翡翠さん、ライブハウス"Melo's Melody"のオープニングを迎える
いよいよオープニングです。時代を先取りしすぎるパフォーマンスに観客はどんな反応を見せるのでしょう?
ライブハウス「Melo’s Melody」は初日から大賑わいだった。開店前に長蛇の列ができたので、整理券を配布して列を解散してもらった。しかしどうしても最前列の席が欲しい客は頑なにその場に残ったので、席は入店時にガラガラポンで決まることを告げて、ようやく店の前の人混みが消えた。オープン前から近隣の苦情が殺到すると困る。しばらくこの方式で営業して、様子をうかがいながらプレミア席の先行予約方式に変えるのも一手だ。
メロがステージに立った。店長としてオープニングの挨拶をする。エラなら安心して任せられるが、メロはどうだろう?
「Good Evening, everybody! ライブハウス“Melo’s Melody“の店長を務めさせていただくメロです。初日からすごい熱気ですね。これだけエネルギーに溢れているなら、少しぐらい薄く広く吸い取っても大丈夫ですね。私、見ての通りのサキュバスなので、みなさんの精気が頼りなんです。しっかり盛り上がって発散してくださいね。みなさんが聴いたことがないような音楽を取りそろえています。期待して良いですよ!」
なぜか大ウケだった。メロは真実を淡々と語っただけだが、観客にはクールなジョークと受け止められたようだ。トップバッターは、ベテラン・アイドルのミナとルナが務めた。くノ一の身体能力を生かしたアクロバティックなダンスと双子ならではのユニゾンの一体感。そして、ユーロビートの進化形のようなリズムは、1950年の観客にはあまりにも斬新だった。このころのアメリカでは、ビッグバンドが奏でる4ビートの緩やかなリズムに身体を揺らせるのが音楽エンターテインメントの基本だったので、観客は戸惑った。だが、ステージのライティングと人間離れしたダンシングにみんな魅了されていった。
「みんな、聴いてくれてありがとう!珍しいリズムだったかな?練習しないで真似すると骨や関節を痛めるので注意してね。やってみたい人はまず体幹を鍛えることから始めよう。空手とか武道を始めると良いかも。私たちも本業は忍者だからね。」
会場はどよめいた。
「じゃあサービスで立ち会いを見せちゃいます。速いのでしっかり見てね。」
ミナとルナは忍び装束に着替えてステージに立ち、忍刀で斬り合いをして見せた。そのあまりのスピードに観客は目を丸くし、やがて大きな拍手となった。ステージ脇で翡翠がメロに耳打ちした。
「こんな派手なパフォーマンスがトップバッターだと次が出にくくなりますね。」
「JK隊のキラキラは最後にしよう。弾き語り系が続きにくい。」
「ですね、では次は女神パワーに頼りましょう。女神とロリータちゃん、弾き語りのバラードが2つ。女神の濃厚なのとロリちゃんの爽やかで。」
「良いね。ではさっそくMCで暖めてくる。」
メロがパタパタと飛んできてステージに立った。海上からは割れんばかりの拍手。観客は巧みなワイヤーアクションだと思っているようだが、これは自力の飛翔。ワイヤーが見えないのは当然なのだ。
「みなさん、くノ一さんの演技、どうでした?ツヨツヨでアマアマのギャップに萌えましたか?では次のアーティストを呼びますね。音楽の女神ミュージーです。どうか拍手でお迎えください!」
「やあ、人間たち。私の歌に熱狂することを許そう。女神の技量は人間には不可能なことも成し遂げる。どうやって複雑な伴奏ができているのか、よく目をこらして見るが良い。だが指使いに気を取られて、耳がお留守になってはいかんぞ。良く世間では天使の歌声などと言うが、私のはその上を行く女神の歌声だ。感動して失神しないよう気を確かに持て。それでは新曲、といっても今のところこれしかないのだが、“酸が降る試練に耐えて”。」
ふざけたタイトルだと受け取られたが、詩の内容は重く、環境破壊で酸性雨が降り注ぎ森が壊死する未来を歌ったものだった。1950年当時、反戦や平和のメッセージを込めた楽曲はあったが、環境問題について一般の意識は低く、ミュージーの歌は新しい地平を開くものだった。そして、女神が宣言したとおり、人間には真似のできない超絶技巧で奏でられるギターは、3人の名手が並んで演奏しているような複雑な音を繰り広げ、そのテクニックに観客は魅了された。演奏が終わると数秒間の絶句のあと割れるばかりの拍手が沸いた。みんな立ち上がって拍手して口笛を鳴らして称賛していた。
「大絶賛だったわね、ミュージー。」
舞台の袖で女神を迎えた翡翠がねぎらった。女神は笑顔で応えた。
「このままロリータを出したら激しく見劣りするので、私がイントロデュースしよう。ついでにサイドについてやる。何しろギターの初弟子だからな、師匠としての責任だ。」
女神はロリータを促すと、いっしょにステージに向かった。ステージにはメロがパタパタ飛んできて、2人を迎えた。
「サンキュー、ミュージー!素晴らしいステージだったわ。次はお弟子さんの番なのね。じゃあ紹介します。みなさん、こちらの少女が期待の新人、ロリータです。ミュージーのお弟子さんで、今日がデビューのシンガーソングライターです。シンガーソングライターって聞き慣れない言葉でしょ。自作の歌を披露する現代の吟遊詩人です。ミュージーもシンガーソングライターなんですよ。自分の言葉だからメッセージが直接伝わるでしょ。これからこのスタイルのアーティストが増えると思います。みなさんは歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれません。ではロリータ、曲のタイトルは?」
「“ニンフェットと呼ばないで”です。」
「まあ、どんな曲なのか楽しみだわ。それじゃ歌ってもらいましょう。皆さん、温かい拍手で!」
詩の内容は実体験に即したもので、それなりにオブラートに包んではあるが、幼気な少女という大人の男たちの幻想に投影される自分と本当の自分の乖離を描く衝撃的な内容だった。庇護欲の裏側に流れる危険な感情が少女に透けて見えるということが、ニンフェットという言葉に凝縮されていた。その歌がまさに幼気な少女によって作詞され、そして自作の曲として披露された。非常に複雑なメッセージを含む曲に観客は感動した。曲のエンディングは女神の超絶技法で感動的に色づけされ、ライブハウスは大きな拍手に包まれた。
「深いメッセージが込められた素晴らしい曲でしたね。ではいよいよ今夜のラストです。元はJKという名の魔物、そして今はJK隊というアイドル。聴いてください。“見上げた空に今日の夢を描こう”!」
メロは真実を言ったのだが、これをクールなジョークと受け取った観客は爆笑と拍手でJK隊を迎えた。
「みなさん、初めまして。JK隊です。私たち、前は個々の名前がなくて、JK壱号、弐号、参号、四号と呼ばれていたんです。でも今は、私が亜依、この子が清美、次が菫玲、最後が天華です。名前だけでも覚えて帰ってくださいね、って何だかお笑い芸人みたいな挨拶をしてしまいました。それでは聴いてください。」
ライブが終わって帰路につく観客たちは、興奮しているでしょうが、疲労も半端ないでしょうね。いきなりタイムリープしたような音楽を聴かされましたから。




