな!ほれ、取れた。」
「あれれ、ティアラと一緒に威厳も取れちゃったよ。」
「ぐぬぬ...」
翡翠は16世紀のドイツに現れた。撤収の場面を想定して、自らではなく分身をファウスト博士の研究室に顕現させた。」
「ああ、私は哲学も法学も医学も、そして残念なことに神学まで...」
ファウストはこれまで人生を賭けて学問に打ち込んできたのに、まだ本当の真理にたどり着けていないと嘆いている。」
「ファウスト博士!」
「君は誰だ?」
「旅の学者です。ふふ、自己紹介で賢者ですと言うほど不遜ではありません。」
「何の用だ?」
「初顔合わせの自己紹介と...あと少しお話を。先ほど聞こえてしまいましたが、博士は学者の悲劇を嘆いてらっしゃいましたね。」
「ああ、学問に命を捧げてきた結果、得られたものといえば悦びなしの人生、金も名誉も栄光もない。」
「まさか...それが本意ではありませんよね?」
「本意のすべてではないが本意の一部ではある。私も血肉ある人間だ。」
「このノストラダムスの自筆の一巻、そこにはマクロコスモスのしるしが描かれていますよ。」
「おう、これは....このしるしを見れば貴く若々しい生の幸福が全身を駆け巡る!このしるしの1本の線ごとにいのちを産む自然が読み取れる。すべてのものが全体へと織りなされ、調和の中で働き合い、互いの中に生き続ける。」
「ですがその素晴らしい光景の中に入り込むどころか触れてみることもかなわず、外から見ていることしかできません。」
「そうだ、私は無限なる自然を捉えることはできない。自然の乳房に触れることもできない。いのちの泉に焦がれても1滴すら飲むことができない。」
「でもそう悲観するばかりでもないでしょう。おや?あなたの助手が来たようですね。では私はこれでおいとまさせていただきましょう。」
翡翠は分身を収束させた。
何と言っても天才ゲーテがずっと原稿を抱えてなかなか発表せずに書き込み続けた「ファウスト」ですから、注釈書なんて見てたら永遠に介入できません。