翡翠さん、リラダンを中断して1945年の日本に転移する
まさかのいったん中止で別作戦?何その気まぐれは!
「おい青水、なんだかずいぶんあっさりだったな?」
「オープニングはあっさりとでないと、今回の長丁場は乗り切れません。」
「翡翠の女性ジャーナリスト、かっけーな。」
「アメリカのマスメディアの黎明期ですからね。」
「なんだか顔色が冴えないが。」
「実は結構大きな歴史胸くそがあるんですよ。いつもこの時期になるとテレビでやるから思い出させられる。」
「原爆か?」
「そう。あれ、もう少し早く降伏してたら避けられたのに、と。」
「でも、いまリラダンやってるから介入できないな。介入はひとつずつ順番に、だ。」
「ふん、作者は俺なんだから、そのへんは融通が利くんだよ。リラダンはいったん中止して、翡翠さんには1945年の日本に行ってもらう。女神が反対しても行ってもらうからな。」
「わかった、わかった、そう睨むな。反対はしないよ。好きにやれ。でも史実だということを差し引いても、このミッションはなかなか難しいぞ。戦時中でピリピリしてるし、空襲もあるし、説得するにしても言うこと聞いてくれそうもない相手ばかりだ。」
「チートでポンみたいな成り行きにはしないよ。17世紀のボワローも言っていたように、虚構であっても真実らしさは大切だ。」
「で、いつ降伏する?」
「沖縄上陸前だな。原爆投下も悲惨だが、沖縄戦もできれば回避させたい。」
「ならば3月中だな。4月1日に米軍が沖縄本島に上陸する。」
「了解した。では翡翠を1945年3月15日に転移させてくれ。」
翡翠は3月10日の東京大空襲で焼け野原になった東京に現れた。空襲で混乱している下町へ行くのは危険なので、巫女姿でも悪目立ちしない明治神宮を目指した。通行人は白装束に赤袴という目立つ色彩に一瞬敵意の目を向けるが、巫女ということで納得して攻撃する者はいなかった。現在3月15日なので、あと2週間でミッションを成功させないと、悲惨な沖縄戦が始まってしまう。どこから手を付けるか?そもそもどこに着地させるか?荒事なしに済むとは思えなかった。しかし軍隊の兵士相手の荒事など、いかに翡翠であっても生き残れる気がしない。戦争への介入がどれだけ危険なミッションか、翡翠は改めて実感し、気持ちを引き締めた。 ようやく明治神宮の境内に入った。明治神宮も戦火を免れることはなく、本殿と拝殿が焼失して、一般参賀も制限されていた。瓦礫の外の人目に付かない場所を見つけたので、そこに結界を張ってしばしの作戦基地にすることにした。
「ふう、とりあえず一安心ですね。さて、何から手を付けましょうか?軍人は後回しにして、頂点から始めましょう。」
翡翠は守護式神の月煌を召喚した。
「久しいな、翡翠。我を呼んだのは、単なる調査ではない何か特別な用向きか?」
「はい、あなたには天皇陛下の寝所に行って私の言葉を伝えてもらいます。」
「それはまたずいぶんと大胆な作戦であるな。だが天皇の寝所には結界が張られているぞ。」
「だからこそのあなたなのです。ふつうの式神では近寄れない場所でもあなたなら侵入できる、違いますか?」
「もちろん我は守護式神にして霊獣であるから、その程度の結界は取るに足らん。」
「ここにアメリカのマンハッタン計画のデータがあります。これを私の指示したタイミングで陛下に拝見いただきます。よろしいですね?」
「疑似スクリーンを展開してそこに映し出せば良いのだな。」
「その通りです。では出発してください。」
「翡翠、到着したぞ。」
「陛下から2メートルの宙空に停止してください。以後、私があなたを通して話します。」
「了解、姿を顕現させる。」
「き、きさま、あやかしか!」
「陛下、落ち着いてください。私は平安時代から帝に仕えて魔を祓ってきた一族の末裔です。御巫翡翠と申します。」
「朕に何用だ?」
「お耳に入れておきたいこと、ご覧に入れたいことがございます。」
「何だ?」
「陛下は現在の戦況を把握なさってらっしゃいますか?」
「毎日報告を受けている。そして、報告を受けるまでもなく、数日前には大空襲を受けて東京は火の海だ。冷静に考えれば敗色が濃いのは明らか。しかし我が軍は不撤退の覚悟で迎え撃つつもりだ。」
「軍の報告がすべて現実を反映するものではない、それは歴史の中で繰り返されてきた事実です。陛下は、南方で140万人の兵士が餓死したという事実を知らされていないと思います。戦う前に餓死、そんな作戦で日本が勝てるとお思いですか?東ニューギニアでは餓死率が90%、インパール作戦では餓死率が80%、フィリピン戦線では死者50万人のうち餓死者が40万人。」
「貴様は軍の士気を下げるための情報を拡散する間者か?捕らえて尋問し、処刑しなければならん。」
「いえ、事実を述べただけです。まあそれはともかく、先日の大空襲を日本は防ぐことができなかった、これは否定できない事実です。これが何を意味するかご存じでしょうか?日本は制空権を失ったのです。敵は空から自由自在に日本の各所を爆撃することができます。この皇居だって例外ではありません。防空壕があるでしょうが、執拗に何発も落とされ続ければやがて破壊され、陛下もご無事ではすまないでしょう。アメリカがそれをしないのは、陛下がお亡くなりになったあとの混乱が予測不能だからです。」
「つまり朕はもう死に体だというわけか。疎開したほうが良いだろうか。」
「それもひとつの手でしょうが、日本全体が焦土となり国民の半分以上が死んで行く様を疎開先から眺めてられるでしょうか。」
「ならばどうしろと?」
「降伏のご覚悟を決めていただき、その機会が訪れたとき、御心を軍と国民に知らしめていただきたい。その機会は、私が用意します。」
「降伏だと?わが皇軍が?」
「お気持ちは理解できます。しかし、制空権を握られた状態で敵が新型爆弾の開発に成功したらいかがでしょう?」
「新型爆弾だと?」
「はい、マンハッタン計画で原子力爆弾を完成させます。その威力をご覧に入れましょう。」
月煌は疑似スクリーンにマンハッタン計画の概要を映しだし、爆破実験の動画を見せた。
「1発で都市がひとつ吹き飛び数十万人の民間人が即死します。そして死を免れた人々も被ばくして死に至る病に侵されます。」
天皇は言葉を失い呆然としていた。
「こんなものを日本の国土に落とさせるわけにはいきません。なので私は行動します。先ほど申し上げたように、機会が来ましたら、どうかお言葉をください。」
「あいわかった。」
「ありがとうございます。ではまたお目にかかれますように。」
翡翠は月煌を収束させ、次の作戦に取りかかった。政府と軍部の内情調査である。これによって降伏に最後まで抵抗する勢力を割り出して、どうにか始末を付けなければならない。幸い、たとえ月煌が拘束されても収束させれば痕跡を残さず撤退させられる。だがあと2週間、計画の進捗に遅れが出ることは許されない。畏れ多くも天皇陛下に頼み込んだ役回り、どんなことをしても演じきっていただかなければならない。
史実、それも20世紀の史実への介入、ちょっとしたミスも許されません。しんどい、でも成功させたい。あ、必死になりすぎて挿絵を作るのを忘れました。まあ、東京大空襲直後で、挿絵にできる場所なんてありませんでしたから。