翡翠さん、月のわがまま姫をどうにかしましょう
いやホント、オープンソースのテクストにネットでピュ~ンは便利すぎて逆に苦労します。ということで次は和物ですね。日本最古の物語ともいわれる竹取物語。ああ、止めろっ!最古だけにサイコって書きたくなって...結局書いてるやないかいっ!
「法廷弁論の叙述、おまえには荷が重すぎなかったか?」
「重すぎて肩こりだよ、まったく。」
「さて次はどこへ行く?ハムレットか?マクベスか?」
「もうやらないよ、シェイクスピア。俺の負担が半端ない。」
「ほう、すぐ音を上げるとはおまえらしいな。」
「シェイクスピアの作品はすべて »Projekt Gutenberg »でオープンソースになってるの。だからつい行って目を通したくなるだろ。そしたらあなた、これ英語ですかってレベルの謎文字の謎結合。ずいぶん前から実業界や工学系の学者から、『シェイクスピアを読む英語ばかり教えてるからいつまでたっても日本人は英語ができない』という金太郎飴発言が相次いだけど、シェイクスピアを読む英語なんて教えてるわけねえよ。自分で行ってその目で見てみろ。こんなの一握りのマニアのための英語だよ。というわけで、俺はまずそこで気力と体力を削られた。もうやだ。」
「文庫本の翻訳ベースで問題なかろう?」
「そうなんだけどさ、ネットでピョ~ンと飛ぶと原文にアクセスできるとなると、つい見ちゃうのよ。」
「哀れな奴だな。」
「なので次はまた和の世界へ戻る。」
「ほう、源氏物語にでも介入するか?」
「アナタ、ワタシニシネイイマスカ?」
「何だ?ドラクエの商人か?」
「楽なところで楽しく介入させろ。次の胸くそ案件、それはあの女、かぐや姫だ。」
「竹取物語か。何が胸くそなのじゃ?」
「あの女、次から次に貢ぎ物を要求しおって、完遂できずに崩れ落ちた男たちに対して全く感情が動かない。投げ銭を集めるくそライバーだって少しは愛想良くして、承認欲求マネタイズを最適化してるというのに、こいつときたら貢ぎ物を見ても口角を1ミリも上げない。このグラスドールをギャフンと言わせるのが今回の翡翠さんのミッションだ。」
「あの姫は異星人という設定だったな。これは地球文明の外に働きかける調律の介入だから、かなり難易度が高いのではないか?」
「われらの翡翠さんならやってくれる。俺は信じてる。」
翡翠は平安時代の都に送られた。やんわり都となったのは、なんと竹取物語の聖地争いが自治体レベルであるので、奈良県広陵町とも京都府京田辺市とも明言できないからだ。ファンタジーの聖地争い、これは何というか...いや、口出しは控えよう。
「ここが竹取の翁とミニかぐやの出会いの場ですね。竹をパッカーンと斬ったら中からかぐや姫が出てきたのかと思っていたら、違うみたいです。危ないですものね。『その竹の中にもと光る竹なむ一筋ありける。』根元が光る竹が1本あって、寄りて見るに筒の中光たり。その中に三寸ばかりなる人、はい、ミニかぐやです。10cm未満ですからフェアリーですね、羽根はないけど。翁は持ち帰ってペットにしようとします。」
翡翠は翁の家へ行ってみた。なんだか羽振りが良い。竹の販売ってそんなに潤うものかと、家の中を覗くと、なんだかキラキラしている。「屋の内は暗きところなく、光満ちたり。」
「翁さん、でよろしいのでしょうか?それとも讃岐の造さん?こんにちは、私、旅の巫女の翡翠と申します。家の中、すごくキラキラしていますね。」
「ああ、これは巫女様。はい、面倒なので翁でかまいません。この子を育て始めたら、黄金がつまった竹が良く見つかるようになりまして、生活もずいぶん楽になりました。あっというまに大人になってしまい、少々面食らっております。もう爺ちゃんと一緒に風呂に入らないと言われてしまいましてな。」
「はあ、それはまあ昨今ではありがちですね。でも大人になったのだから、いつまでも名無しの姫でいるわけにはいきませんね。」
「はい、なので神事を司るそれなりの方に黄金をたんまり包んで名前を付けてもらいました。なよ竹のかぐや、しなやかな竹が輝くような姫という意味だそうです。ありがたい名前で嬉しいのですが、このお方、名前は秋田というのですが、それ以来ずっと家に居座って酒盛りの日々です。」
「ろくでもない人を名付け親にしてしまいましたね。」
「いえ、貴族なんてみんなそんなものですよ。おかげで世間に隠して大事に育てたかぐや姫の存在が...」
「世間に拡散してしまった?」
「はい。そのせいで女好きの貴族が次から次にやってきて、かぐやを嫁にくれとうるさくねだるのです。」
「それは...何と言いましょうか、美の制御不可能な吸引力です。命をつなぐために神が仕込んだ根源的な構造なので、その...どうしようもありません。ほとぼりが冷めるまで気長に待つしかありませんね。かぐや姫が適当な男性と結婚してしまえば、問題は解決するのでしょうが。」
「かぐやは無理難題を言って諦めさせようとしたみたいなのですが、女好きの性とは恐ろしいものです、無理難題に挑む命知らずが次から次と...」
「無理難題とは文字通り成就するのが無理な課題ですから、挑むべきではありませんね。場合によっては死にますよ。」
「はい、なのでかぐやにもその旨を伝えたのですが、『何か難からむ』と全く意に介さない。」
「あ、それが人間らしさの欠片も見られないかぐや姫の本質。まさにグラスドールですね。」
