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第07話


少将と一緒に飲んで、部隊の略称を考えた翌日、俺を始めとした部隊員は早朝に少将の執務室に呼び出された。


呼び出されて、渡された物は新しい飛行服だった。

ただし今までの飛行服と違うのは左腕に黒い狼の部隊章が縫い付けられている点だ。


こうして正式に第208戦術戦闘航空隊の略称は“ブラック・ウルフ”と決まった。


…かつて親父が率いた部隊と同じ部隊章…そして名前…

感慨深いものを感じながら真新しい飛行服を撫でた。




スクランブル要員として俺達は配置されているため、これからもこんな生活が続くんだろうな…


  時刻1011時


突如、基地に設置されている空襲警報のサイレンが島中に響き渡った。

宿舎の自室に引っ込んでた俺は、バネ仕掛けの玩具のように跳び上がり航空司令部のブリーフィングルームへと駆け出していた。



俺が着いた時には既に何人かのパイロットがそこにいた。

アンダーソン中尉もその中のひとりだ。

しばらく待っていると、俺の部隊の連中や他の部隊の奴らが我先にとブリーフィングルームへ飛び込んできた。


全員が集まったところで簡単な状況説明が始まる。

対空電波索敵機が観測した結果によると現在、西方からこの島へ接近している約50機程の影を確認したと言う事である。


続いて、搭乗割と出撃順番だが、先陣は俺達とアンダーソン中尉達になった。

もちろん他の部隊も来るが、最初に切り込むのが俺達と言う話だ。


そして最後に少将から訓辞があった。


「状況は以上の通りだ。お世辞にも良い状況とは言えないが、各員の健闘を祈る。…これは独り言だが…もし空に上がりたくない者がいたら遠慮なく私に申し出て欲しい。空襲の際に高射砲から砲弾の代わりに撃ち上げてやる」


それを聞いた瞬間、部屋中から苦笑いが響いた。

俺も苦笑いをしたひとりだが…

出撃前の緊張を和らげるためのジョークだろう。

言った本人も笑っている。

シュミット中佐といい少将といい、俺達は良い司令官に恵まれているのかもしれない。


「搭乗割・出撃順は先程の通り、重ねてになるが、各員の健闘を心より祈る!」


解散の号令の後、部屋にいた俺達や他のパイロットは入って来た時と同じように我先にと部屋を出て、それぞれの機体が置いてある掩蔽壕へと駆け出して行った。

「こちら隊長機。全員、上がったか?」


『こちら2番機。上がったぜ』


『こちら3番機。上がりました』


……ん?4番機−オズワルド−からの返答が無い?


「4番機!聞こえるかオズワルド!」


『あっ!はいっ!こちら4番機、上がりました』


「お前、大丈夫か?」


『大丈夫です…まだ昨夜の酒が残ってるみたいで…』


『オイオイ…マジかよ!?…二日酔いの野郎連れて空戦なんて洒落にならねぇぜ』


『…本当に大丈夫、オズワルド君?』


『心配かけて済みません…大丈夫です』


…大丈夫だと…願いたいが…今日はコイツのお守りもしないといけないのか?

ったく!前途多難の初陣だ。


『こちらウィザードリーダー。大尉、大丈夫ですか?』


「…こちらブラック・ウルフリーダー。…頭痛がしてきた…そっちの隊に誰か薬を持ってる奴はいないか?」


無線超しにウィザード隊の面々の笑い声が聞こえる。

アンダーソン中尉は苦笑しながら、残念ながら無いそうだ、と答えた。



西の空を目指して飛んでいる俺達9機は先陣として飛んでいるのだが、敵機の姿が確認できない。

…いったいどこにいる…


敵機の姿を見つけるために、現空域を端から端まで見渡す。

…そして“異常”を見つけた。

……空の色が違う……

彼方にある空の色がいつも見慣れているそれと違う。


天性の賜り物をさらに鍛え上げた自慢の視力を使って、空の彼方を睨む。


そうしたら一瞬だけ、チカッ、と空が光ったのが見えた。

あの光は、敵機のプロペラが太陽光を反射して起こる光だ。

−見つけた!−


愛機の風防を後ろに滑らせ、機外に手を出して僚機、ウィザード隊に手信号で伝える。(無線を使わないのは、敵に傍聴されないように無線封鎖をするため。ただし交戦時は無線を開く)


