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翡翠さん、偉い人との連続会話で緊張の連続――日本降伏編ラスト

しんどい、しんどいです、これ。しんどすぎてビールを飲むしか選択肢がありません。

「海外にまで目配りするなんて、さすが俺たちの翡翠だな。」


「うれしがるのはわかるが、今回の真剣なミッションを眺めながらビールはないと思うぞ。」


「うるせえ!ベルリンのKaiserlich-Japanische Botschaft の看板を見てたら昔を思い出してだな...」


「おまえ、老け顔だとは思っていたがまさか戦前の人間であったか?」


「ちげーわ。でも戦後になっても、もうベルリンではなかったが、ボンの隣のバート・ゴーデスベルクの日本大使館、昔の看板を出していたぞ。カイザーリッヒ・ヤパーニッシェって。」


「ほう、そんなこともあるのだなあ。まあ看板は店の顔、そうそう変えられないということなのだろう。」


「そんなんで良いのか?」


「ネット時代前なのだろう?誰も写真を撮って拡散しないから良かったのだろう。」


「そういうものなのか?」


「そういうこともあるということだ。気にするな。」


「まあ良いや。翡翠さんは鈴木貫太郎と接触して文民統制の体制を作るよ。」


「作るよと簡単に言うけど大丈夫なのか?」


「すでに話を通してある天皇陛下と謁見で話し合ってもらって降伏のスケジュールを考えてもらう。」


「それは良いな。」


「当時の法制上では難しい軍の文民統制、そこで天皇陛下からお墨付きをもらう。」


「それはとても大事だ。最後に水戸黄門の印籠の役割を果たせる。」


「それではさっそく作戦開始と行こう!」




 翡翠は再び明治神宮から月煌を飛ばし、枢密院議長の鈴木貫太郎と接触した。


「こ、これは?」


「戦時下で迂闊に動くわけにはいかないので式神を介してのご挨拶、失礼いたします。私は御巫翡翠、平安時代より帝に仕えて魔を祓ってきた一族の末裔です。」


「陰陽師か?」


「少し違いますが似たようなものです。閣下、戦況は急を要しております。手短に話すため、私が畏れ多くも天皇陛下の委任状を得て行動しているということをお知りおきください。」


 翡翠は月煌の疑似スクリーンに陛下よりいただいた全権委任状を映し出した。


「おお、これは...」鈴木は頭を垂れた。


「閣下には皇居へ赴いて陛下に謁見し、私と同じ全権委任状を陛下より賜るよう上奏してください。もちろん人払いをして誰にも知られないように。陛下を動かす合い言葉は、『翡翠 降伏』です。降伏、そう陛下はこれ以上国民の命が奪われるのをよしとせず、耐え難きを耐えて降伏を決断なさったのです。閣下には陛下のご英断が滞りなく実現するよう働いていただきたい。陛下の委任状はそのための錦の御旗です。」


「私は何を?」


「内閣で話が通じそうな仲間を集めて降伏へのロードマップを作成してもらいます。ただし....デッドラインが迫っています。4月1日に米軍が沖縄本島上陸作戦を開始します。私たちはその前に降伏しなければなりません。」


「では皇居で陛下に謁見する前に内大臣の木戸幸一に話を通して、今後の行動計画について相談することにします。彼は天皇の側近です。」


「味方になってくれるのですか?」


「陛下の意思があるのなら、彼は命を賭してもそれを尊重するでしょう。」


「わかりました。私はこれから軍部の動向を測ります。」


「お気をつけください。やつらはわれわれとは違います。」


「最大限の注意を払いましょう。ただ....もし軍部が陛下のご意向に逆らっても徹底抗戦を叫び、その結果、陛下を拉致しようとする暴挙に出たときの対処についても考えておいてください。軍の中に信頼に値する人物を確保することが重要です。」