「は?鞍州?」
「いえ、お気になさらず。で、どなたかお亡くなりになりましたか?」
「はい、おそらく。石作皇子は仏の御石の鉢を求められて偽物を差し出し、バレて鉢を捨てて帰りました。鉢と恥のダジャレだけが残りました。車持皇子は、職人をたくさん雇い入れて精巧な蓬莱の玉の枝を作らせ、かぐや姫ももう少しで騙されるところでしたが、職人たちが未払いの報酬を求めて当家に押し寄せ贋作が発覚。職人たちには当家から褒美を取らせましたが、この皇子が逆ギレして職人たちを打擲し褒美も奪い取りました。酷い。で、恥ずかしいのか、山に籠もって出てこなくなり、玉にかけた『たまさかる』というダジャレとともに生死不明となりました。右大臣阿倍御主人は、火にくべても燃えない火鼠の皮衣を求められましたが、大枚をはたいて唐の商人から買ったのに、かぐや姫が火にくべたら燃えてしまいました。『皮は火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫、逢ひたまわず』となりまして、『あへなし』という言葉が生まれたと、またもやダジャレを残して離脱です。次は大物、大納言大伴御行が龍の首の玉を取ってこいと言われます。家来に探索させましたがうまくいかず、自ら海に出て船酔いでゲロを吐きながら頑張りましたが遭難して病に倒れます。さすがにこの方は怒って、『かぐや姫てふ大盗人の奴が、人を殺さむとするなりけり』とおっしゃっていたそうです。最後は中納言石上麻呂、燕が産卵時に落とすという子安貝を探すよう命じられました。自ら挑んで燕の巣にアクセスできましたが、燕の子安貝ではなくて燕の糞を掴んで落下し、重傷を負われました。このときも『かいなし』と『かいあり』のダジャレを残し、中納言はお亡くなりになりました。」
「なかなかのサイコパスっぷりですね。」
「は、何と?最古波酢?」
「いえ、お気になさらず。ただ、人の心が微塵も感じられません。」
「それはそうでしょう。姿形は大人でもまだ三ヶ月です。本来なら言葉も喋れない赤子なのです。結婚なんて過酷すぎます。児童婚が許しがたい世界で赤子婚ですよ。」
「なるほど、そこは配慮すべき点のようですね。わかりました、貴重なお話、ありがとうございました。」
翡翠は一礼すると翁宅を出て内裏へ向かった。とはいえ、このまま帝にお目通りできるとは思えない。誰に導き入れてもらえるだろう?しばし考えを巡らせた結果、陰陽師の伝手を頼ることにした。式神を放って連絡を取れば同業者のよしみで何か手助けしてくれるはずだ。しばらくすると式神が別の式神を伴って戻ってきた。安倍晴明が社で待つとのことだった。
「初めまして、御巫翡翠と申します。」
「安倍晴明と申す陰陽師です。そなたも式神を飛ばしたということは陰陽術の使い手か?」
「はい、少々手を加えた形で使っております。」
「この清明に何かご用ですかな?」
「はい、どうしても帝のお耳に入れておきたいことがございます。世間を騒がせているかぐや姫についてです。かぐや姫のせいでたくさんの皇子や大臣が酷い目に遭われたり、果てはお亡くなりになっています。都の中枢にいた方々です。国の大事です。」
「そうですか。どうやら急を要するようじゃ。今すぐ会えるように取り計らいましょう。どうぞ付いてきてください。」
清明は短く術を唱えると風を纏って宙に浮いた。翡翠もその風に乗って内裏へと向かった。
「安倍晴明でございます。この者がかぐや姫について帝に緊急に申し上げることがあるというのでお連れ申しました。」
「よかろう、通れ。」
内裏の広間の几帳の奥に帝がいた。翡翠は一礼の後、頭を上げずに語り始めた。
「このように直接訪れたご無礼、お許しください。帝のお耳にももう入っていると思われますが、5人の皇子や大臣など政の中心にいる方々がかぐや姫の色香に惑わされて不幸な末路を遂げました。これは由々しき事態と思い、対策を講じるために馳せ参じました。」
「ほう、対策とな。」
「はい、帝はやがてかぐや姫への興味を抑えきれなくなり、逢いに出かけると思われます。今は気持ちを抑えていらっしゃるかも知れませんが、かぐや姫には何か特別な力が備わっているようで、帝も吸い寄せられると思われます。もちろん絶世の美女、すぐにでも契りたいと誰もが思い、そのためなら命も賭ける、というのがこれまで事件のあらましでした。帝とて例外ではありますまい。ですが、これだけは覚えておいてください。かぐや姫は人間ではありません。その出生の秘密からして人間とはかけ離れているのです。ほんの三ヶ月前、竹取の翁が見つけた光る竹の中にいたのが三寸の姫君、そしてわずか三ヶ月で大人の姿になりました。惨めな末路をたどった5人の皇子たちへの対応も人間とは思えない、感情の欠片もないものでした。おそらく帝が力ずくでものにしようとしても、霧になって逃れるなどのあやかしの技を使うと思われます。なので...運命は帝をかぐや姫の元に送り出すでしょうが、かぐや姫が人間ではないということを何卒心に深く留め置かれますようお願い申し上げます。私は持てる知識と術のすべてを投じて事態の解明に務めます。」
「うむ、わかった。心に留め置こう。大義であった。」
1回で終わらなくて後半を次回へ回します。申し訳ありませんでした。ちょっと雑務も残っているので、片手間にそれをやりながらになっています。