『敵機発見、我に続け』


この9機で、どこまで戦えるか分からないが、どうせ後詰めの連中もすぐ援軍に来るだろう。


そう判断し、信号を伝えた。

僚機を確認すると全機、了解、の手信号を返した。

ウィザード隊は翼を振って了解の意思を伝えてきた。


−さぁ…行くぞ−


コツン、と軽く操縦席の計器盤を叩き、スロットルを全開にする。

愛機が、まるで了解の意思を伝えるようにプロペラの音を変えた。





敵編隊を確認出来る距離に近付いた時、俺は少し後悔した。

敵機の数が多い…

それに向こうの方が高度が1000mほど高い。


空戦の基本は敵機の後方上空に占位する事だが、今は高度は低いし、このままで行くと正面でぶつかる事になる。


水平距離約2000m 上昇している暇は無い!


このまま、敵編隊の腹側から攻撃を仕掛けるしかない。



敵編隊は爆撃機が30機 護衛戦闘機が約10機。

報告よりも少ない。

だが、大編隊である事に違いはない。


水平距離約600mで増槽を切り落とし、機体を軽くする。

そして、操縦桿を引きつけて急上昇。


俺は編隊の中央を飛んでいる双発重爆撃機に狙いを定めた。



目標まで、あと100mで俺の姿に気付いた敵爆撃機の下部旋回機銃から銃弾が驟雨の如くに放たれる。

だが、もう遅い!!


照準を敵爆撃機の右主翼に合わせ、機銃の発射把柄に指を掛ける。

そして、敵機の姿が照準からはみ出るほどに近付き7.7mm、20mm機銃を斉射する。

敵機の脇を擦り抜けて上空に逃れた所で後方を振り向くと敵爆撃機は右主翼を、なかばから折られて錐揉みを起こしながら海原へ落ちて行った。


味方を見ると初撃で味方に被害は無し、敵編隊は爆撃機、戦闘機合わせて、9機撃墜!ここで無線を開き全機に通達する。


「各機散開、自由戦闘開始!奴らを1機残らず喰い尽くしてやれ!!」


全機から、了解、と言う声が返って来た。

…さぁ…Pay Backの時間だ!

