午前中の涼しい時間にお勉強、午後は外で元気に遊ぼう――翡翠先生とのお約束
奥州平泉で、義経一行はレベル上げに勤しまなければなりません。ダンジョンはないんかーい!
「美人のお姉さんが参加したけど、白拍子って何だ?子どものころからそのまんま飲み込んできたけど、その実態がわからない。」青水は冷蔵庫を漁っている。
「舞姫だが、その出で立ちに特徴がある。衣装は、水干に烏帽子、そして白鞘の短刀や太刀。要するに男装で、今様を歌いながら踊る。今様とは、当時のポップスだな。意味はそのまんま。七五調のリズムの繰り返しでテンポ良く歌う。」
「ふーん、現代で言うと....ダメだ、音楽の知識がなさ過ぎて何にも例えられない。まあいいや、歌って踊る男装の麗人だね。」青水はビールがないので諦めて戻ってきた。
「そういうことだ。即興で歌を組み立てなければならないから文学的教養も必要になる。」
「それからさ、奥州藤原家だけど、なんで藤原なの?京都で何かやらかして最果ての地に流された?」
「馬鹿者。東北史の重要なポイントなのに無知を曝すでない。良いか、奈良時代から続く大和朝廷の蝦夷討伐は知っておろう?坂上田村麻呂やらアテルイの名も中学生あたりで歴史の時間に耳にしただろう。討伐と言っても殲滅戦ではない。蝦夷に朝廷への帰服を促し、それを受け入れた豪族を俘囚として統治機構として利用する。とはいえ、地理的距離は朝廷の中央集権の完全な成立を簡単に許すものではなく、豪族たちは緩やかに帰服しつつ独立した体制を維持することもできたであろう。そんな中、中央の藤原氏の血筋を引きつつも、蝦夷系の豪族と交わって、藤原清衡を初代当主として奥州藤原氏が成立し、中央の官職も得て、奥州の軍事的・行政的支配を確立した。義経一行を受け入れた藤原秀衡は三代目当主だ。」
「なるほど、蝦夷系の血筋も含みながら中央貴族の流れに位置するハイブリッドな一族として奥州の覇者となったわけか。微妙に危うい立ち位置だ。」
「まあな。頼朝が攻め込んで滅ぼしたのも、いまいち目障りであったからなのだろう。」
「それからさ、最後にしれっと参加した常陸坊という僧兵、こいつは?武蔵坊とどんな関係?」
「まあそう焦るな。翡翠が物語ってくれよう。」
奥州藤原家の食客となった義経一行は、腕試しもかねて、周辺の集落で人助けに励んだ。盗賊団や凶暴な野獣の討伐、さらには帰属を拒み敵対勢力として展開する豪族との戦い。こうした戦いの中で、パーティーのフォーメーションも自ずと固まっていった。ここで義経、弁慶、経春、義盛、翡翠、静、海尊のポジションをまとめておこう。義経はメインアタッカー、跳躍で重力を味方に付けた大ダメージを与える。弁慶は、前衛で敵の攻撃を受け、中衛と後衛を守るタンク。経春は中衛を守りつつ戦うサブタンク。義盛は回避型タンクにしてアサシンアタッカー。静は舞による範囲バフ担当。海尊は呪術によるデバフ担当。
「お侍様!」村娘が泣きながら義経一行の前に飛び出した。
「どうした、娘よ?」
「姉様が...姉様が人身御供にされて...」
「人身御供だと?それは穏やかではないな。」
「洞窟のオロチ様に捧げられてしまいました。このままでは飲み込まれて死んでしまいます。」
「よし、助けだそう。みなの者、良いな?娘よ、案内を頼む。」
「この洞窟でございます。」
「よし、連れ帰るので、村の者に話して介抱の準備を整えるように。行くぞ、皆の衆!」
「ずいぶんとひんやりした洞窟でございますね。」静が心配そうに周囲を見渡した。
「奥にいる蛇一匹を切り伏せればすむ話、たいしたことはござらん。」経春は不敵に微笑んだ。
「あれだ。」
弁慶が指差す方向に双頭の大蛇がチロチロと舌を出しながら鎌首を持ち上げていた。その前の供物台の上に人身御供に捧げられた娘が白装束で横たわっていた。
「行くぞ!」