「海軍大臣の米内光政、彼とは情報を共有しても大丈夫だと確信します。彼は冷静な軍人です。兵を餓死させる作戦に心を痛めておりました。」


「徹底抗戦派がクーデターを起こしたときの冷静な処置が重要です。事前に想定しておけば鎮圧も可能だと思われるのでよろしくお願いします。」


「わかりました。翡翠様もどうかお気を付けて。」



 翡翠は次に外務大臣の東郷茂徳を訪れた。今回は月煌を介さず、生身で対峙した。


「東郷閣下、御巫翡翠と申します。陛下の命を受けた者として伺わせていただきました。」


「なんと、陛下の勅命委任状...、貴殿は一体?」


「平安時代より魔を祓ってきた一族の末裔です。ですが今は、この戦争を終結させるために動いております。」


「ならば私も気持ちは一緒です。」


「閣下はソ連の仲介による有利な幕引きを考えていらっしゃいませんか?しかしそれはとても危険です。国が他国のために何かをするということは常に見返りを求めてのこと。閣下はソビエト連邦という国家が信用に値すると思いますか?」


「外交は信と誠の上に成り立つものでしょう。それがなければ人間がわかり合うことは不可能です。ゲーテが言っています。Wer nicht vertraut, findet keines.信用せぬ者は信用されることもない。」


「Das gilt nur, wenn das Vertrauen richtig geschätzt wird. Nur solange der, dem Vertrauen geschenkt wird, es nicht zum Eigennutz ausnutzen will. 私ならゲーテにこう返しましょう。それは信用が正しく尊重される場合にだけ有効だ。信を預けられた者が、それを私利私欲に利用しようとしない場合に限ってだ、と。」


「スターリンが信を踏みにじると?」


「私利私欲という言葉が彼にふさわしくないとしたら、国益と言い換えましょう。それでずいぶんと悪事の臭いが消えて正義に天秤が傾く気がしませんか?」


「...たしかに。あなたは相当な才媛ですな。」


「私が閣下にお願いしたいのは、陛下もご決断になった早期降伏についてさっそくアメリカと協議に入っていただきたいということです。外交はたしかに信と誠の上に成り立つべきでしょう。しかし負け戦の幕引きにおいて大切なのは、相手が笑顔で手を引くだけのものを与えることです。これは鈴木貫太郎閣下と細目を話し合っていただきたいのですが、譲歩できるものと譲歩できないものが何なのか、辛い作業になるかと思いますが、ぜひご検討ください。」


「譲歩できないもの、それは国体の護持。」


「国体という概念の具体的な中身が問われますね。その内容によっては、アメリカが簡単に降伏を認めるとは思えません。まず白紙に戻って、アメリカが何を望んでいるのか、そこから出発しなければなりません。その上で、これだけは譲れないというものを抽出する。現実を見据えたその方向でお願いします。」


「わかりました。」東郷茂徳は悲痛な面持ちで頭を下げた。



「次がいよいよ荒事も辞さない軍部との対決です。彼らには暴走した上で自滅してもらいましょう。さて、どこを突っつけば火が付くかしら?月煌!」


「我にどこへ赴けと?」


「鉄砲で撃たれる可能性が高いのでエーテル体での行動を命じます。撃たれた場合はすぐさま収束するように術式を書き換えておきます。陸軍省軍務局へ行って、天皇陛下が降伏の意思を固め、それを国民に発表するという情報を、小出しに、そして巧妙に暗号化して、時間差で発見されるようにばらまいてきてください。とくに畑中健二という少佐は沸点が低いので煽りがいがあります。あなたのあとに不動明王でも顕現させられれば効果がより高まりそうですが、私は召喚士ではないので怪物を召喚する力はありません。あ、そうだ、あなたの疑似スクリーンに不動明王を出して、『この国難に際して決起するは今だ!』と叫ばせるのも良さそうですね。2秒ずつ顕現させて、場所を変えてまた2秒。それをしばらく繰り返せば、ふふふ、みんな行進を始めますよ、きっと。」



「次は近衛師団ですが、本来なら禁闕守護の命を受けて陛下をお守りしなければならない立場の彼らが、果たして使命を全うするかどうか。近衛師団といえども軍人ですから、勢いのあるクーデターに加担...いえ、甘く見すぎていました。さきほど焚きつけたクーデター軍が近衛師団対策をしないはずがありません。命令系統を上手く使って協力させることもできる。首謀者のトップは陸軍大将、大将の上は.....大元帥の天皇陛下しかいません!ともかく鈴木さんに相談しないと。」



