灰の女?いえ、砂からガラスへ。――シンデレラのガラスの靴
さて次はシンデレラ救済です。翡翠さんはガラスの靴問題をどう解決するのでしょう?
翡翠はフランスの...いや、フランスかどうかわからないがフランス語を話すヨーロッパの町に転移させられた。時代はまたもや西暦何年とは無関係なふわっとした中世だ。
「シンデレラ!竈と暖炉の掃除は私たちが帰るまでに済ませておきなさい!」
継母と2人の異母姉は身支度に余念がない。化粧粉を周りに振りまきながら顔にどんどん塗りたくっている。
「今夜の舞踏会には王子様も来るのよ。」長女は夢見るような視線を宙に泳がせた。
「ダンスを申し込まれたときの表情の練習もしなくちゃ。」侍女は鏡に向かって百面相をしている。
「おまえたち、頑張るのですよ。」継母は王子争奪戦に参加しないはずなのだが、それでも化粧の厚塗りに余念がない。
汚れた水を捨てに桶を持って外に出たシンデレラの前に翡翠が現れた。
「こんにちは、シンデレラさん。」
「こんにちは、修道女様。」
「私の名はネフレティカ、予言を授けにやってきました。もうすぐあなたの前に守護妖精が表れて、舞踏会へ行くためのドレス、靴、そして馬車をあなたへ与えるでしょう。」
「そうなんですか?」シンデレラの表情が明るくなった。
「でも、あなたは頂けるものを頂いたら、丁寧にお礼を言って、そのままお城へは行かずに森へ向かってください。私はそこで待っています。」
「わかりました、ネフレティカ様。」
「お母様、馬車は何時に来るの?」
「あと30分です。馬車は洋服や靴と同じで女の格を表すので奮発して4頭立ての高級馬車を予約しました。乗り降りは優雅にお願いしますよ。シンデレラ!私たちが出発したら、散らばった白粉や布きれを片付けておくのです。」
継母と姉たちを乗せた馬車は土埃とともに出発した。シンデレラはようやく1人になれた。継母たちが帰宅するのは深夜になるだろうから、久しぶりの長い自由時間を得た。シンデレラは粗末な木版に思いつくままに絵を描いた。こんな服が着たい、こんな靴を履きたい、こんな家に住みたい...そんなシンデレラの前に妖精が表れた。
「シンデレラや、おまえも舞踏会へ行きたいのですか?」
「いいえ、全く行きたくありません。」
「ドレスや靴がないからですか?ならば、ほら!」妖精がワンドを振ると美しいドレスとガラスの靴が現れた。
「まあ、きれい!」シンデレラはうっとりとした顔でドレスと靴を見た。
「さあ、それを身に付けて舞踏会へ行くのです!」妖精は微笑みながら促した。
「いえ、舞踏会へは行きません。でもドレスと靴はありがたくいただきます。ありがとうございます。」
「え、なぜ?あ、そうか、そうでしたね。歩いて行くわけにはいきませんから。では、はい、ポン!」妖精がワンドを振るとカラフルなカボチャの馬車が現れた。
「まあ、素敵!」シンデレラはすっかり馬車が気に入ったようだ。
「さあ、これに乗って舞踏会へ行くのです!」妖精は満面の笑顔で促した。
「いえ、馬車はいただきますけど、舞踏会へは行きません。でも、本当にありがとうございました。」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、シンデレラ!私はあなたの守護妖精なのですよ。あなたの一世一代のチャンスをものにするために精一杯お手伝いするために来たのに、なぜ舞踏会へは行かないと?」
「だって、面倒くさいもの。理由はそれだけです。それじゃ、ドレスと靴と馬車、本当にありがとう。」
シンデレラは手に入れたドレスと靴を持って新車の馬車に乗り森の入り口まで進んだ。そこに御巫翡翠が佇んでいた。
「やりましたね、シンデレラさん。」
「はい、私の初めての宝物です。」
「さあ、それでは馬車に乗って海岸まで行きましょう。海があなたに素晴らしい贈り物をくれるでしょう。」
「海が...ですか?」
「はい、とてもきれいですよ。」
そのころお城では王子と母親の王妃が話し込んでいた。
「王子、今日の舞踏会で素敵なお妃候補が見つかると良いですね。」
「ママ、ぼくはまだ結婚なんてしたくないよ。舞踏会で良い子がいたら踊りながら耳元で甘い言葉を囁けば、あっという間に素敵な one night stand♪ 朝日が昇る前におさらばさ。」
「まあ、元気でやんちゃな子。でもあなたのそういうところが好きよ。」
「ぼくのワンナイト伝説が世界中に広まって、ジャポンという国ではこのお城を真似たオテル・ダムールがたくさん建てられるそうじゃないか。」
「ええ、あなたの武勇伝は世界に轟きます。」
「黒酢ニンニクをがっつり食べて精力絶倫だから、今夜は3人ぐらい行けちゃいそう。」
「あらあら、では色違いのシャンブル・ダムールを3つ用意させましょう。」
「えへへ。」
「うふふ。」
翡翠とシンデレラは海岸に到着した。地中海の青い海、白い砂浜、きれいな貝殻。寄せては返す波の音を聞きながら2人は浜辺を歩いた。
「ねえ、シンデレラさん、あのガラスの靴、気に入りました?」
「ええ、履きたいとは思いませんが、お部屋に飾ったら素敵かなと思います。」
「今私たちが歩いているこの白い砂浜、ここからガラスを取り出せるんですよ。」
「本当ですか?あ、よく見たら砂の中にキラキラしたものがたくさん。」
「あなた、お絵かきがとてもお上手ですもの、デザインの才能があると思いますよ。ご自分で描いたものをガラスでこしらえてみたいと思いませんか?」
