かぐや姫と帝――星空のデート!
かぐや姫のラスト、どうなるのでしょう?デートですって?
「青水よ、翡翠はかぐや姫の正体を知らずに派遣されたのか?」
「うん、知らないほうがいろいろ苦労して撮れ高が稼げる。」
「おまえね、動画配信者みたいな口の利き方やめろ。」
「だってさ、最初から知ってたら、すぐ月との連絡方法を探り始めそうでしょ。でもって月に乗り込んで、何なら初の対異星人戦に突入したりして、ちっとも雅じゃないじゃん。」
「まあたしかに。」
「ここは物語に寄り添ってだね、地上と月の間の倫理的亀裂をどうにか修復しつつ、うまいこと調律の巫女として落とし所を探らなければならないんだよ。」
「帝はどんな目に遭うのか楽しみじゃ。」
翡翠は内裏を出て竹取の翁の家に向かった。かぐや姫とはまだ直接に対峙していない。会えば何かわかるだろうか?
「こんにちは、かぐや姫。私は御巫翡翠と申す旅の巫女でございます。少しお話し、よろしいでしょうか?」
「おお、女が妾を訪ねてくるとは珍しい。何の用じゃ?」
「かぐや姫とお付き合いしたくて無理難題の要求に応えようとした皇子たちは、みな悲惨な末路をたどりました。」
「偽物を掴ませようとしたり、ケチな手を使った報いじゃな。」
「憐憫の情はいっさい感じられませんか?」
「ないな。自業自得だ。嫌なら来なければ良かっただけ。誰も来いとは言っておらん。」
「そうでございますか。たしかに理はございますね。」
「妾は理に生きる女、情に流される安い女ではない。」
「それではお聞かせ願いたいのですが、どのような理で地上へやってこられたのです?」
「な、何を言い出す?」
「翁の話を聞く限り、あなたは地上の存在ではありえません。どこか遠く、この世界の枠組みの外側からやってきたとしか考えられないのです。」
「そんなことは妾の知ったことではない。」
「もうすぐ帝もあなたを訪れるでしょう。この国を司る唯一無二の存在です。あなたに無理難題を吹っかける暇も与えず連れ去るかも知れません。そのとき、通常の人間ならそのまま連れ去られるしかない状況で、あなたは正体の一端を現すことになるでしょう。私はそれを観察して、持てる知識と術のすべてを動員して一連の事件の核心を突き止める所存です。それではごきげんよう。」
翡翠の予言通り、数日後に帝の使者がやってきた。しかしかぐや姫は頑として会おうとはしない。帝の使者を粗略に取り扱えないとなだめる媼だが、「帝の召してののたまはむこと、かしこしとも思はず」と不敬極まりない態度で突っぱねるかぐや姫。これはもう、戦前戦後なら大変なことだが、国語教育の現場でどのように対処していたのだろう?帝の命令だからとさらに食い下がる使いの侍に、かぐや姫はついに、「国王の仰せ言を背かば、はや殺し給ひてよかし」と最終通告。非国民、たしかに非国民だが、そもそも地球人ではないので非国民も何もあったものではない。内侍は諦めて、内裏へ帰還し、事の次第を帝に告げたら、「多くの人殺してける心ぞかし」と一瞬ビビる。しかし、そんなに美しいのなら何としても手に入れてやると、翡翠の警告も忘れて、今度は翁に手を回す。宮仕えに献上したら位を与えるというのだ。平安時代に合って位持ちと位なしでは雲泥の差、翁はさらにかぐや姫に迫ると、そんなに官位が欲しいのなら、一時的に出向いてそれから死んでやると、手の付けられない自己愛的脆弱性。思い通りにならないとすぐ死んでやるという若年性女性にありがちな症状。挙げ句の果てに、「なほ虚言かと、仕うまつらせて死なずやあると見給へ」と、つまり、死ぬ死ぬ詐欺だと思ってるなら試しに宮仕えに出して見ろよ、あん?という昭和のスケバンのような啖呵を切る始末。かぐや姫ってそうとうヤバいのでは?
