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旭「よぉ彩水、今日も来たぞ」
彩水「――」
相変わらず返事のない彩水にいつも通りの他愛無い挨拶をして、すぐそばに置いてあった椅子に腰かける。
昨日来た時と姿勢一つ変わっていない。だが胸のあたりがかすかに上下しているのが、彩水がまだ生きているということを証明している。しかし、生きているだけだ。
旭「お前も、あの世界のどこかにいるのか?」
思い出すのは昨日見たあの夢の世界。龍一は、夢幻病に罹っている人はあそこに行くと言っていた。昨日は出会わなかったが、もしかしたら探せば出会えるのかもしれない。
できればここでその居場所を教えてもらえればそれに越したことはないのだが、あいにく目の前の眠り姫は寝言すら呟いてくれない。
……やっぱり、自力で探すしかないよな。
とはいえ今となっては夢幻病の人間はとんでもなく多い。その全員が同じ夢に居るかはわからないが、もしそうならあの世界はとてつもない広さだろうな。
旭「いっそ、彩水が迎えに来てくれたらすぐなんだけどな……」
それこそ、あの頃のように。
無理なことを言っているというのはわかっている。なんせ、彩水が眠って五年なのだ。奇跡でも起きない限り、向こうから探しに来てくれるなんてことはない。
それに夢の中は、現実とは一部町並みが違っていた。全てを見て回ったわけではないが、必ずしも同じものがあるとは限らない。
旭「どうしたもんかな……」
龍一は、俺の話と夢幻病の患者が目覚めたときにする話の内容がほとんど同じだと言っていた。つまり、夢幻病に罹っているとはいえ、一度も目覚めないということはないはずなのだ。
そもそも夢幻病自体、何が原因なのかすら解っていない奇病だが、せめて彩水本人に会うことさえできれば一度くらいは目覚めさせることができるかもしれない。その、方法が見つかるかもしれない。
看護師「――あの」
旭「ぅうぃひぃ!? は、はいなんでしょう?」
看護師「……ま、まもなく面会終了の時間になりますので……それと、病院ではお静かにお願いします」
旭「あ……はい、すみません……」
返事をすると、看護師はそそくさと部屋を後にしてしまった。……俺となるべく目を合わせないようにしていたような気がするが、気のせいかな。
しかもあの看護師昨日と同じ人だな……なのになんであんな反応なんだろうか。俺が一体何をしたというのだろうか。まぁ数日もすればあの人も慣れてくれるだろう。
ともあれ、今日はもう帰ろう。さっきの看護師が出て行ったせいか、病室の外にも人が集まってきてしまってるしな。
彩水「――……ぁ……」
旭「っ!? 彩水!?」
ベッドの横の机に置いてあったかばんを拾い上げ、病室を後にしようとしたとき、かすかに声が聞こえたような気がして振り返る。
だがそこで眠っている彩水はさっきまでと同じく安らかな表情で横たわっているのみで、かすかに胸のあたりが上下する以外の動きを見せていない。
気のせい……か? いやそんなはずはない。確かに聞こえたはずだ。今まで寝言すら呟くことのなかった彩水の声が。
旭「彩水! 目が覚めたのか!? おい! 彩水!!」
彩水「――」
何度も、何度も体を揺さぶりながら呼びかけるが返事どころか身じろぎ一つすらない。
……やっぱり、俺の気のせいだったのか? ヒプナゴジアに行けば彩水に会えるかもしれないという希望が俺に見せた幻覚だったのだろうか。
看護師「あ、あの、病室ではお静かに……というか、面会時間……守ってください……」
騒いだせいか、さっきの看護師が戻ってきていて恐る恐るといった雰囲気で俺に声をかけてくる。
さっきで注意されたくらいだ。おそらくはもう面会時間はとうに過ぎているのだろう。
もう少し待っていれば、もしかしたらまた目覚めてくれるかもしれない。だがそれがすぐなのか、それとも朝まで目覚めることがないのか、それもわからないのにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
旭「……すみません、帰ります」
本当なら目覚めたときに傍に居られればそれに越したことはないのだが、ここでそれを言い出したところでわがままでしかない。
なんかさっきより看護師が距離を取っているような気がするが、それも気のせいだろう。