「おや、翡翠さんの守護式神ですか。確か名前は月煌くん。」


「緊急事態だ。阿南惟幾と梅津美治郎を筆頭に陸軍が皇居を目指している。陛下を拉致して降伏を撤回させるつもりだ。」


「何ですと!皇軍が逆賊になるのですか。」


「これを阻止できる命令権者は?」


「天皇陛下だけです。ただ、陛下から賜ったこの勅令があれば私の命令に従う兵もいるでしょう。海軍大臣の米内光政くんとも相談して、包囲軍を組織します。」


「頼んだぞ。」



 翡翠は皇居へ赴き、内大臣の木戸幸一に会った。


「反乱軍が皇居を占拠しに来ます。近衛師団が彼らの味方になる可能性も排除できません。放送で陛下のお言葉をいただき、近衛師団の離反を未然に防いでください。」


「ああ、何ということだ。皇軍が逆賊になるとは...わかりました。陛下のお言葉を賜り、近衛師団には禁闕守護に専念するよう申しつけましょう。」


「それと皇宮警察ですが、軍隊との戦闘は避けて、皇居の建物内で陛下を守る最後の盾となるように命じてください。軍隊を相手に警察が役に立つとは思えません。」


「わかりました。」



 翡翠は吹上御苑へ赴き、皇宮警察とともに天皇陛下の直衛に入った。ここを乗り切らなければすべて水の泡だ。遠くで銃声が聞こえた。局地的で散発的な戦闘が始まったらしい。鈴木貫太郎が手配した東部軍、米内光政が指揮する海軍特別陸戦隊が反乱軍を包囲する。近衛師団からの離反者は出ず、圧倒的な数の優位で反乱軍は押し込められていった。だが、同じ日本軍同士、制服で敵味方の識別が難しいため、皇居内に紛れ込んだ兵士も少なくなかった。天皇さえ確保できれば勝利の可能性があると思ったのだろう。巧妙に警戒網を抜けて吹上御苑に近づく一隊があった。


「止まれ!兵士の侵入は許可されていない!」


 制止しようとした警察官は一瞬で銃殺された。警察官たちは拳銃を構えたが、軍隊の武装と比べるとあまりにも見劣りする。そんな中、部隊の背後から隊長と思われる男が不遜な態度でゆっくりと近づいてきた。


「おまえら、どこのもんじゃ?戦に負けて落ちぶれた薩摩の芋侍か?賊軍として滅んだ会津の末裔か?切ないのお?そんな竹鉄砲持たされて、汚えお仕着せ着せられて、交通整理か?よお、お巡りども、道を空けろ。ぶっ殺すぞ。俺の一族は長州の出じゃ。曾爺様の代から軍人で、みんな出世して中佐や大佐。おまえらみたいな汚らしいお巡りとは血筋が違うんじゃ。おい、そこのおまえ、今笑ったな。死ね!」


 青年将校は何の躊躇いもなく警察官の頭を撃ち抜いた。


「わしはこれから天皇陛下に会って、その真意をしっかり聞いてこなければならん。邪魔する奴はみなぶち殺す。」


「お待ちなさい!」翡翠の手には先祖伝来の浄化の刃が握られていた。


「これは本来魔を祓う刃、しかし!陛下に徒なす不敬の輩、平安の世から帝に仕えてきた御巫家の末裔として断じて許すわけには参りません。」


「何だと、巫女風情が...」


男の手が拳銃を握った...その瞬間、太刀が閃き拳銃もろとも男の片腕が地面に転がった。


「命を奪う価値はありませんね。逮捕してください。」


 翡翠は皇宮警察にあとの処理を任せ表に出た。男に率いられていた兵士たちは、みな近衛師団に鎮圧されていた。



 翌日、翡翠は鈴木貫太郎に会って、外務大臣東郷茂徳がアメリカの外交官と面談が適ったということを知った。きょうは3月20日、デッドラインまで10日ある。


「閣下、おそらく戦後の日本ではもう閣下という呼び方はしなくなると思いますので、鈴木様と呼ばせてください。ひとつ提案してもよろしいですか?」


「何だろう?翡翠さん。」


「戦後の日本は、大日本帝国ではなくて日本国と名乗るのがかっこいいと思いますよ。」


「日本」は数え切れないほど書いたと思うのだけれど「日本国」って「日本国憲法」のパーツとしてしか書いた記憶がありません。この日本早期降伏編、ものがものだけに挿絵を描くことができなくて、オッペンハイマーとの会見の絵だけでした。次回からたくさん挿絵を入れます。

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