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今日の夢、傍観者の夢

旭「……あれ?」


 夢の世界とやらで眠った直後、すぐに同じ景色で目が覚める。

 ……そんなに時間が経ったような気がしないんだけどな。というか、瞬きしてすぐに目を開けたくらいの感覚だ。


旭「ここは……まだ夢、か?」


 いかんせん現実も夢も眠った場所が同じなうえに自分の感覚に違いが全くないせいで今起きているのかどうかがすぐに判別つかない。何かわかりやすいものでもあればいいんだけどな。

 とりあえずカーテンを開いて外を見てみるが、そもそも歩いている人がほとんどいない上に、普通の人しかいない。

 せめて大勢が全員普通の人ならば現実だと確信を持てるというのに、これではまだどちらなのかがわからない。

 時計を見る。今は七時を少し過ぎた時間だ。学校に行こうと思えば余裕で間に合うが、もし夢ならその労力が無駄になる。それはなんか嫌だ。それにまだちょっと眠い。


旭「あー……どうすっかなぁ……」


 布団の上でゴロゴロと転がる。一応まだ遅刻はしたことないし、無駄に評価を下げるくらいなら絶対に行きたい。

 だが真夢が言っていた方法では出れなかったのに、急に現実に戻れているかどうかもわからない。

 ……というか、真夢に聞いてみればいいか。あいつならすぐに返事が返ってきそうだし。ついでに今日の帰りにでも龍一と会わせてみるか。


旭「はぁ~……」


 とりあえず、送りかけになっていたメッセージを一度他のところにコピーして『今は夢か?』と送った。これで何か返ってくるまではのんびりして――


 ――ポロン


 と思った直後、通知音が響いた。画面を見ると真夢からだった。いつもよりは比較的短いものの、なぜこの速度で打てたのか不思議なくらい長い。

 ともあれ、要約すると今は現実ということらしい。


旭「……行くかぁ」


 一度行かなくてもいいという可能性があったせいで、余計に行くのが怠い。それでもいざ動き出すと自然といつも通り動けてしまうのが悲しき性か……。


_____


龍一「……おはよう旭。なんか今日は一段とぐったりしてない? なんかあった?」

旭「おぉ~……おはよ……」


 普段よりも少し遅い時間に教室につき、そのまま机に体を投げ出していると、龍一が声をかけてきた。

 さっき教室に入ってきたときには何人かに取り囲まれていたように見えたが、軽く顔を上げると龍一一人しかそこにはいなかった。


旭「いやぁ……次の日台風とか聞いて、行かなくてもいいという希望を持たされた後、あっさり晴れて行かなきゃいけないってなるとさ、一段と行きたくなくなるよな……」

龍一「そうか? 俺はむしろ安心するし嬉しいくらいなんだけど……それがどうしたんだ? 台風情報なんてなかったよね?」

旭「……今この瞬間、お前に話しても無駄だということだけはよくわかった」

龍一「え!? い、いやいや待ってくれよ! えっと……そう、通学とか大変だもんな!? よくわかるよ、うん!」


 まさかそんな感性の奴がいるとは思わなかった。しかもなんとか共感する点を絞り出そうとしてそれかよ……まぁわからなくもないけども。

 しかし、そんなに必死になって俺に共感しようとしなくてもいいと思うんだけどな。龍一は完璧人間で俺はヒモ志望のクズだし。まず感性は合わないってのはわかってたし。


旭「……まぁ、別にそんな話して面白い内容じゃないんだけどな」

龍一「――! 話してくれるのか!?」

旭「いや……荒唐無稽すぎて信じてもらえるとも思えないんだけどさ、それでもいいんだったら話すけど」

龍一「全然いい! 話してくれよ!」


 俺の机を両手でバンバンと叩きながら身を乗り出してそう叫ばれる。叫ぶと言っていいほどの声量だ。

 しかも俺はまだ半分突っ伏している状態なせいでマジでうるせぇ。いっそここで断ってやろうかな。

 ……その方がうるさくなるか。


旭「まぁ、なんだ。言っちゃえば夢の話なんだけどさ、明晰夢っていうか……ともかくこう、体の感覚が現実とほとんど同じ場所に昨日いったんだよ」

龍一「え……そ、それって……もしかして、自分の欲しいものがすぐに手に入るとか、そんな夢じゃなかった?」

旭「ん? なんだ龍一も知ってるのか? 昨日は真夢……百目鬼っていえばわかるよな? そいつに今龍一が言ったようなことを見せてもらったんだけど、俺だけできなくてさぁ」

龍一「ま……待ってくれ! 旭はその、夢の世界……ヒプナゴジアを知ってるのか!? というかなんで覚えてるんだ!?」

旭「はぁ……? ひぷ……え、なに?」


 知っているなら話が早いと思って百目鬼が帰った後に取り残されたということを話そうとして、龍一の様子があまりにおかしいせいで最後まで話せなかった。

 それより、なんで覚えてるってどういうことだ? 昨日の真夢の様子からして、あいつも覚えてる診たいだし、そもそも龍一だって今覚えている。俺が覚えていて驚くようなことか?