愛機の翼を翻した俺は次の獲物を編隊の先頭を飛行する爆撃機に定めた。


まずは、急上昇し敵機の上空に占位する。


程よく上昇した所で、操縦桿を操作し敵機に目掛けて降下する。


敵機の上部旋回機銃から放たれる銃弾が何発か俺の機体に当たり、ガン、ガンと耳障りな音を響かせる。

だが、怯みはしない。


爆撃機のようなデカブツは防弾装甲が戦闘機よりも厚いため、いくら機銃弾を撃ち込んでもたいした損害にはならない。

もちろん“弱点”以外の場所に撃ち込んだ場合の話だが。


その“弱点”目掛けて降下し、至近距離から機銃を斉射する。


脇を擦り抜け下空に出る。

振り向けば、攻撃を食らった爆撃機は黒煙を引きながら落ちて行く。


俺が狙った“弱点”とは敵機の操縦席部分。

爆撃機に限らず、現在の航空機の操縦席は有機硝子張りであるか、操縦席が剥き出しのどちらかである。

最少の弾数で敵機を撃墜させるには、これが1番なのだと親父や兵学校の教官に教えられた。



状況を確認するため上空に眼をやると、少ない機数ながらこちらが有利のようだ。


思わぬ奇襲を掛けられて敵部隊は編隊を維持できなくなっている。


今、見ている最中にも2番機−マックス−が戦闘機を1機撃墜したのが見えた。


『Oh Yeahh!!敵戦闘機1機撃墜だ!! Hey!見てたか相棒!!』


「見てたぞ。ナイスだマックス!」


『凄いな…オイッ野郎共!ブラック・ウルフ隊に負けるな!俺達も撃墜数を増やすぞ!!』


アンダーソン中尉の喝でウィザード隊の面々は咆哮を上げ、先程までよりも鋭い機動で並み居る敵機に襲い掛かっていく。


今までは、順調だったのだが、空戦域を見渡しているとある一点で俺の視線が止まった。


敵戦闘機に追い掛けられている奴がいる。

眼を凝らして見るとそれが、二日酔い…もとい…オズワルドの機体である事が確認できた。


『クソッ!ぴったりと張り付きやがった。振り切れない!!』


無線から二日酔い…じゃなかった…オズワルドの声が流れてくる。


「オズワルド!大丈夫か!?」


『これが大丈夫に見える奴がいるなら会わせて下さい!!』


悪態つけるだけ余裕があるなら大丈夫だな。


「分かった分かった。だからそんなに喧々になるな。いいか?俺が3つ数えたら右に急旋回しろ。分かったな?」


了解の声が聞こえ、俺は機体を操作してオズワルドを追撃している敵機の背後にまわる。


俺に気付いていないのか敵機はそのままオズワルドを追撃している。


「よし、尻に付いた!いいか、オズワルド行くぞ!…3…2…1…今だ!右に旋回!!」


オズワルドが右に急旋回したのに続き敵機も急旋回する。

敵機の位置が変わり俺が睨み付けている機銃の照準には敵機が円環からはみ出るほどに見えている。

それが確認できた瞬間に反射的に機銃の発射把柄を引いた。

曳光弾の引く煙が大気中に刻まれ、敵機に弾丸の弾痕が穿たれる。その内の何発かが敵機の操縦席に吸い込まれて朱い絵の具をぶちまけたように、風防が朱く染まった。


敵機は炎の尾を引きながら海原へ落ちていく。

    

…今さっき起こった出来事が俺の脳裏に鮮明に焼き付いた…

何も今まで気付かなかった訳じゃない…

改めて思い知らされただけだ。

 …俺は人を殺した…『隊長、ありがとうございます。御蔭で助かりました』


「んっ?あっああ…」


ほんの少しの間、物思いに耽っていたようだ。

そんな事は戦闘の後でも良いと言うのに!


