翡翠さん、浦島太郎を探しに竜宮城へ行く
竜宮城ってきれいかも知れないけれど、なんか水商売や風俗業の匂いがしますね。
翡翠は砂浜へ行ってみたが、そこに浦島太郎の姿はなかった。かつて亀をいじめていた子どもたちの姿を目にしたので、翡翠は近づいて訊いてみた。
「ねえ、あなたたち、浦島太郎さんはどこにいるかわかるかな?」
「浦島のおっちゃんは亀と長いこと話し合っていたな。そのあとはわかんねえ。」
「話ながらときどき海の方を眺めていた。」
「ありがとう。」
翡翠は海中に式神を放って浦島太郎の行方を探った。
「いた!亀に乗ってる。」
「行っちゃいましたね、竜宮城。さて、どうやって連れ戻したら良いのでしょう?まあおいおい考えるとして、私も海に入りましょう。」
「霊力で呼吸を停止しておきましょう。酸素ボンベとか重たいですからね。」
「竜宮城に着いたら着替えないと。水着で乙姫様に会うわけにはいかないわ。」
「こんにちは、乙姫様。御巫翡翠と申します。」
「あら、人間がこんなところに良くやってこれましたね。」
「息を止めて潜水で。」
「あなた、何者?」
「調律の巫女です。」
「ふうん。で、ここで何を調律しようと言うの?」
「浦島太郎さんが長居しないように忠告しようと思ってやって参りました。」
「ここは海のために善行を為した人々をもてなす場なのです。人々と言っても男性だけですが。」
「男性の精気を吸ってらっしゃるのですか?」
「まさか、サキュバスじゃあるまいし。私は殿方が喜んで満足したときに発する幸福感を糧としておりますの。糧としていると言っても、それで人が何か失うわけじゃないのよ。」
「そんなに幸福に満たされ続けていると戻れなくなりますよね。」
「それは男性たちの勝手です。ここでは歳も取りませんし。幸福すぎてイヤになるという珍しい矛盾を感じ取った人々は帰って行きますね。私は止めません。」
「幸福や快感が飽和状態になると何の感動もなくなってしまうので、いつか終わりにしたいと思う人が多いのではないでしょうか。」
「浦島太郎さんは来たばかりなので、そんな心配はいらないわ。」
「彼は今どうしています。」
「舞い踊りで接待されています。覗いてみますか?」
「はい、ぜひ。」
「なんですか、ここは...」
翡翠は絶句した。そこは完全に夜の店。人間に擬態し魚たちがホステスのように接待している。舞台では妖艶なダンス、甘い、いや甘ったるいメロディーの音楽。これは人をダメにする空間だ。試練の女神様を連れてくれば一瞬で梅干し地獄にされてしまうだろう。
「浦島さん、浦島太郎さん!こんにちは、御巫翡翠です。」
「おお、あのときの巫女さんか。どうです、こっちに来て一緒に飲みませんか?」
「いえ、それよりもお話が。」
「何でしょう?」
「ここにいて幸せですか?満ち足りていますか?」
「そりゃあもう、酒は美味いし姉ちゃんはきれいだ...って何かの歌詞にあったような気がしますが、満足していますよ。働かなくても良いし。」
「それは幸福という牢獄に閉じ込められているだけではないのですか?」
「牢獄?いえいえ、辛いことなんか何もありませんもの。」
「ちょっと、巫女さん。ここは女子禁制ですよ。どうやって入り込んだの?」
鯛に擬態じゃなくて、人間に擬態した鯛が翡翠に鋭い目を向け文句を言った。
「ふつうに泳いでやって来ました。さっき乙姫様に許可は取りましたよ。」
「ふん、うちらの客に変な話を吹き込まないでよ。せっかく幸せに埋没して快楽成分をたくさん生成しているんだから。」
「その快楽成分を吸い取られたらどうなるんでしょうね?」
「知らないわ。少なくともここにいる限り歳は取らないし病気にもならないのよ。」
「あなたたちの歌やダンスはこの人に何を与えてくれるのですか?」
「幸せよ。浸ることでもう外に出る気力もなくなる甘やかされた幸せ。」
「そんなものが本当の幸せなのかな?」
「何を言うの?私たちの歌とダンスで殿方はみんな幸せに包まれるの。」
「なら勝負しましょう。私とあなたたち、私はひとりでは分が悪いので分身を出しますから私たちですね、どちらのパフォーマンスが浦島さんに本当の幸せを届けることができるか。」
「ふん、人間ごときが私たちに勝てるはずがないわ。みんな、やるわよ!」
人間に擬態した魚たちはステージ衣装に着替えて舞台に立った。曲の前奏が始まった。BPMは100くらいか。昭和歌謡のスピードだ。それに合わせたダンスなので動きが遅いが、元々が魚なので人間離れした優雅さを伝えている。歌詞もメロディーもひたすら甘く、聴衆の笑顔は夢の泡のように緩んでいた。
「海の煌めく泡に乗り あなたの恋が波間に揺れる 恋のリズムに導かれ あなたは来ました竜宮城 竜宮城で恋のダンス 竜宮城で恋の乾杯 決して終わらぬ幸せの夜」
割れんばかりの拍手、そして観衆はよだれを垂らしてうつろな目をしている。翡翠は分身を3体呼び出した。ガールズバンド”The Jade”で対バンを申し込む。
「私たちはみなさんを幸せで包み込むつもりはありません。魂を揺さぶります。ロックですからね。スピードが速いのでがんばって付いてきてくださいね。」
「ぬるいスープや気の抜けたソーダ そんな毎日で良いはずがない 悠久の監獄を打ち破れ Yea! Nobody knows that nobody lives! Nobody knouws that nobody lives. The life is something more exiting ―― than just an existence!」
浦島太郎が英語の歌詞を理解できるとは思えないが、ロックなんてそんなものだから良い。会場は静まりかえった。そして次に割れんばかりの拍手と歓声が轟いた。対バンは圧倒的に翡翠たちの勝利だった。翡翠はMCで語った。
「ぬるま湯のような気の抜けた幸せに浸っていると魂が死にますよ。魂はときどき揺さぶって活を入れてあげないと。いきいきとした日常へ帰りましょう。」
会場は大盛り上がりで、客はみんな立ち上がった。そこへ乙姫が血相を変えてやって来た。
「何てことしたの?男たちが幸せに足で砂をかけて帰ろうとしているじゃないの。許せない、許せないわ、おまえ!生きて帰れると思うなよ。」
乙姫は両手に大きなはさみのような武器を構えて翡翠たちに迫った。人数が多いと戦闘の邪魔になるので翡翠は分身を収束し、太刀を抜いた。
「まさか竜宮城で荒事になるとは思っていませんでした。でも、これではっきりしました。乙姫、あなたは魔物ですね。」
「魔物だと?失礼な、海の守り神だ。神に逆らったことをあの世で後悔するが良い。」
そう言いながら乙姫の身体は巨大なザリガニのように変化し、魔物の正体を現した。
「仕方がありません。無力化します。浦島さんたちは安全な場所まで下がって。それから鯛やヒラメさんたち、とばっちりを受けたくないなら下がってなさい。」
勝負は一瞬で決まった。翡翠の太刀が一閃し乙姫のはさみが2本とも地面に落ちた。
「どうせいつか再生するでしょう。再生するまでおとなしくしなさい。連れてこられたお客人は家に帰らせます。鯛やヒラメに亀を呼んできてもらって、家まで乗せていってもらいましょう。」
なんと乙姫が魔物、魔物だったですと? エビラですね、あれは。




