義経の船出、そして新しい命
弁慶が生きていましたね。そりゃそうです。ラノベなのにあそこで死なせるわけにはいきません。ラノベの神の神罰を受けます。
「あたたた....」
弁慶は目を覚ました。山の中の集落のようだ。板張りの小屋で筵の上に寝かされていた。傍らで汗を拭いたり包帯を替えて看病する少女がいた。
「全部で13本あったぞ、おまえの身体から引き抜いた矢は。ふつうなら死んでるぞ。なんて頑丈な身体だ。」
「助けてくれたのか?かたじけない。」
「ふん、こんな頑丈な男、もったいなくてそう簡単に死なせるわけにはいかない。もう飯は食えるか?」
「ああ、弁当を食う前に攻撃されたからな。」
「よし、なら飯を食って、それから風呂だ。」
集落からそう遠くない場所に温泉があった。
「この湯は傷を治す。ゆっくり浸かると良い。」
少女は裸になるとさっさと湯に浸かった。
「わしはおまえが出てからで良い。」
「何を恥ずかしがってる。おまえの裸は隅々までもう見た。」
少女に促されて弁慶は気まずそうに湯に浸かった。
「どうだ、傷がふやけてきただろう?湯から出たら薬草を塗り込んでやる。」
「なぜ助けてくれた?ただの坊主で金も持っていない。」
「頑丈で立派な身体を持っているからな、一目で気に入った。私の名前は狭霧、今年で15歳だ。」
「そうか、気に入られて良かった。拙僧は弁慶、武蔵坊弁慶だ。」名乗りながら弁慶はもじもじした。
「風呂から出て薬草を塗ったら狩りに行く。精を付けてもらわんとならんからな。」
狩りは簡単に終わった。狭霧が矢を射て、手負いになった猪を弁慶が金棒で殴り殺す。
「はっはっは、おまえと一緒なら食うに困ることはなさそうだ。どうだ、夫婦にならんか?」
「いや、私は主君のあとを追わなければならん身で。」
「そうか、まあ無理は言わん。里に帰ってこいつで酒を飲もう。」
里の広場で猪を捌き、精の付きそうな背肉の他に肝と心臓と睾丸を狭霧が取り、残りは里の仲間にくれてやった。
「さあ、食おうぜ。この山羊乳の酒も格別だ。」
食うほどに飲むほどに、弁慶は心地よい身体の火照りを感じ、やがてその場ですやすやと寝てしまった。
「ふふふ、かわいいものだ。悪いけど、今宵を逃すと二度と手に入りそうもないから、その子種を頂くよ。あたしは欲しいものはどんな手を使っても必ず手に入れるのさ。月を見ればわかる。おまえの子どもを必ず身籠もってみせる。」
翌朝、弁慶は裸に法衣がかけられた状態で目覚めた。傍らに狭霧がしどけない姿で寝ていた。一瞬何だと思ったが、何の記憶もないし、そうした経験も皆無だったので、気にすることもなく法衣を纏い顔を洗った。義経一行を追わなければならない。
出立の準備をしていると、狭霧が起きてきた。肌の艶が良く朝日にキラキラ輝いている。
「もう行くのか?」
「ああ、世話になった。」
「ならこの薙刀を持って行け。こないだ偉そうな武士の骸から剥ぎ取ったものだ。僧兵といえば薙刀だろう?金棒もおまえらしくて良いけどな。」
「良いのか?これはなかなかの名品だぞ。銘も入っている。」
「良いんだよ。父ちゃんへの餞別だ。」
狭霧は一瞬だけ寂しそうな顔をして弁慶に抱きついた。
「父ちゃん?」
「はっはっは、気にするな。息災でな!」
義経一行は秋田で船を探していた。地元の商人に訊いたところ、大きくて堅牢な船はこのあたりでは手に入らないらしい。出羽の港まで行けば何とかなろうという話だった。
「出羽の港といえば酒田ですか。そこまで船で行きましょう。陸上より安全です。」
翡翠は漁師の家を回って酒田まで運んでくれる船を探した。巨漢の弁慶がいないので、何とか6人をぎりぎり詰め込める船が見つかった。
弁慶はようやく秋田に到着し、義経一行の行き先を尋ねて回った。船に乗るとは聞いていなかったので、行き先を割り出すのに時間がかかった。路銀を稼ぐために山で熊や猪を狩った。長刀がだんだん手に馴染んでくる。地元の市場では、熊狩り坊主として有名になった。こうして数日が過ぎた。
酒田に到着した義経一行は、港で船を探した。泰衡から金塊をもらったので資金力は十分だが、現役で運行中の船を買い取るとなると吹っかけられるおそれもある。義経は一計を案じて賭に出た。
「これは後白河法皇より賜れた院宣である。頼朝討伐の任を全うするため船が必要となった。十分な対価を支払うので船を提供していただきたい。」
都から遠く離れた酒田で「後白河法皇の院宣」という言葉は強い力を発揮した。1人の商人が前に出た。
「お侍様、この船は高麗との交易にも使える堅牢な船です。手放すのは惜しいのですが、後白河法皇のお役に立てるなら喜んで提供いたしましょう。船はまた建造すれば良いのです。ですが朝廷のお役に立てる機会などなかなか出会えるものではありません。」
弁慶は義経一行の行き先をようやく掴んだ。白拍子と巫女が一緒だという情報が役に立った。弁慶は馬を買い、酒田へ向けて陸路を急いだ。
「義経様...」
船が越後と佐渡の間を航行中に、静が人目のないところで義経に近づき、耳元で何かを囁いた。義経はそれを聞いて色めき立ち、翡翠を探した。
「翡翠さん、静が身籠もったかもしれんと言っておるのだが...」
「わかりました。私が診断します。お待ちください。」
「義経様、おめでとうございます。ご懐妊です。」
「おお、我が子が生まれると!」
狭霧、スポット参戦だけど、良い味出してますね。どんな子を産むのだろう?絶対強いよね。スピンオフの誘惑を感じますが、断念します。