『隊長?…大丈夫ですか?』


「大丈夫…って言うか…お前に言われたくない!」


『すっ済みません!』


「謝ってる暇があんなら戦え!ほら真っ正面に敵爆撃機だ。アイツをやれ!!」


『了解!突貫します!!』


突貫して行くオズワルドの援護位置に付き追従する。


爆撃機からの機銃掃射の間隙を縫って接近。


射程に入ったオズワルドが機銃を斉射する。

左エンジンに命中しプロペラが停止したが、致命弾とはなっていない。


トドメを刺すべく操縦席を潰そうと考えたが、思いの他、銃撃が激しいため近づけない。


機体を揺らし首尾線をずらしながら残った右エンジンを潰すべく機銃を斉射する。

マトモに20mm炸薬弾が命中し、右エンジンが吹き飛ぶ。


推力を失った機体は、そのまま墜落していくが、落ちていく途中でいくつかの落下傘が開いた。


どうやら乗員は脱出したらしい。

その姿を見て安心する自分がいた事に俺は少し戸惑った。


『お見事です隊長!また1機撃墜ですね!』


「あぁ…ありがとう。…ところでオリビアは何処にいるんだ?」


『えっ?中尉ですか?…いました!3時方向です!!』


言われた方向に眼をやるとオリビアが戦闘機を追撃しているのが見えた。


敵機に銃撃を浴びせ撃墜。

その鮮やかな手並みに見惚れた。

だが、それもつかの間。

戦闘機がオリビアの尻に付きそうなのを見た瞬間に俺の身体は勝手に動きスロットルを全開にした。


オリビアも敵機の存在に気付き回避運動を行っているが、敵機はしつこく張り付いている。


「ったく!しつこい奴は嫌われるんだぞ、この野郎!!」


オリビアにへばり付いている敵機に弾丸のシャワーを浴びせ、撃墜。

俺の攻撃で敵機は胴体が真っ二つに折れて落下して行った。


『隊長、ありがとうございます。…もう少しでやられる所でした…』


「気にしないでくれ…それよりも次は気をつけてくれよ?」


『はい。分かりました』


『なぁ…お二人さん?戦闘中にイチャイチャするのは辞めてくれないか?』


「なっ!?何を言ってんだマックス!!」


『そうですよ!変な事を言わないで下さい!!』


…なんだか…緊張感が無い会話だな…


しかし、燃料の残量が危ない…

そろそろ…援軍が来てくれないか…


『…隊長!9時方向を見て下さい!援軍が来ました』


俺の祈りが通じたのか東の空から味方の編隊が接近して来る。


「やれやれ…やっと騎兵隊の到着だ。ブラック・ウルフ全機へ、最後の仕上げだ。気を抜くなよ!」


3人分の了解の声が無線超しに聞こえ、連携して敵編隊の殲滅に掛かる。


そこに援軍として来た味方の編隊も加わり、空戦は一方的な勝利となった。


気付けば、空戦は終了し生き残った敵機は西へと逃げて行った。

あれだけいた敵機がわずか10機程になっていたのは俺も驚いたが…。

<verdammt!!なんで我々が退却しないといけないんだ!?こっちが圧倒的に優位だったはずだ!!>


<俺も自分の眼が信じられん!…特に最初に突っ込んで来た黒い狼のエンブレムを付けた4機の戦闘機に殆どの僚機が喰われた!…まさかアレは…>


<そうだ…奴らだ…“シュヴァルッ・ヴォルフ”…あの黒い狼が帰ってきやがった!>




混線状態の無線からバスティア語が聞こえてきた。

俺も少しは、話したり聞き取る事は出来るが…やっぱりうまくは聞き取れない。

だが、確かに“黒い狼”と言う言葉が聞こえた。

…もしかしたら俺達の事か…?






基地に戻った俺達を待っていたのは、拍手の嵐と手荒い歓迎だった。

拍手は良いとして…乱暴に叩くのは辞めて欲しい…


今日の空戦は驚くべき結果に終わった。

友軍の損害は、0

敵部隊の損害は、爆撃機22機 戦闘機8機だった。


ブラック・ウルフ隊の記念すべき初戦果は、俺が5機、マックスが4機、オリビアが3機、そしてオズワルドが3機 合計15機 初陣にしては上々のものだ。


そして、さっき気付いたのだが今日の空戦で俺は開戦からの通算撃墜数が9機になり、5機を越えた。


つまり、“撃墜王”−エースパイロット−の仲間入りを果たした。



“撃墜王”5機以上の敵機を墜とした者にだけ与えられる称号。

その称号を与えられた者は、他のパイロット達から尊敬と畏怖の念で名前を呼ばれる事になる。


だが…晴れやかな気分には到底なれない…

俺は…人を殺した…それが『戦争だから仕方が無い』…この理由だけで済むのだろうか…


“戦争とは、合法的な殺人遊戯である”

