翡翠さん、ロリータをミュージシャンに育て、ニンフェット好きの親父たちから守り抜いた
ロリータ編、最終回です。アメリカの1950年代の音楽界が舞台になって、読者の皆さんも興味を失い始めたようですね。次回から別の物語に介入します。
「戻ってきたぞ、青水。」
「おかえり、ミュージー。」
「その芸名で呼ぶな。もうミュージーは消えたんだ。」
「消えた?謎の失踪?ライブであれだけ有名になったのに黙って消えても良いのか?」
「ロリータにはちゃんと言ってきたよ。音楽の女神はこれ以上の人間の芸能界で活動するわけにはいかないと。」
「ほう、納得してくれたか?」
「不思議そうな顔はしていたが、最後は納得した。女神の体内アイテムボックスからいろいろなものを出してみせたからな。女神ギターも記念にくれてやった。」
「そうか、納得してくれたか。」
「翡翠もいつかは本当のことを話してから帰還するって言ってた。」
「そうだな。これまでロリータは親元を離れて完全に女学生の館に依存していたから、全員がいっぺんに消えると喪失感が半端ないだろう。」
「順番に消える。私の次はJK隊。日本の学校を卒業するために帰るってことで。」
「なるほど、良い理由だ。」
「ミナルナは映画に出るのでまだしばらく残る。だけど撮影はハリウッドだから、ニューヨークからはいなくなる。」
「翡翠はいつまで残るんだ?」
「ロリータの3枚目のレコードが出るまで。3枚目でギターをエレキに持ち替えるそうだ。なんでもフェンダー・ストラトキャスターというモデルが発売されるらしく、翡翠はそのモデルのファンなんだ。The Jade でもライトグリーンのギターを弾いていただろ?」
「なるほどね。3枚目で路線変更するのを見届けてから帰還するのか。」
「アコギからエレキに持ち替えると、ファンの中にアンチが沸きそうだな。」
「ああ、史実でもボブ・ディランがフォークを裏切ったと大騒ぎになったことがあった。」
「人は変わっていくものだろ?」
「なんだ、変なところにアムロをぶち込むなよ。」
ライブハウス「Melo’s Melody」のステージにロリータは1人で立って、観客に告げた。
「皆さんに大切なお知らせがあります。音楽の女神ミュ-ジーはもうここへは来ません。アメリカからも消えました。どこに行ったのかはわかりません。彼女は本物の女神だったのではないかと今は思っています。そう思わないと寂しさを抑えることができませんから。私がこうやってステージで歌えるようになったのも、ギターを弾けるようになったのも、すべてミュージーのおかげです。私の先生で私の女神様です。別れるときこのギターをくれました。ミュージーが神業の演奏をしてみせた楽器です。私はいくら練習してもあそこまで上達することはできませんが、このギターに恥じないような演奏を心がけたいと思います。」
盛大な拍手が鳴り響いた。その拍手の嵐の中、ロリータのギターが静かに前奏を奏で始めた。ルートをたどりながら装飾音も交えて複雑な指使いのソロの前奏が流れ、ロリータはマイクに向かって言った。
「聴いてください。“Blessing of the Goddes”。」
そのころミナとルナはメロディハウスの会議室で映画会社のスタッフと会っていた。メロディハウスと映画会社が半分ずつ出資して新作映画を撮る計画が立ち上がった。計画は、翡翠が表に立たないように、メロディハウスの社員がロスチャイルド財団のコネで映画会社に持ち込んだものだった。
「お二人はアクションがお得意だそうで。」
「はい、くノ一ですから。アクロバットもお手のものです。」
「すばらしい。」映画会社のスタッフは目を輝かせた。
「弊社にはレッスンスタジオがあるので、そこで実際に動きを見てください。」
メロディハウスの社員に促されて、映画会社のスタッフは、ミナルナとともに広々とした板張りのスタジオに移った。
「着替えなくても良いんですか?」
「はい、いついかなるときも戦えるのがくノ一ですから。」
