2人の姫の唇は守った。不同意キス、ダメ、絶対!
姫2人を同時に助けるミッション、けっこう忙しいみたいです。
妖精を招待した宴が始まった。王と王妃は天使が娘を抱いて現れるのを待っていた。
「さあ、王よ、王妃よ、神の御許から連れ帰った我が子を抱くのです。その身に神の祝福を得た我が子を!」
翡翠分身の手から娘を受け取った王と王妃は涙を流して喜んだ。そして宴の招客たちからも歓声が上がった。その歓声を受けながら、翡翠分身壱はゆっくりと翼をはためかせて天窓から空へ登った。
「これで良いでしょう。呪いは回避されました。妖精たちも神の祝福を受けたと宣言された子どもに手出しすることはないはずです。またしばらくしたら様子を見に来ましょう。次は白雪姫ですね。まずは継母の様子を見に行きましょう。」
「鏡よ、鏡よ、鏡さん...ん?誰です、あなたは?」
「旅の占い師です。ネフレティカと申します。」
「奇態な衣装のうえに雑にローブを羽織って杖を持てば旅の占い師になれるというのですか?あきれた娘だ。とっとと出て行きなさい!」
「奥様に耳寄りなお話があるのです。」
「信じられるものですか。その黒髪、思い出したくないものを思い出させる。出て行かぬなら、この腰紐で縛って毒の櫛を頭に打ち込みますよ。」
「まあお待ちを。そこまでおっしゃるなら無理にとは言いません。はい、消えます。」
分身弐は収束した。目の前で人間が雲散霧消したのを見て継母は腰が抜けるほど驚いた。その彼女の前に再び同じ姿の、今度は分身参が現れた。
「そなたは一体...?」
「はい、私は時空の理から少し外れることができるのです。その特性を活かして知り得たことをきょうは奥様にお知らせしたく参上した次第です。」
「何なのです、その知り得たこととは?」
「奥様に懸想している殿方がいるということです。」
「まあ私の美貌に抗える殿方がいるとは思えませんね。当然のことです。」
「その殿方とは、実はこの国の王子なのです。奥様の姿を一目見たときから、恋の病に身悶えする日々です。」
「まあ、何と哀れな...」
「逢っていただけるでしょうか?」
「良いでしょう。準備があるので来月にでも。」
「ありがとうございます。さっそく王宮に伝えに参ります。」
そのころ白雪姫は、継母が仕込んだ腰紐と毒櫛で瀕死の重傷で伏せっていた。彼女の周りには7人のドワーフたちが集まって彼女を心配そうに見守っている。そう、コビトと言っても実は英語でDwarf ドイツ語でZwerg 身長は低いが筋骨隆々で手先が器用、鍛冶屋の仕事をさせれば超一流の工学系種族なのだ。
「あの継母、しつこいな。」
「何度襲ってきても俺たちの超技術で助けてしまうんだがな。」
「新作のキュアボックスに一晩入れておけばたいていの疾患や毒は消える。」
「ただやられているばかりでは面白くない。仕返しに行こうぜ!」
「ちょっとお待ちなさい!」修道女姿の翡翠本人が現れた。
「なんだい、シスター、俺たちはもう我慢の限界なんだよ。」
「もう少し待つと、あの継母が大恥かいて胸がスッキリしますよ。しっかり仕込みましたからね。」
「そうなのか?白雪姫と同じきれいな黒髪のあんたが言うなら信じるけどさ。」
「何か協力が必要になるかもしれないので、そのときはお願いね。」
「もちろんだぜ!」
ドワーフたちと別れて森の中をしばらく歩くと、棘のようなものが飛んできて翡翠の頬に傷を付けた。見れば頭に巨大な薔薇を付けた奇妙な怪物が棘を飛ばしている。
「貴様か、わしの邪魔をしたのは?」
「何のことです?」
「あの王女に呪いをかけさせる計画を潰したのはおまえだな?」
「15歳になったら棘の城に囚われて眠り続ける呪いですか?神の御使いに逆らってまで呪いをかけようという妖精はいません。私は何もしていません。」
「ふん、他の者の目は騙せても、わしの目は節穴ではない。あの天使はおまえが演じた茶番だ。死んで償え!」