そんな言葉を遺した思想家がいた。

名前は忘れてしまったが、この言葉はよく覚えている。


鬱蒼とした気分になってしまい部隊の機体整備要請と少将への帰還報告をマックスに頼み、俺はこの喧騒から逃れるために基地の近くにある海岸へ向かった−




−隊長に助けて貰った事の御礼がしたくて、俺は基地中を探した。

…でも、見つからない。


射撃練習所、隊長の部屋、ブリーフィングルーム、…まさかこの時間から飲っているとは思わなかったが、バーも探した。

その他の場所も探したが、何処にもいなかった。


あとは、…あまり来たくは無かったが掩蔽壕ぐらいしか隊長の行きそうな場所は分からない。

来たく無かった理由は…昨日の事だ。

まさか出会って数分の人間にスパンクをされるとは、これまでの人生で初めての経験だった。

頬の痛みを忘れるべくあまり飲み慣れていない酒を飲んで悪酔いしてしまった。

…実を言うと…頬はまだ痛い…


ふと、足元に何か暖かい物体がある感触がして足元に眼をやる。

そこにいたのは、軍の基地には似つかわしく無い物体だった。


−キャン!キャン!−


その物体は、毛むくじゃらで、小さくて、黒くて、俺をつぶらな瞳で見上げて、これまた小さな尻尾を振っている。

そう、俗に言う犬と呼ばれる生き物の子供だった。


少し訝しんで子犬を抱き上げると顔をペロペロと舐めてきた。

俺の腕の中にいるのに、何が嬉しいのかまだ尻尾を振り続けている。

可愛いな、と思って撫でていると何処からか声が聞こえてきた。


「ガスト〜ガスト〜何処〜?」


その声は昨日で一生分聞いて、二度と聞きたく無い声だった。

…だいたいなんで俺のファーストネーム知ってんだ?

…昨日名乗ったからか…


彼女の声を聞いて腕の中にいる子犬が吠えだした。

…まさか…この犬の名前って…


「いたいた!ガスト…!?」


子犬の声を聞いて近付いて来た彼女は俺の顔を見た瞬間に硬直したが、一瞬の後に怒りの表情になり俺の腕から子犬を引ったくるように奪った。


「ちょっと!昨日やられたからってあたしの犬に当たるなんて何考えてんの!」


「イヤイヤ…何考えてんのはそっちだろう。…だいたい俺はそんなに器が小さくは無い!それに俺はその子犬をここで保護しただけだ!!」


「えっ!?え〜と…本当に?」


睨みながら無言で頷くと、彼女はバツが悪そうに苦笑いした。




「その子犬は君の犬なのか?」


とりあえず落ち着いた俺達は掩蔽壕の中に入って木製の椅子に腰掛けた。

子犬−ガスト−は、地面に置いてある小さなボールにじゃれついている。


「ええ。この基地に配属になってすぐに、拾ったんです」


「拾った?」


「捨て犬だったんです。…なんでこんな場所に居たのかは、いまだに分からないけど…」


その話を聞きながら俺はガストを抱き上げて頭を撫でる。

もしかしたら親の愛情を受けずに育ったのかも知れない。

それなのにおくびにも出さずに俺の顔を舐めるこの小さな命に尊敬と悲哀を感じた。


「しかし…ガスト…ね…」


俺と同じ名前というのは少し混乱するというかなんというか…


「?男の子らしくて良いじゃないですか。ガストは“突風”って意味ですよ」


「…それはよく知ってる。なにせ…自分の名前だから…」


それを聞いて彼女は驚いた表情をした。

…もしかして俺の名前、忘れてた?


「えっと…そうでしたっけ?」


「俺の名前は、ガスト・オズワルドだよ」


「…なんだか…ややこしくなりそう…」


その事には激しく同意する。


「それじゃあ…貴方の事は、オズワルドさんか曹長、って呼びますから。私の事は、ジェーンでもガイアでも兵長でも好きな呼び方でどうぞ」


「分かった…じゃあ兵長かガイアって呼ぶよ。…ところで気になっていた事があるんだけど。…もしかして君の父親ってニミッツ海軍航空基地所属のピート・ガイア曹長じゃないかな?」