そう言って二人はスタッフの前で激しいアクロバットを演じた。連続宙返り、ハイジャンプからの2回宙返りからの着地。3分ほど演じても息が切れることはなく、二人はニコニコして戻ってきた。
「すごい、人間業とは思えない。」映画会社のスタッフは息を呑んだ。
「このビジュアルでこの動きですから人気沸騰間違いなしですよ。シンガーでもあるのでOPも歌わせると良いでしょう。」
メロディハウスのマネージャーは自信満々に売り込んだ。
「忍者映画、新ジャンルです。日本にはあるのですか?」
「それがまだジャンルとして確立されていないようです。日本の大衆は忍術と妖術をごっちゃにしているようで、こういったアクションは前面に出てきていないようです。」
「そうですか。さて、どんな物語にするか。アメリカの観客に大ウケしてもらわなければなりません。」
「今流行っているのはホラーですね。」
「はい、吸血鬼と狼男とフランケンシュタインの怪物が大人気ですが、そろそろ飽きられる頃合いです。」
「忍者アクションとなると、やはりソードアクションでしょうか。」
「私たち、ガンアクションも得意ですよ。」ルナが指でピストルの形を作りながら口を挟んだ。
「おお、それは素晴らしい。アメリカ人はガンアクションが大好きですからね。」
「私たち、金竜疾風という忍びの集団に属しています。」
「ゴールドドラゴンゲール、ちょっと長いですね。映画ではゴールドドラゴンにしましょう。忍びの里の門に金の竜を這わせると映えそうです。」
「なんだかそれは中国っぽいですね。」
「実際の撮影準備に入ったら、資料の絵コンテの作成にも協力してください。忍者文化アドバイザーとしてクレジットにも入れます。」
「いや、それはちょっと。本物の忍者だとバレると困るので。」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。忍びとは見つからないように隠れているという意味ですからね。」
「大丈夫なんですか、映画に出ちゃっても?」
「SFXで撮影と言っておけば大丈夫。」
「運動が超得意な双子アイドルってことで。」
「まあ、忍者は秘密の集団なので調べることもできないから問題ないですね。」
「タイトルですけど、“Ninja Twins ----- Shadow of the Gold Dragon”はどうでしょう?
「クール!それで良いと思う。」
「撮影はハリウッドになるので、しばらくニューヨークを離れることになりますよ。」
「かまわいません。忍びはもともとノマドです。」
数日後に撮影が始まり、宣伝用のスチールが発表された。
宣伝効果は抜群で、撮影現場にはたくさんのメディアが取材に押しかけた。撮影は順調で、スタントなしのアクションは顔も良く見えるので迫力抜群だった。イーストマン・カラーの普及で、ミナルナの艶やかな髪の色も鮮明に映像化された。ニューヨークの地下鉄構内にたくさんのポスターが貼られ、大々的に新聞広告も打った。SNSがない時代なので、口コミがどうなっているのか知りようがないが、観客の期待は高まっているだろう。
そのころ、ライブハウスでJK隊が観客に別れの挨拶をしていた。
「みなさん、大切なお知らせがあります。でもその前に謝らなければならないことがあります。私たち、韓国や台湾から集められたアイドルだと自己紹介していましたが、あれは嘘でした。私たちは日本のハイスクールガールズです。ついこの間まで敵国だった日本から4人揃ってやってきたと言うと反感を買うのではないかと恐れて嘘をついてしまいました。ごめんなさい。JKというのは日本語の女子高生のイニシャルです。亜依、清美、菫玲、天華の4人は高校生なので、日本に戻って学校を卒業しなければなりません。短い期間でしたが、私たちのつたないパフォーマンスを楽しんで頂いてありがとうございました。私たちは日本に帰ってふつうの女子高生に戻ります。では最後に1曲だけ聴いてください。“見上げた空に今日の夢を描こう”!」
割れるような拍手の中で録音された音源の前奏が始まった。観客たちはダンスパフォーマンスを目に焼き付けようと必死に見つめた。中には写真を撮る者もいた。
