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第05話

現在時刻0523時


早起きのヒグラシが鳴き始めたのを聞きながら、俺は宿舎の裏庭で上半身裸になり朝のトレーニングを行っている。

俺がやっているトレーニングは、真剣を使っての素振りや実戦剣舞だ。

時々は型をやるが、朝にやるのは少しきつい。


手にしている剣は、倭刀と呼ばれる刀剣。

これも親父の形見のひとつで、まだ親父が存命中の頃に倭国の剣術である倭刀術を習い、この刀を譲り受けた。

この倭刀の特徴は、峰にある反りが深いこと、そして頑丈なこと、特に注目すべきなのは他の刀剣よりも遥かに鋭い切れ味だ。


素振りをしていると良い筋トレになるし、なにより精神集中になる。

だから毎日…という訳では無いが、出来るだけ頻繁にやっている。


「…489…490…491…」


ヒュンヒュン、と鋭い風切り音を響かせながら倭刀を振り下ろす。


「…498…499…500!!」


目標回数に達し、深く息をついて作法どうりに倭刀を腰の帯に挿した鞘に収める。

パチンッ、と刀身が鞘に収まった事を告げる鍔音が鳴り、柄から手を離す。

その時、背後から拍手の音が響いた。


「久しぶりに良いものを観させてもらったぜアレックス」


「…なんだマックスか…朝早くにどうした?」


いつの間にかマックスが見物をしていたのに気付かなかった。

…この野郎…気配消してやがったな…


「いやなに…俺も日課のランニングを終わらせてきた帰りでな。ついでに見物させてもらったぜ」


よく観るとマックスが着ているシャツは汗でビッショリ、になっている。

一体、何km走ったんだか…


「しかし…近くに女性がいなくて良かったな」


なぜそんな話になるのか分からなかったのでマックスに聞いてみると


「だってよ…それなりに顔立ちが良くて上半身が裸でかなり筋肉がついてる野郎がいるんだぞ…それに、この前の模擬戦で女性職員が観戦してたの忘れてたか?」


確かに2週間前の模擬戦の時、やけに女性職員の観戦している人数が多かった。

…それになぜか、あの模擬戦の後から何人かの女性職員から告白されたことがあった…

もちろん断ったけど…


「…ハァ…そんなだから恋人出来ねぇんだよ」


マックスにその事を伝えたら呆れられた。


全く判らないが…。





いったん、俺は宿舎に戻りシャワーを浴びて汗を流した後、着替えて食堂に向かった。


軍隊の朝は基本的には早いので0600時なのに人が食堂に結構集まっている。

今日の朝食である、パン、スクランブルエッグ、コーンスープを受け取り空いてある座席に座る。

余談だが、国防海軍では食事の献立にある伝統がある。

木曜日はミートローフ、金曜日はカレー、という伝統だ。

これは長期航海の際に日付の感覚を忘れないために考案されたものらしい。

…確か倭国では、昔の海軍司令長官が若い頃に留学した国のビーフシチューの味が忘れられずに、それを海軍食に採用しようとしたら、全く別の食べ物が出来てしまったらしい。

だが、それを食べてみたら美味かったので海軍食に採用したと言う話を聞いた事がある。

…なんでもその食べ物は“ニクジャガ”とか言う物らしい…今度、調べて作ってみよう。


「おはようございます隊長」


急に声を掛けられたので声がした方向に顔を向けるとオリビア中尉が手に朝食を持って立っていた。


「あの…ご迷惑でなかったら隣、良いですか?」


「ああ、もちろんどうぞ」


快く承諾すると中尉は俺の右隣の座席に座り食事を始めた。

中尉とはこの2週間、模擬戦を繰り返して空戦技術を教えたり教えられたりした。

特に俺は、“捻り込み”などの戦闘機動を教えた。

だいぶ上達したと思うがまだ少し粗削りな部分もある。

しかしこの短期間でここまで上達するとは称賛に値する。

まったく彼女には脱帽するしかない。


これからの予定を話し合っていると、急にマックスが現れた。

マックスによるとシュミット中佐が呼んでいるらしい。

俺達は急いで食事を済ませて執務室に向かった。



三人揃って中佐の執務室に入ると中佐の他にもうひとり幼さを残す青年が居た。


中佐に向かい敬礼をすると中佐も敬礼を返す。


「三人とも朝早くから済みません。つい先程、貴方がたの部隊の最後の隊員が到着しましたので、その紹介をと思いまして」