彼女に名乗ってもらってから気になっていた事だった。ファミリーネームが同じだからまさかと思っていたが。


「はい。そうですよ」


あっさりと認められた事実。

…全然、似て無い父娘だな…

漠然とそんな事を考えているとガストが欠伸をしたのが聞こえた−



−砂浜に寝っ転がりながら空を見上げる。

イヤと言う程に見慣れてしまった色。

先程まであの場所で戦闘があったとは思えない程に蒼く澄み切った空だ。


漠然とそんな事を考えながら煙草を吸う。

身体の傍らには、煙草の吸い殻が山になった空き缶。


砂浜に着いた時から同じ行為ばかりを繰り返している。


寝っ転がり、煙草を吸い、紫煙を空に向かって吐き出し、煙草が短くなったらまだ点いている火で新しい煙草に火を点ける。

それがEndless。


全くもって不健康にも程がある。

煙草に眼をやると、だいぶ短くなっていて新しい煙草を取り出そうとする。


紙ケースの中を覗くと煙草は1本しか残っていなかった。

吸うのも面倒臭かったから今吸っているので最後にしようと思ってくわえている物をゆっくりじっくりと味わう。


「…私にも1本くれませんか?」


不意に背後から声が掛けられて、頭だけを動かし振り向くと自分の隊の3番機がそこに居た。


「…なんだ…オリビアか。どうかしたか?」


「いえ。どうもしませんけど…。それより、1本くれませんか?」


彼女は指先で俺の口元を指差した。

彼女が言ってるのは…やっぱり煙草なんだよな…


「…吸うのか?」


訝しんでそう問い掛けると、たまにです、と言う返答が返ってきた。


紙ケースにはあと1本だけ。

もったいない気もする。

…確か…部屋には買い溜めしていた煙草が2カートンぐらいあったはずだ。

無かったとしても酒保に行けば良いか。


最後の1本を彼女に差し出し、ポケットの中をまさぐりマッチを探す。

彼女が俺の傍らに座ったのを感じながら、ある重要な事に気付いた。


…マッチも最後の1本、使ったんだった…

煙草を最初に吸った時、マッチ箱にあった最後のマッチを使ってしまい、その後は煙草の火で新しい煙草に火を点けていた事に気が付いた。


……どうしよう……


なぜか少し冷や汗をかいた。


マッチも使ってしまったから火なんかどこにも……

…火なら口にくわえてた…


先程よりも煙草は短くなってしまったが、火を点けるには十分な長さだ。

…少し恥ずかしいけど…


チョイチョイ、と指先で顔を近づけるよう指示する。

理解したのか彼女も顔を近づけてきて、顔を傾けて自分のくわえている煙草を火の点いている俺の煙草に合わせる。


ずいぶんと顔同士が近い気がしたが…無視しよう…


火が点くまでそれほど時間は掛からなかったのに、俺にはその時間が数時間もの長さに感じられた。


火が点き煙草同士を離して、吸い込んでいた紫煙を吐き出す。

俺の隣で彼女は煙草をゆっくりと吸っていたが、急に咳込み始めた。


「おい…大丈夫か?」


「ケホッ!ケホッ!」


苦笑しながら彼女の背中を摩る。

落ち着いたのか、彼女は俺に顔を向けて悪態を尽き始めた。

…咳込みすぎて眼が潤んでいて、おかしな表情をしていたのは黙っておこう…

…笑いそう…


「なんですかこの煙草!?キツイじゃないですか!…肺がびっくりしましたよ…」


まぁ…確かに俺の煙草はキツイかも知れない。

最初は俺も咳込んだ程だ。

でも、クセになる。

変なクスリなんかに手を出すよりはよっぽど良いと思う。


「イヤなら返せよ。俺が吸う」


「絶対にイヤです。これは私が吸います」


見ていて飽きない奴だな…

初対面の時はなんだか融通が利かないというか、堅いというか、そんな感じがした。

出会ってから1ヵ月弱で彼女について分かった事は、負けず嫌いで、融通が利かなくて、変なところで素直と言う事だ。

これからもっと様々な表情を見れると思うと苦笑を禁じえない。


今だって彼女がむくれたような表情で煙草を吸っているのを見ても笑いが込み上げてくる。

…本当に飽きない。


「…何かあったんですか?」


ぽつり、と彼女が呟くように声を出したのを聞いて顔を向けると、当の本人は視線を海に向けていてまるで独り言のように呟いている。


「副長に言われたんです。“アレックスの様子がおかしいから見て来てくれ”って」