「ええ、作ってみたいです。魔法のようにキラキラしたものをたくさん...」
「では、その準備をしましょうか。まずこの白い砂ときれいな貝殻を馬車に積めるだけ積み込みましょう。」
シンデレラと翡翠は浜辺で遊ぶ無邪気な少女のように笑い合いながら砂と貝殻を馬車に積み込んだ。そしてそのころお城では、翡翠分身弐が行動を開始していた。翡翠本体とは霊脈に霊気を乗せて交信できる。
「作戦のターゲットとなる長女、次女、継母が今お城に到着しました。今後対象をα、β、γと呼称します。オーバー。」
「了解、監視対象を見失わないようにしてください。それと王子、これを対象ωと呼称します。α、β、γとωの接触を観察し続けてください。交信を終了します。アウト。」
「さあ、砂と貝殻を十分採取したので、今度は山へ行きますよ。熱い山、火山です。」
「火山ですか?少し怖い。」
「大丈夫。火山の熱がないとガラスは作れないのです。」
「今ωがαに目を向けましたが、関心がなさそうでした。そしてその隣のβを見ても、軽く舌打ちして去って行きました。オーバー。」
「まあ放置していればそうなるでしょうね。チャンスを見つけてアフロディジアクムの術式を。オーバー。」
「ではα、β、γを個別にωに近接させて術式を発動させます。オーバー。」
「了解。成功を祈ってます。アウト。」
「さあ、ここが火山地帯です。溶岩にあまり近づかないように。」
「ここでガラスを作るのですか?」
「その通りです。見ていてください。壱、六、八、壱拾壱の原子、疾く集まりて、泡の塩となれ!急々如律令!」
翡翠は大気中から大量の重曹(炭酸水素ナトリウム)を抽出した。
「これで材料が揃いました。まず砂と貝殻を精製します。海の白砂、八と壱拾四の原子を残して夾雑物は雲散せよ、急々如律令!貝の外殻、六と八と弐拾の原子を残して夾雑物は雲散せよ、急々如律令!」
翡翠は砂と貝殻から珪砂と石灰岩を精製した。これでガラスの材料は揃った。
「それでは溶岩を安全に使えるように結界の炉に注ぎ、その中にさきほどの材料を入れて溶かします。溶けたら冷やせばガラスになります。やってみましょう。」
お城では王子が翡翠分身を見つけて大いに興味を持った。周囲の人々がドン引きするほどあからさまに興奮して鼻の穴を広げて翡翠分身に近づく王子。黒酢ニンニクの効果か、歩き方がぎこちない。
「Ma belle dame, vous.....」興奮しすぎて言葉が出ない。「Vous dansez avec moi!」なんだ、この大学1年生のようなシンプル構文は!「あなたワタシと踊ります」!そもそも股間がこわばっているのだからダンスなんて無理。
「王子様、そんなに焦らなくても時間はたくさんありますわ。さあ、あちらで飲み物をいただきながら少し落ち着きましょう。」
翡翠分身弐は王子の手を取り、壁際の椅子に連れて行き、そこにいたαとともに術式の射程に入った瞬間にアフロディジアクムの術を発動した。愛の野獣1組目がこれで完成。
「さあガラスができましたよ。熱いから触ってはいけません。これを冷やせばガラスになるのですが、冷えた状態だと加工が出来ません。そこでシンデレラさん、あなたはこの付近に工房を開くべきです。」
「工房ですか?でもそんな資金はありません。」
「大丈夫、ガラスの靴を大量に作って売りましょう。このかわいいカボチャの馬車を移動販売車にして町へ出るのです。女性が集まってあっという間に完売ですよ。」
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのです。このまま原宿へ行っても大成功間違いなしです。」
「アラジュク?」
「あ、今のは忘れてください。サンドリヨンさん、ハヒフヘホが言えないんですね、やっぱり。」
「α、βとωのベート・ダムール化を完了しました。これからγに向かいます。なおαとωはすでにシャンブル・ダムール・ルージュへ入った模様です。オーバー。」
「シャンブル・ダムール扉付近で待機。γを終了したら次のフェーズに移行してください。アウト。」
「たくさんできましたね、ガラスの靴。さっそく売りに行きましょう。私はこの姿だと売り子はできないので、ちょっと待っていてください。着替えます。あなたも守護妖精から頂いたドレスに着替えたほうが良いと思います。」
「γとω、シャンブル・ダムールへ入室しました。出てきたら次のフェーズへ移行します。アウト。」
「こんなにたくさんの金貨、見たことがありません。」シンデレラは顔を紅潮させた。
「まだこれは始まりに過ぎないのですよ。あなたは伝説のグラスアーティストとして有名になり、外国からもたくさんの注文を受けることになるでしょう。」
そのころお城では修羅場が炎上していた。姉妹親子が王子をめぐって物理的な喧嘩を始めたのである。止めようとした王子も、「この三股男!」と殴られる始末。もう収拾が付かない。しかも、舞踏会の会場から次々に女たちが集まってきて、「私もやられた!」「私も!」と被害者の会ができる勢いになった。
「帰還しました。作戦は成功です。」分身弐が戻ってきた。
「ご苦労様。では裸になってください。」
「了解しました。」
「では収束。」翡翠の元に分身弐のドレスと装飾品が残された。
「シンデレラさん、私はもう戻るので、記念にこのドレスとアクセサリーをもらってくださいね。」
翡翠さん、分身の使い方がだんだん酷くなってきましたが...分身なので他人ではない、自分なのです.自分に厳しくしているだけなので問題ありません。