そう言って中佐は新入りに目配せし自己紹介を促す。

その視線を感じて新入りは中佐に軽く会釈し、俺達に向かい敬礼し自己紹介を始めた。


「自分はガスト・オズワルド曹長であります!。えーと…こっこの度、飛行訓練学校を卒業し“第208戦術戦闘航空隊”に編入いたしました」


少し緊張しているらしく言葉に詰まったり噛んだりしている姿を見て俺は苦笑してしまった。


俺達も敬礼を返し簡単な自己紹介を始める。


全員が自己紹介を終えた後、俺はちょっとした提案を新入りにした。


「オズワルド曹長、疲れているか?」


「いえ?…大丈夫ですが…」


そうかそうか…疲れていないのか…それじゃあ…


「それじゃあ、お前の歓迎会をしたいんだが…構わないかな?」


「えっ!?良いんですか!?」


「ああ、もちろん。…ただし食い物も飲み物も無いぞ…」


オズワルド曹長の顔が疑問符を浮かべているのがよく分かる。

…これが俺の歓迎会だ新入り…


「これから空に上がって俺と模擬戦だ」


新入りの絶叫が執務室に響いた。

俺を含めて中にいる四人は苦笑または意地の悪い笑顔を浮かべている。


俺はマックスに『命令』して新入りを格納庫に連行するように伝えた。


中佐に飛行プランを提出したあと、俺も格納庫に向かう。

…さぁ…新入り、歓迎会の時間だぞ…



……


………


…………




歓迎会が終わり俺と新入りが地上に下りると、例の如くに見物人がいた。

…おまけに中佐まで…


歓迎会でコテンパンにやられた新入りはグロッキー状態だ。

学校では良い成績だったんだろう、なかなか良い機動をしていた。

…あくまで、訓練での話だが…


敵弾を一発喰らえば、死んでしまう戦場ではあまり意味が無い機動だった。

…やれやれ…しばらくは、こいつの訓練に付き合って一端にするしかないな…


「…オイオイ…大丈夫かオズワルド?」


「…はい…なんとか…」


顔、真っ青にしてちゃあ説得力に欠けるな。

今日は、もう休むようにオズワルドに伝えて解散した。


解散した後は何か非常事態が発生しない限りは自由行動になる。

暇を持て余した俺はとりあえず射撃訓練所に向かう事にした。



一度、宿舎に戻り自分の拳銃を取って来た俺は、宿舎の近くにある訓練所に入った。

中はそれほど狭く無く、射撃レーンが横に9レーン並び、ひとつのレーンから人型の標的まで10mほど離れている。


空いてあるレーンに入り、射撃位置にある小さな机に置いてある.45口径ACP弾を拳銃の弾倉に込める。


拳銃を構え10m先にある標的に照準を合わせ、銃爪を引く。

銃爪を引く度に的の中心と頭部に弾痕が出来るのを確認しながら全弾、撃ち終わる。

次の弾を込めようと弾倉を外したら、隣のレーンから発砲音が聞こえたので眼を向けてみるとオリビア中尉が俺と同じ様に射撃訓練をしている。


彼女のレーンの先にある的を観るとあまり的の中心に命中していない。

それどころか、外れているのも所々ある。

…空戦ではちゃんと当たるのに不思議だ…


苦笑しながら新しい弾を弾倉に込めて同じ様に的を狙い、銃爪を引く。

この最後の射撃で全弾8発撃ち、出来た弾痕はひとつだけ。

腕が鈍っていない事を確認した俺は訓練所を出て宿舎に向かう。

…さて…夕飯までどうしよう…





夕飯の時間になり俺達は改めて新入り−オズワルド曹長−の歓迎会をやった。

模擬戦が終わった後はグロッキー状態だったのに、今は顔色が良くなっている。

結構、タフな奴だ。


話が進み歳を聞いてみると20歳だそうだ。

…俺は18・19歳ぐらいだと思っていたんだが…

聞けばつい最近、誕生日を迎えたばかりだそうだ。

いつかアルコールが飲める機会があったら酔い潰してみたいもんだ。


宴もたけなわ、そろそろお開きにしようと思った時、中佐が現れて俺に執務室に来るように言われた。



執務室に入室すると中佐作の新しいブレンドを振る舞われた。

まるでオーシャン島に居た時のようだ。

コーヒーを味わっていると向かいのソファに座っている中佐が真剣な面持ちで口を開いた。


「実は、貴方がた…第208戦術戦闘航空隊に出撃命令が下りました」


「…そうですか…それで任務は?」


「…任務は“ミッドウェー島”での対空迎撃が主な任務となります」


“ミッドウェー島”

