翡翠さん、ヴィクターの門出を祝福する――女神は...
女神が迷走しているようで....
「おい、女神!口にマシュマロを突っ込まれたからといって、翡翠さんに八つ当たりはないんじゃないか?何だ、アメリカンリヴァーで砂金を掘れとは!読者がみんな怒ってるぞ。女神の人気が爆下がりだ。まあ爆下がりできるほど人気はなかったがな。」
「ふん、何を見当違いなことを言っておる。翡翠にはなすべき仕事を与えただけ。救急車に出動を命じたからといって救急職員へのパワハラとでも言うつもりか?」
「ぐぐぐ...」
「おまえがアラフォーだのと外見いじりをするから、イメチェンしたぞ。これで人気は爆上がりじゃ。はっはっは、残念だのう、画像なしの透明キャラよ。」
「な、何です、それは?」
「女神じゃよ。あ、そうだ、これからは“じゃ”とか“だの”って言うのもやめよっと。」
「チアガールですか?角付きの。それとも痴女神。」
「だからこれは角ではない。どう?ナイスボディでしょ?」
「ガイドライン違反で通報されそう。」
「何でだよ?究極のファンサだろうが!」
「じゃあたまに出てきて笑いを取ってくれ!」
「何だと!女神の力をなめるなよ!これでどうだ?」
「ダメ、却下!」
「何でだよ?美しくて威厳があって女神そのものだろうが!」
「あのね、男女の漫才コンビで女だけが身体改造で急に超絶美人になってみなさいよ。誰も笑ってくれないよ。ボケとツッコミが機能不全だ。わかるだろ?こんな姿じゃマシュマロを口に突っ込めない。」
「えー!たまにこの姿で出たいー!」
1年が経過して、翡翠はインゴルシュタットを訪れた。ヴィクターの部屋には“フランケンシュタイン・ロボティックスラボ”の看板が掲げられていた。部屋に入ると塵ひとつないクリーンルームで計器がめまぐるしく動いていた。
「やあジャディー、久しぶり!」
「ヴィクター、元気そうね。」
「おかげさまで。資金援助ありがとう。助かったよ。」
「砂金がザクザク出ましたからね(巫女衣装は台無しになったけど)。」
「研究は順調だよ。プロトタイプ1号がもうすぐ完成する。」
「さすがヴィクターですね。集中力が常人と違う。」
「見てくれ、これがプロトタイプ1号。始動実験はまだだ。見ていくと良い。」
ヴィクターがレバーを引いて機器に電流を流すと、期待されたような青白い火花が飛び散ることもなく、各計測器の針が揺れて、プロトタイプ1号は目を開けた。
「立て!」
ヴィクターが命じるとプロトタイプ1号は立ち上がり、首を回して周囲を確認した。
「すごい!」
翡翠は目を見張った。プロトタイプ1号は歩き出そうとしたが、脚がもつれて転倒し、そのまま動かなくなった。ヴィクターは天井からつるされているクレーンで転んだプロトタイプ1号の身体を起き上がらせ、そのまま元の台座に運んで座らせた。
「こんなものなのさ。立ち上がって周囲を眺めたように見えたけれど、あれは見せかけ。機械の動作であって、意思ある行動ではない。今のところ、立ち上がるだけで精一杯だ。人間に近い動きができるようになるまであと何十年かかるかわからない。たぶんぼくの寿命が先に尽きる。」
ならば未来へ行って...と翡翠は言いかけて飲み込んだ。ダメだ、たとえ歴史でなくて物語だとしても、ヴィクターを未来の人造人間の物語に接続するわけにはいかない。あっちはあっちで地獄が待っている。翡翠はヴィクターの顔色をうかがった。
「でもそれでかまわない。科学の進歩は世代を重ねて続いて行く。ぼくも世代交代の準備をしなければならない。もうインゴルシュタットは引き払うよ。実験室ごとジュネーブに引っ越す。そして婚約者のエリザベスと結婚する。子どもができればその子たちが研究を引き継いでくれるかも知れない。フランケンシュタイン・ロボティックスはジュネーブで企業として生まれ変わるんだ。」
「おめでとう。その決断を祝福します。きっとこの子は年老いたあなたにお茶を持ってきてくれるでしょう。奥様の焼いたクッキーでティータイム、素敵です。」
「どうした、翡翠、ずいぶん早く帰ってきたな。」
「はい、ヴィクターは進む道を見つけたようなので。」
「なんだ、もう一波乱あるかと思っていたぞ。」
「いえ、波乱を起こさない選択をしたのです。それより女神様、そのお姿...」
「はっはっは、女神の若返り。どう?かわいい?」
「いや、その、見慣れなくて...」
「喋り方もヤングにシフトだよ。」
「青水さんは何と?」
「キュートでハートがずっきゅん、だとか。」
「はあ、なんか『ヤング』という形容がピッタリですね。」
「だろ、だろ~!」
どんどん女神らしくなくなって行く。キャラの崩壊って怖い...