諦めきれない帝は、不意打ちで翁の家を訪ね、かぐや姫を捕まえて無理矢理連れ去ろうとしたが、翡翠の予想通り、「きと影になりぬ」。人間ではないからできる技。帝は、だったら無理矢理連れて行かないから元の姿に戻ってその美しい顔を拝ませてくれと懇願する始末。そんなこんなで、なぜかLINEの交換のように和歌の交換が始まり、帝はせっせと歌を詠んでは送りつけ返事を待つ毎日になった。これって、キャバ嬢が客からのLINEにため息付きながら返信しているようなものだろうか。
翡翠はこの一連の出来事を観察して、やはり異世界からの闖入者、それも自分が属している異世界ではなく、もっと異質な異世界から来た存在であるとの確信を強めたのであった。だが、介入できるポイントが見つからない。翡翠は焦るなと自分に言い聞かせた。そんな日々がしばらく続き、翡翠は帝とかぐや姫の関係に変化が現れているのに気付いた。
「かぐや姫さん、翡翠です。最近は帝との歌のやりとりも楽しそうですね。」
「そう見えますか?妾はこの地の思い出を美しいものにしたいのです。どうせ思い出にしかならないのですから。」
「それはまるでこの先がないように聞こえますが。」
「はい、翡翠さんだけにお聞かせしましょう。妾は、8月15日に月へ帰らなければならないのです。そう、翡翠さんがお察しになったとおり、私は地上の人間ではなくて月の姫なのです。事情があって地上に流刑になっていましたが、刑期が明けて月へ戻ります。帝とも父母ともお別れです。これは決定事項なので変えられません。」
生まれ故郷に戻る、これに介入することはできない、許されない。翡翠は自分に何ができるか考えた。
「帰る前に最高の思い出作り、しましょうよ。」
「思い出作り?」
「そうです。せっかく帝と仲良くなれたのだから、一度もデートもしないでお別れなんて悲しすぎます。星空のデート、私に任せてください。」
翡翠はその脚で安倍晴明を訪ね、事の次第を細かく伝えた。清明は驚いたようだったが、しばらく考えて翡翠に耳打ちした。耳打ちしながら、清明の顔は少年のようにいきいきと紅潮してきた。
翌日、翡翠は清明とともに内裏を訪れ、帝に謁見した。そして、かぐや姫が月から来た異界の民であることを帝に告げた。帝は、だいたい察していたようでさほど驚かなかった。これまでかぐや姫のことで十分に涙は流した。今さら泣き崩れるなんてことはさすがにできない。帝は気丈に顔を上げた。
「かぐや姫が月から来た姫なら、帝との最後の夜は星空で過ごしていただこうと思いました。」安倍晴明はいたずらっぽく微笑んだ。
「星空のデートですよ、帝!」翡翠は、平安時代にはまだなかった「ガンバッ!」のポーズをした。
「今宵、私と翡翠殿の術の限りを尽くして、帝と姫を星の逢瀬にご招待つかまつる。目を閉じてくだされ!」清明は短く術を唱えて帝の身体を光の玉の中にはめ込み、それを翡翠が空高く浮上させた。
「かぐや姫を迎えに行きますよ~!」
翡翠は懐から御幣を取りだし何度か降ると、帝を乗せた光の玉は翁の家に向かって流れ星のように飛んだ。翡翠と清明はそれを追って風を纏って飛び、かぐや姫を連れ出した。
「光の玉では風情がありませんな。」清明が呪文を唱えると、玉は光り輝く船になった。
「さあ、帝も姫も乗ってください。星空のデートです!」
翡翠と清明に送り出されて、帝とかぐやは流れ星が花火のように降り注ぐ夏空に飛び出したのだった。
なんか書いていてディズニーアニメみたいになってしまいました。はっはっは。流星降り注ぐ星空、これはぼくの中では、少年時代に夢中になった稲垣足穂の世界を彷彿させます。