エスティリア共和国とバスティア帝国の間に広がる中央海。

そのほぼ中間、またオーシャン島から西へ約300km先に位置するのが、“ミッドウェー島”だ。


共和国はその島から本土までの東は、ほぼ完全に制海権・制空権を手中に収めている。

この戦争に勝利するためには、その島から西のエリアの制海権・制空権を少しでも多く奪取する必要がある。

だが、逆を言えばバスティア帝国も同じ事が言える。


現在、“ミッドウェー島”は友軍が利用しているが、帝国は島を奪取するため連日のように爆撃を繰り返しているらしい。

そのため友軍は迎撃もままならない状態だと聞いた事がある。


「…了解しました…ところで出撃はいつですか?」


「出撃は予定では1ヵ月後となります。それまでになんとか訓練を終わらせて下さい」


1ヵ月か…正直キツイが文句も言ってられない。

…明日からは猛訓練の毎日だな…


執務室を出た後、この事を三人に伝えるべく俺は宿舎に向かったが、待っていた全員に途中で会い、中佐からの命令を伝えた。


中尉とオズワルドは緊張した面持ちで聞いていた。

二人共、初めての実戦になるのだから緊張するのは無理も無い。


ちなみに俺とマックスはこれが初めての実戦では無い。

俺は開戦直後の戦闘よりも以前に実戦を体験している。

俺とマックスはかつて首都防空隊に所属していた。その間のほんの2ヵ月間、実は国境警備隊に異動をしていて、その時に国籍不明機と戦闘をしている。

あの時、俺達はさんざんな目に合った事を今でも覚えている。


話を戻そう。

命令を伝えた後、全員に解散を命じて俺も宿舎に戻った。



部屋に戻りベットに横になって眼を閉じる。

ついに出撃命令が下り、最前線に向かう事になる。

…だが、…怖い…もし判断ミスを犯せば部下全員の命が失われるかも知れない…

…俺が死ぬのは一向に構わない…

だけど…部下が死ぬのは耐え切れ無い…


悶々と考えていると眼が冴えて眠れなくなってしまい宿舎の外に出て散歩することにした。




当ても無く夜の基地を散歩していると砂浜に出た。

毎日のように空に上がっているのに、こんな所があるなんて知らなかった。


砂浜に座りながら夜の海を眺める。

今夜は月が出ているので海が余計に綺麗に感じる。

昼間の海とは違う美しさだ。


海を眺めていると何処からか歌のようなものが聞こえてきたため、不審に思い音源を探す事にした。


声のする方向へ歩いて行くと砂浜にある少し大きな岩に誰かが座って歌っているのが確認できた俺は眼をよく凝らして、歌っている人物を確認する。


よく観るとその人物が中尉である事が確認できた俺は少し緊張を解いた。

中尉は俺が確認できないのか分からないが、歌い続けている。


彼女の唇から紡がれる歌を素直に俺は綺麗だと思った。

確かに歌声は綺麗だが、それ以上に心に響く。

それが綺麗だと思った。


彼女が歌い終わり息をついたところで俺は拍手を送った。

彼女は驚いた表情で俺の顔を見る。


「たっ隊長!?いらっしゃったんですか!?」


「ついさっきからな。しかし中尉にこんな特技があったなんて知らなかったよ。…ところでさっきの歌はなんて題名だ?」


「…名前は…まだ無いんです…」


その解答に俺の頭の中では疑問符が飛び交う。

名前が無いってどういう事?

困惑気味な俺の顔を見て中尉は少し苦笑しながら口を開いた。


「すみません説明不足でした。実はさっきの歌は私が趣味で作った歌なんです。まだ作詞が途中で題名も決まって無いんです」


その言葉にやっと得心がいった。

しかし趣味とはいえあんなに良い歌を作れるなんて凄いな。


「途中でも凄く良かったよ。完成したら俺に聴かせてくれないか?」


「えっ?あっ!はい喜んで//」


少しだけ頬を赤くしながら了承してくれたけど…俺、変なこと言ったかな?


「あの…隊長、お願いがあるんですけど、良いですか?」


「えっ?なんだい?」


…無茶なお願いじゃなきゃ良いけど、と俺は少し身構えた。


「あの…私のこと“中尉”って呼ばないで普通に呼び捨てで良いですから、そう呼んでくれませんか?…階級で呼ばれるとなんだか、こそばゆいんです…」


そう言われると確かに彼女の事はずっと“中尉”と呼んでいた。…確かに部隊の仲間から階級で呼ばれると、こそばゆい気がする。


「分かった。じゃあこれからは中尉…じゃなかった…君の事は“オリビア”って呼ぶから…これで良いかな?」


「はい分かりました」


中尉…オリビアは俺に微笑みながら首を縦に振り了承してくれた。

…でもこれじゃあ不公平だな…


「ついでに俺の事も呼び捨てにしても良いぞ」


そう言ったら彼女は激しく首を横に振って、そんな事できません!、と反対した。


「…上官の方を呼び捨てにするなんてできません…」


彼女はほんの少し顔を赤らめて、顔を俯かせてそう言った後、何かをゴモゴモと口ごもっていたが俺の耳には聴こえなかった。


「…分かったよ…それじゃ気が向いたら呼んでくれ」


その後、二言三言話した後、彼女はもう休むと言って宿舎に向かって行った。


彼女と話していたら先程まで悶々と考えていた事が馬鹿らしくなっている事に気がついた。


そうだ、そんな事心配しなくても誰も死なせなけりや良いんだ…もちろん俺自身も…


あの時のような間違いは二度と犯さない。

もう部下の喪に服すのは御免だ。


なにより彼女…オリビアの完成したあの歌を聴くために…



決意した俺は、しばし休息を取るために宿舎に向かった。


…明日からの戦いの日々を生き残るための力を得るために…





第06話に続く

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