…アノ野郎…

たぶん…と言うか確実に面白がってるな。

…まあ…“様子がおかしい”ってのは正解だな。

流石、俺の悪…親友。


「私が声を掛けるまでずっと上の空でしたし…本当に何かあったんですか?」


なんと答えれば良いんだろう…

腐っても海軍兵学校航空学科 首席卒業の頭を愛機のエンジン以上にフル回転させて考える。


「…怖くなった…と言えば良いかな…」


言葉を何度も選び直しながら選抜した言葉は、結局は俺の素直な心境を語る言葉だった。

海を見つめながら呟いたから彼女がどんな風に俺を見てるか分からないが、雰囲気や視線を感じて俺を見つめているのは分かる。


「…怖くなったんだ…敵機を至近距離から攻撃した時に銃弾が何発か敵機の操縦席に飛び込んだんだ。その瞬間に敵機の風防が朱く…血で染まった。…俺は…人を殺している。…頭では…分かっているんだ。“殺した者に気持ちを抱いては兵士は務まらない”って事も…だけど…」


こんな泣き言を人前で言うのは初めてかも知れない。

付き合いの長いマックスにでさえ、俺の弱い部分を見せた事は無い。

それなのに、なんの気後れも無く話せる自分を不思議に思った。


「…それが、どうしたんですか?」


俺の思いを否定するような返答に苛立ち、身体ごと彼女に向き直った俺は文句のひとつでもぶつけてやろうと思った。

だけど、それは出来なかった。

俺の苛立ち以上に彼女の双眸は鋭く、そして悲しみに満ちていて頭を駆け巡った文句が口から出なかった。


「それが、どうしたんですか?…貴方だけがそんな気持ちだと思っているんですか!?私だって怖い!ううん、私だけじゃ無い。副長もオズワルド君もアンダーソン隊長も戦争に参加している敵・味方を問わない兵士みんなが、死にたく無い、殺したく無い、戦うのが怖いと思っているんですよ!…でも…それでも…国や国民のために必死になって戦っているんですよ!それなのに、アレックスだけがそんな風に思っているだなんて泣き言を言わないで下さい!!…私は…そんな人の部下になった覚えはありません!!」


一気にまくし立てた後、彼女は顔を俯かせてしまった。

言っている事が無茶苦茶だと思った。

だけど、的を得ている。


確かに俺は人を殺した事が怖かった。

だが、それは俺だけでは無い事を忘れていた。

彼女の言うとおりだ…

俺が言った事は、自分の殻に閉じ篭っている臆病者の泣き言でしかない。


そんな事にも気付かなかった自分の頭に吐き気を覚える。

…頭は飾りでは無いのに…


「…失礼な事を言って済みません…。でもひとつだけ訂正させて下さい。さっき私は“そんな人の部下になった覚えは無い”って言いましたけど、訂正します。私…私達の隊長はアレックス・ササキだけです。…もしまた泣き言を言いたくなったら私に聞かせて下さい。出来るだけ相手になりますから…」


そう言ってまた顔を俯かせる彼女を見て素直に、ありがとう、と言う台詞が口から出た。

だが、泣き言はもう言わない。


…もし言うとしたら…俺が何処かの空で火を噴きながら散華する瞬間だろう…


ふと口元の煙草を見ると火が煙草のフィルターまで達していてかなり不味い。


吸い殻が山盛りになっている空き缶に煙草を押し潰し火を消す。


吸い終わった後は、どうしようもなく口寂しい。


非常事態にならなければ、これからの予定も無く暇を持て余した俺は、また砂浜の上に寝転がる。気が付けば空は夕焼け色に染まっていた。


…今日は…疲れた…


俺は昼寝をする習慣は無いが、疲れていて身体が休息を欲している。

空戦では負け無い自信はあるが、今回は睡魔と言う敵に撃墜されてしまった。


身体が宙に浮くような形容しがたい感覚に包まれながら、俺は眼を閉じた。


…何かあれば、オリビアが…叩き起こしてくれるだろう…

…とにかく…今日…は…疲…れた…


気のせいかどうかは分から無いが、夢見心地の中で俺の後頭部が砂のような無機物ではなく、何か…暖かくて柔らかい物に触れているのを感じた。


まぁ…どうでも良い…とにかく今は…寝ていたい…


…あれ…さっき…彼女にファーストネームで呼ばれた…?




第08話に続く

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