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翡翠さん、女学生の館の引っ越し先を検討する

夏休みが終わる前にトンズラしないといろいろ面倒くさいことになりそうです。女学生の館ごとお引っ越しします。


「青水、戻ってきたぞ。」


「女神ってギター教えるの上手いね。」


「女神は万能だからな。」


「ロリータも才能あるようだ。」


「根性が違う。ふつうは指が痛~いで投げ出す女子どもが多い。」


「プロになるという目標ができたからね。」


「で、もうすぐ夏休みが終わってしまうが、どうする?」


「あのままヘイズ家に帰すわけにはいかないな。思春期の娘と新婚の母親、同居は無理だ。」


「そうだな。どこかに移動するしかない。」


「せっかく垢抜けたんだし、ニューヨークでもう一押しとか。」


「うん、ニューヨークかサンフランシスコか、迷いどころだな。」


「私、ニューヨークが良い。だってブロードウェイがあるんだもん。」


「おい、また変なことをやり始めるなよ。」



挿絵(By みてみん)


「はい、拍手、拍手、ヒューヒュー!女神様、かっこいい!(棒読み) でも衣装がそれではな。それってミュージカル『アニーよ、銃を取れ』の挿入歌だよ。なんか違わないか、そのコス。テンガロンハットにライフルと派手目の西部劇女のドレスが基本だな。いや、無理して着替えなくて良いぞ。」



挿絵(By みてみん)


「はい、やっちゃいましたね。衣装が変わると顔も変わるな。さすが何にでもなれる万能の女神。」


「人を粘土細工みたいに言うな。」







 もうすぐ夏休みが終わり、乙女の館のサマーキャンプも終わりにしなければならない。しかし思春期のロリータを新婚の両親の家に帰すのは躊躇われる。翡翠はしばし考えた。転校させよう。親を安心させるためには、安全な寄宿舎があること。この女学生の館ほど安全な寄宿舎はあるだろうか?ならばこの館ごと引っ越すしかない。引っ越し先はどうする?


「ねえ、スイ、何か悩んでる?」


「あら、ロリータちゃん。そろそろ夏休みが終わるので引っ越ししようかなって。」


「え?どこかに行っちゃうの?もうお別れなの?」


 ロリータの目に大粒の涙が溢れた。


「やだ、ロリータちゃん。引っ越しするときはあなたも一緒よ。連れて行くに決まっているじゃないの。」


「そうなんだ...ヒック....置いていかれるかと思った。」


「馬鹿ね。デビューまでは一緒よ。私がプロデュースするんだから。」


「うん、約束だよ。置いて行かないでね。」



 翌日、翡翠はメンバーたちに告げた。


「3日経ったら戻ってきます。いくつか交渉しなければならないの。ロリータのことお願いね。」



 ニューヨークで翡翠は、かつてヒトラーの案件で訪ねたことがあるロスチャイルド財団ニューヨーク支部に現れた。


「お久しぶり、御巫翡翠です。ヒトラーさんの件ではお世話になりました。」


「えーと、あれはもう20年以上も前なのに、ぜんぜん変わっていませんね。」


「時空の外に属していますから、気にしなくて良いんですよ。」


「はあ...」


「今日参りましたのは、お願いがあるからです。金銭の寄付のお願いではないのでご安心ください。」


「はい、何でしょうか、そのお願いとは?」


「私はこの時代のニューヨークの土地勘がありませんのでお力添えが必要なのです。不動産の物件を探しています。3年間は借りていられる物件です。条件は、女学生の寄宿舎に使うのでセキュリティーがしっかりしていること。できればプールとステージが欲しいけれど、ないならこちらで増築します。女学生たちは、エンターテインメント、特に音楽方面での活躍を指向しているので、立地についてはそのあたりも考えに入れていただければ。ヒトラー画伯のビジネスで得た潤沢な資金を運用してきたので、金に糸目は付けないなどと下品なことを言うつもりはありませんが、余裕はあります。そういった方面に精通している不動産業者をご紹介いただけないでしょうか。」


ヒトラー画伯と御巫翡翠――当時はジェイディ御巫と名乗っていた――の伝説的な記録は、世代替わりしたスタッフたちも知っていた。敏腕プロデューサーとしての名前は、ロスチャイルド協会では知れ渡っていた。何年経っても見た目の変化が現れない謎の女。その秘密にあえて触れずとも、この女は協会に必ずや富をもたらす。スタッフたちは目配せして翡翠に一通の書状を渡した。


「その条件でしたら、どうぞこの業者を使ってください。我が協会と長い付き合いのある会社で信用できます。これが紹介状です。最大級の助力をするように書きました。」


「ありがとうございます。このお礼はいつか必ず。」



 翡翠はグリニッチヴィレッジの並木道を歩いていた。協会で教えてもらった住所は、この先だ。静かで知的だが取りすました感じでもない街並みだ。歩いているのは比較的若い人が多い。美しい東洋人が珍しいのか、しばしばチラ見されていることに翡翠は気付いていた。


挿絵(By みてみん)



「こんにちは。ロスチャイルド協会の紹介でやってきました。」


「いらっしゃいませ。さきほど電話がありました。どうぞおかけください。」


「こちらの会社は協会と長い付き合いのようですね。」


「はい、ありがたいことに贔屓にして頂いております。きょうは寄宿舎に使うお屋敷をお探しでしたね。」


「はい、土地勘がないもので、信用のおける業者の方にお任せするしかないのです。」


「ちょうど良い物件があります。この近くです。我が社が直接管理している物件なので、何かあればすぐ駆けつけることができます。」


「それは素晴らしい。」


「良ければ今すぐご案内できますよ。近くなので歩いて行けます。」


「まあ、この界隈ですか。さっき歩いていてとても雰囲気が気に入りました。」


「では参りましょう。10分で到着します。」



「ここです。」



挿絵(By みてみん)



「大きくて立派ですね。」


「さっそく中へ入って内覧して頂きましょう。」



「すばらしいわ。メインキッチンとダイニングが1階にあるけれど、2階にも簡易キッチンがあるのですね。寝室は全部で12、サロンや遊戯室もあるわ。お庭も広いのね。プールは...諦めましょう。ニューヨークですからね。」


「いえ、屋上にプールもありますよ。」


「え、本当ですか?」


「屋上なので誰かに覗かれる心配もありません。」


「それはすばらしいわ。で、お家賃はいくらでしょう?」


「600と言いたいところですが、他ならぬロスチャイルド協会のご紹介なので、月500ドルにしましょう。」


「まあ、ここが月に500ドルだなんて、夢のような話です。即決します。」


「了解しました。では会社へ戻って契約書を交わしましょう。」


翡翠とは持ちつ持たれつのロスチャイルド財団。おかげで良い物件に巡り会いました。ロリータよ、ここでスターを目指すんだ。

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