「この姿で太刀を振るうわけにはいきませんね。仕方がない、あまり出したくはなかったのですが、この姿で荒事に臨むならこれしかありません。」
翡翠は分身や式神を出す要領で霊力消費の武器を顕現させた。月煌と同じ輝きと持つ月煌刃である。
薔薇の妖精王が飛ばす棘を月煌刃はすべて弾き飛ばし戻ってくる。棘は攻撃するたびに減るのに対して月煌刃は戻ってくるので減らない。敵の棘の数が減ってきたところで、月煌刃は自律的に攻撃へモードを変えた。ファンネルのような全方位攻撃が敵を翻弄し、着実にダメージを与える。
「くそ、貴様、奇妙な術を使いおって...」
HPが半分ほどになったころ、薔薇の妖精王は離脱の機会をうかがい始めた。
「逃がして欲しそうですね。でも月煌刃は私とは別人格なので、収束させるまでは攻撃をやめないでしょう。」
「頼む、何でも言うことを聞く。」
「そうですか。では御巫翡翠が問う。なぜ王女を眠らせて棘の城に閉じ込めようとした?」
「150年間好きに弄ぶためだ。」
「そうですか、なら...あら大変、収束させる仕組みが壊れたようです。」
「え?ふざけんなよ...」
「ゲスな発言を聞くとバグが起こるようです。諦めてください。」
薔薇の妖精王は倒れた。これで王女が棘の城に幽閉されて眠り続ける心配もなくなった。これで眠り姫に関しては、どこぞの王子に勝手に寝ている間にキスされないようにするというミッションだけが残った。さて、どうしたものか?それは追々考えるとして、今は白雪姫の継母の件を片付けなければならない。
宮廷の侍女の服装に着替えてリンゴの馬車で白雪姫の実家へ迎えに行くと、継母が盛大な厚化粧で待っていた。ドレスも年齢に不相応に若作りだ。
「まあ、お美しいですわ、奥様。王子様も大喜びなさるでしょう。」
「ほほほ、そうでしょうね。ああ、早くこの胸に抱きしめて差し上げたい。」
「その願いはきっとすぐんいかないますわ。ささ、こちらへ。」
継母が通された部屋のカウチに王子が、まるで魂が抜け落ちたような顔で座っていた。翡翠に促されて継母が近寄ると、その背後で翡翠の短い呪文が放たれた。」
「恋の霧よ、甘く立ち込め、二人の心、いま結びつけ!急々如律令!」
2人にだけ見える桃色の霧に包まれて、王子と継母はひしと抱き合い唇をむさぼり合った。世界を腐らせるような陳腐な愛の言葉をかけあいながら。
「これで継母と王子がくっつきました。術は5年は解けないでしょう。その間はどうかお幸せに。」
7人のドワーフの工房に行くと、白雪姫はすっかり治っていて、せっせと家事炊事に精を出していた。
「やりましたよ。継母と王子をくっつけました。5年間は色ボケの生活を続けて王家は傾くでしょう。それまでこちらは工業力を全開にブーストして力を付けましょう。術が解けて2人が罵り合うころに、ドワーフ白雪共和国が王国を打倒して、長年の因縁に終止符を打つのです。」
翡翠は再び天使モードの分身壱を召喚して眠り姫の王国へ飛ばせた。王と王妃の手から姫を解き放つためである。というのも、このままではどこぞの王子にキスされてしまうおそれがあるからだ。天使モード翡翠分身壱は王と王妃に言った。
「王よ、王妃よ、神の加護もあって王女は無事に成人した。しかし、このままこの国に置いておくと、どこぞの王族が姫を強引に自分のものにしようとするかもしれない。王よ、残念ながらあなたにそれを止める力はなさそうだ。なので、神は新興のドワーフ白雪共和国に姫の庇護を求めた。あの国の庇護を受け、新興国の工業力を自らの目と耳で見聞きして見聞を広げ、この国のさらなる発展を促す力を姫自らが手にするようにと。幸い白雪姫と眠り姫は年格好も似ており、必ずや仲良くできるであろう。ドワーフ白雪共和国へは私も同行しよう。さあ、早く姫に旅支度を!」
王女を乗せた馬車がドワーフ白雪共和国の城門に吸い込まれるのを見たとき、翡翠はミッション・コンプリートを確信した。
今までの翡翠さんからは想像が付かない活躍も見られました。倫理的に微妙なこともやっちゃうんですね。