翡翠はロリータといっしょにニューヨーク最大の楽器店を訪れた。エレキギターを、憧れのフェンダー・ストラトキャスターを買うためである。
「すごい!かっこいい!」
「これはね、フェンダーから発売されたばかりのストラトキャスターというのよ。アンプの種類や設定によっていろんな音が出るの。ピックアップという音を拾うマイクみたいなのが3つついていて、それを切り替えても音色が変わるのよ。」
「ネックが細くて弾きやすい。試奏してもいい?」
「店のスタッフを呼ぶわね。」
数ヶ月後にメロディハウスの会議室で、ロリータの3枚目のシングルと初アルバムの計画が話し合われた。翡翠はしばらく考えて、手を挙げて発言した。
「今の状態でアルバムは無理です。曲のストックが足りません。他の作家から提供を受けるとシンガーソングライターという肩書きが壊れます。ここは4曲収録のEPで出しましょう。ここにサプライズを仕込みます。」
「どんなサプライズ?」
「エレキギターでバンドナンバーを入れます。しかも女の子だけのオリジナルバンドを作ります。ロリータの活動は、今後このバンド中心になるでしょう。」
「そんなことをしたら既存のファンの反感を買いませんか?」
「それが成長の第1歩なのです。いつまでも幼気な少女がギターをつま弾くスタイルではやっていけません。急遽オーディションを行います。全米から募集します。パートは、ドラムス、ベース、リードギター。もちろんこの新ジャンルに対応できる技能を持ち合わせた子はいないでしょう。なのでメンバーが決まり次第、秘密特訓をします。オーディションの名前は、ガールズバンドメンバー全米オーディション。」
「秘密特訓の場所は?会社内だとメディアに気付かれます。」
「ニューイングランドに私たちが使っていた館がまだあります。そこに寝泊まりして、音楽の女神に指導して頂きます。」
「え?ミュージーですか?」
「はい、彼女は文字通り音楽の女神なので指導者として最適でしょう。2ヶ月でものにしてくれるはずです。」
ミナルナの忍者アクション映画は大ヒットした。国境を越えてヨーロッパやアジアでも放映され、メロディハウスには巨万の富が転がり込んだ。
「どうする、ルナ?映画が大ヒットしてこんなにいっぱいお金をもらっちゃったけど。」
「異世界に持ち帰っても使えないし。有名ブランド買いまくる?」
「えー、でもこの時代の服は古くさくてダサい。」
「アクセは?五番街のティファニーに行ってみよう!」
「そか、宝石なら時代を問わないね。行こう!スターの爆買いだ!」
それから数ヶ月後、翡翠はニューイングランドのかつての館を訪れた。
「スイ!来てくれたのね!ご機嫌なサウンドが作れるようになったわ。やっぱり女神様サイコー!」
「ふっふっふ、女神だからな。メンバーもみんな才能がある子ばかりで、あっという間に上達したぞ。聴いてみるか?」
「お願いします。ぜひ。」
「よし、全員集合!良いか、教えたとおりに演奏するんだ。わかったな?」
「イエス、マム!」
「どうだ、翡翠、ちょうど良い塩梅だろ?」
「はい、斬新すぎず、1950年代でもぎりぎりついて行けるサウンドです。」
「ビートルズの初期ナンバーを意識した。初期ナンバーとはいえ、原型がビートルズだと演奏にはそこそこテクニックを必要とはするが、そこは女神の力でなんとかした。」
「ありがとうございます。これでミニアルバムが成功すれば、ロリータも独り立ちできますね。」
「何度か母親が見に来ていたぞ。口あんぐりでびっくりしていた。」
「そりゃそうでしょう。実の娘が未来の音楽を奏でている。」
「これでわれわれも心残りなく帰還できるな。」
「今回は何から何までお世話になりました。音楽の女神様。」
「ふん、帰ったらまた試練の女神に戻るがな。」
ビートルズよりずっと早くこのようなスタイルのバンド、しかもガールズバンドを作ってしまいました。これは史実への介入ではないので、さほど問題にはなりませんね。女神は今回とてもよく働きました。やれば何でもできるんですね、神だけに。




