翡翠さん、ヴィクターを連れ回す
今回は試練の女神の全面的な協力で、時空の壁を越えてあちこちに出没できるのです。ドラえもんみたいですね。
「おい、青水よ、今回はえらく短いな。」
「これから長い話が始まるからな。オープニングは簡潔に、だ。」
「私が時空を超えて2人をあっちこっちに運ぶのか?女神使いの荒い奴だ。」
「暇そうだから別に良いだろ。」
「暇ではない。世界に試練を課す仕事がある。」
「みんな迷惑してるからそれやめてくれないかな。」
「貴様...」
「はい、マシュマロ!はっはっは、油断したね、試練ちゃん。」
「ジャディー、ここはどこですか?」
「古代ギリシャのキプロス。あそこに見えるのはピグマリオンと...彼が作った彫像です。」
「彫像?生きている女性ではないですか。」
「彫像だったのです。あの男性は現実の女性に失望して、一心不乱に理想の女性を掘り続け、やがて完成した彫像に恋をします。そして愛の女神、アフロディーテでもウェヌスでも良いですが、女神に祈りを捧げた結果、彫像に命を吹き込んでもらったのです。」
「女性の名前は?」
「この物語はとても古く、ローマ時代のオウィディウスのヴァージョンでは女性に名前はありません。18世紀にジャン・ジャック・ルソーがこれを元に作ったメロドラマで初めてガラティアという名前が付けられました。」
「なぜここに連れてきたのです?」
「自分で作った女に恋をするというモチーフの原型だからです。」
「私がそうなると?」
「さあ、それはわかりません。未来は何が起こるかわかりませんからね。ただ、自分が作り出した美しい被造物を好きになる、これは美学的に正しいのでは?」
「そうですね、醜いものに戦慄を覚え、美しいものに魅せられる、それは自然だと思います。あの2人は幸せになるのですか?」
「古代のヴァージョンでは、ですね。近代になると、自己と他者、自己の自我と他者の自我の関係が複雑になりますから、必ずしもそうはならないようです。」
「自我なき存在が自我を得ると、どう向き合えばわからなくなる、そういうことでしょうか?」
「はい、それはあなたにとって根源的な問題かも知れません。それでは次にちょっとした寄り道してかわいい人形を覗き見しましょう。」
「なんですか、これは?アヒルのようですが。」
「はい、ジャック・ド・ヴォカンソンという発明家が作った機械アヒルです。ヴォカンソンの名はご存じなのでは?」
「はい、数々のオートマタを作り、工学機械の発達にも寄与した偉大な発明家です。」
「このアヒルは400点の可動部品で構成され、羽ばたくことができ、水を飲み、穀物をついばんで消化し、排泄することができる、と喧伝されましたが、最後の有機体特有の行動は、実は偽装したものです。」
「彼はなぜこのようなものを作ろうと思ったのでしょう?」
「あなたは動物機械論についてご存じですか?」
「はい、ルネ・デカルトが世界を思惟実体(res cogitans)と延長実体(res extensa)に分けて、前者は自由な意識、後者は幾何学的に処理可能な物質世界として、相互に独立したものとしました。有機物としての肉体は、延長という質から考えれば機械と同じです。人間には魂という厄介なものがあるので簡単に機械的処理ができませんが、魂のない動物は機械と同じだ、という考え方です。」
「その通り、ヴォカンソンは動物機械論に沿って機械アヒルを作ったのでしょう。特権的な魂を脳という物質的機構に置き換える人間機械論まではあと1歩ですが、私たちは次に肉体なき精神という奇妙なものを見物しに参ります。」
「ここはどこですか?」
「ファウスト博士の研究室です。ご存じですよね?」
「はい、ドイツ民衆本でもゲーテの戯曲でも読みました。」
「ここはファウストの助手であるヴァーグナーがホムンクルスを生成しようとしている現場です。」
「あの錬金術師たちが追い求めた人工生命体!」
「はい、あなたも少年時代にはずいぶんと錬金術の本を熟読していましたね。」
「たしかホムンクルスは、パラケルススによれば、精子から培養して作ります。人間の精液をガラス瓶に密封して放置すると、生命の元である小人ができて、それを子宮と同じ温度に保たれた容器に入れて40週間、人間の生き血を与え続ければ誕生すると。」
「精子を培養すれば生命になるとは何とも荒唐無稽な発想ですね。女体は培養容器ですか。まあ中世のジェンダー観なんてそんなものでしょう。さて、ヴァーグナーのホムンクルス生成はパラケルススの小汚い方法とは違って、結晶化がその鍵です。人間の材料となるものをフラスコの中に密閉し、蒸留、分留、乾留を施して、自然が有機構成(organisieren)したものを結晶化(kristalisieren)することでホムンクルスは誕生します。」
「この小人はどうなったのか、ゲーテを読んだのがずいぶん前なので忘れてしまいました。」
「精神だけの存在であるゲーテのホムンクルスは肉体を得ようとして、古代の自然哲学の争いに巻き込まれて消失します。」
「ああ、そうでした。ガラテイアの玉座に引き寄せられて...」
「では次の場所に行きますよ。あなたとほぼ同じ時期のベルリンです。」
「あの男性は何をしているのですか?」
「見ておわかりのように自動人形と踊っているのです。」
「踊りながら必死で語りかけているように見えますが。」
「はい、彼、ナタナエルという名ですが、彼は自動人形オリンピアを生きた人間だと思い込み、愛の言葉を囁き続けているのです。」
「はあ...」
「端から見れば奇妙で、しかも少し不気味ですね。ですが、最初に訪れたピグマリオンも似たようなものでした。」
「あれを見ていたら、私も自信がなくなってきました。」
「根源的な欲望に根ざしていますからね。女性を介した生殖は、永遠の神話的調和からの追放でもあります。生殖によって世代交代する人間は、誕生と死の狭間の人生を苦痛と労苦によって支え続けなければなりません。カトリックではこれを涙の谷といいます。人間が生殖を介在させずに人間を作る、これはあなたの欲望でもありますが、それができれば、宿命的な労苦の反復のルールに綻びを作り、覆す可能性を開くことができるかもしれません。それゆえプロメテウス的挑戦でもあるのです。」
行った先行った先で、翡翠さんの長台詞が炸裂です。アニメ化したらCVは大変ですね。