義経が動くと同時に、大蛇は左右の頭から毒気を吐いた。翡翠と静以外が毒のダメージを受けた。しかし静の舞で毒ダメージは消え、全員の攻撃力が上がった。右の胴体が弁慶の胴体を締め上げ動きが封じられた。左の頭が翡翠を噛もうと口を開けて攻撃してきたが、経春が刀でこれを防いだ。義経は跳躍し、重力の助けを借りての袈裟切りで左の頭に大きな傷を付けた。尊海は法術を唱えると、大蛇の動きが鈍くなった。義盛は義経の攻撃で付けられた左の頭の大きな傷口を太刀で抉り、瀕死状態になったところを脇差しで仕留めた。弁慶は、ふんと力を込めて巻き付いた胴体から抜け出し、金棒でその頭を強打した。静の舞のテンポが速くなり、全員の速度が上がった。義経は跳躍して、弁慶に殴られた右の頭を一刀両断に切り落とした。二股のオロチは絶命した。
「良し、娘を助け出して入り口へ戻ろう。」
洞窟の入り口に村人たちが集まっていた。助け出された娘の妹が駆け寄ってきて姉の手を取った。村人たちは娘を担架に乗せて、義経一行に頭を下げた。
「ありがとうございます、お侍様。」
「うむ、今後、魔物や盗賊の被害があったときは、まずお館に知らせて助けを請うこと。決して人身御供などの要求に応じてはならんぞ。」
「ははっ、仰せに従いまする。」
藤原の館。秀衡が一行を迎える。
「戦いのあとのようですな。熊でも出ましたか?」
「いや、二股の大蛇だ。村娘が人身御供にされておった。」
「なんと!そのような風習は今すぐ止めさせないと。」
「そのように言い置いてきた。」
「里の者たちには教育が必要かと。」翡翠が前に出て言った。
「ほう、教育とな?」
「はい、教育があれば理不尽な風習を盲信することもなくなります。また、農作業など様々な仕事に創意工夫を施すことも可能になるでしょう。生産性が上がります。」
「教育とは何をすれば良いのだ?」
「里に人を派遣して読み書きと計算を教えるのです。それだけで人間は大きく変わります。」
「わかった。さっそく手配しよう。」
「ありがとうございます。そして義経様。」
「な、なんだ、翡翠よ、その射殺すような眼は?」
「あなたは清和源氏の嫡子、しかるべき教養を身に付けていただきます。」
「教養とは何じゃ?」
「そういうところを直すのです。語彙が足りない。貴族と渡り合う場合にそのようなことではなめられます。和歌、書道、漢文、そして政の基本である律令制を学んでいただきます。和歌と書道は静さんに、漢文は常陸坊さんに、そして律令制は...」翡翠は秀衡を見た。「お館様に指導していただきます。」
「うむ、そういうことなら義盛よ、盗賊上がりの貴様には、それがしが武士の作法、武家の歴史、そして書状の書き方を伝授してやろう。」
「ふむ、ならば弁慶よ、貴様は僧兵だったと吹聴しているようだが、僧兵は兵であると同時に僧、仏門の掟を知らんようでは念仏も唱えられん。わしが経典を解説し読経のやり方を教えてやろう。」
「では、明日からこうしましょう。午前中の涼しいうちは勉強。お昼を頂いてから、外で活動をする。よろしいですね?」
義経たちはうつむき気味に「はーい」と手を挙げた。
夜、皆が寝静まったころ、翡翠は外に出て女神を呼んだ。
「女神様、お願いがあります。ゆくゆくはこの奥州藤原家、頼朝に滅ぼされます。秀衡殿は最後の一兵まで戦われるでしょう。でもそのとき、館の女たちを巻き添えにしたくないと思われるに違いありません。女たちを匿ってくれそうな豪族を見つけ出したいのです。そのためにはこの界隈の地理の知識が必要です。それに、何か重大な危機に陥ったときの退路も必要です。私の脳にこの地方のマップを転送していただけませか?」
返事はなかったが、翡翠は奥州のマップを記憶した。
先々の退路まで考えておく、これが今回の密書の重要なポイントです。なんしろ、義経を生存させて安全に逃がす、それが目標ですからね。