 あと……もうなんて言ったか忘れたけど、そんな大層な名前は聞いたことがない。はっきり言って俺より龍一の方が詳しいと思う。

 だが龍一も頭を抱えて何やら悩みこんでいて、事はそう単純なことでもないようだ。


龍一「……なぁ旭、その夢の世界のこと、覚えている限りでいいから忘れないうちに全部教えてくれないか。本当にどんなことでもいいから」

旭「お、おぉ……なんだよそんなに……俺もそんなに知らないんだけど……」

龍一「まだ覚えていられるってことが重要なんだ! ともかく……これ! これに全部書いてくれ! 授業のノートは旭の分も俺が代わりに取るから!」

旭「おう……」


 あまりの迫力にそれしか言えなかった。机の上には、今しがた叩きつけられたポケットサイズのノートが置かれている。

 ……まぁ、普段もそこまで真面目にノートなんて取ってないし、別にこれくらいやってもいいんだけど……


龍一「じゃあ、とりあえず今は時間もないから、昼休みにそれ見ながら話し合わせてね! 絶対ね!」


 ……こんな状態の龍一は見たことがない。そのあまりの変わりように、廊下を歩く教師も足を止めて凝視しているくらいだ。

 もしかして、ちゃんと書いていなかったら殺されるんじゃないか?

 そんなことはありえないとはわかっているが、そんなことはないとも言い切れないくらい、今の龍一は迫真的だった。


_____


旭「りゅ、龍一……だめだ、こんなこと……!」

龍一「何がダメなんだ、旭。約束したじゃないか」


 昼休み、人気のない廊下の奥で、ワイシャツをしっとりと濡らした龍一に壁ドンされていた。

 龍一から吐き出された生暖かい空気が俺の口元に触れている。人の声が、足音がどこか遠くに聞こえていた。


龍一「だから旭、君の全部を俺に……教えてくれないか……?」

旭「きめぇ!」


 ただでさえ顔がくっつきそうな距離なのに、さらに近づこうとしてきた龍一を力任せに突き飛ばす。中々大きい音を立ててぶつかったようだが、その音に反してまるでダメージはなさそうだ。

 ここまで何があったのかというと、約束通り覚えている限りのことを書き出したノートをもって龍一に渡そうとした俺は、そのまま担ぎ上げられてここまで運ばれた。

 そしてそのことに文句を言う俺を無視してノートの内容に目を通し始め、なんか興奮した様子で壁ドンしてきやがったのだ。

 ……一瞬ドキッとしそうになったが、きっと気のせいだ。


旭「はぁ……で、とりあえず覚えている限りのことは書いたつもりだが、あんなことがあったのは昨日が初めてだし、そんなに期待されても困るぞ?」

龍一「いや……正直想像以上だったよ。まさかこんな詳細にヒプナゴジアについて知ることができるなんて……」

旭「なぁ、今朝も言ってたその……ひぷなんとかってなんなんだ?」

龍一「ヒプナゴジアね。旭が書いてくれたこのメモ、ここに書かれている世界こそヒプナゴジアなんだよ」


 つまり、俺が昨日の夜に真夢と会ったあの場所こそがそのヒプ……なんとかジア? いや覚えにくいな。ともかく、あの夢の中の世界がそんな大層な名前で呼ばれてるってことか。

 にしてもこんなに興奮している龍一は今まで見たことがないかもしれない。もしかしたら元々そっち出身だったりするのだろうか。そしてやっと帰る手がかりを見つけた……いやないか。


旭「それで? なんで龍一はその……ヒプナゴジア? について知りたいんだよ。俺もこうして手伝ってるわけなんだし、教えてくれたっていいだろ?」

龍一「あぁもちろん! そのためにこうして時間を作ってまで来てもらったんだからさ」

旭「お、おぉそうか?」


 わざわざこうして人のいない場所にまで来てるし、少しはためらわれたりすることも考えていたのだが、ここまであっさりどころか大歓迎みたいな感じで返されるとちょっと怖い。

 だが教えてもらえるというのならぜひ教えてもらおう。なんせいつまたあの場所に飛ばされるのか分かったものじゃないのだ。


龍一「俺がヒプナゴジアについて知りたい理由はだな、両親と妹がそのヒプナゴジアに閉じ込められてるからだよ」

旭「……は?」


 そのままテンションを変えずに告げられた事実に、一瞬理解が追い付かなかった。


龍一「まぁもう珍しくもないかもしれないけど、両親も妹もみんな夢幻病ってやつでさ、だんだん起きられなくなって最近ではもう一か月くらい眠ったままで――」

旭「ま、待て! 待ってくれ!」

龍一「ん? どうした?」

旭「ちょっと、お前の言ってる意味が……」


 夢幻病という病気は、確かにもう珍しいものではない。それに罹患したやつがどうなるのかも、よく知っているつもりだった。だというのに、今しがた龍一の口から出てきたものは俺の全く知らないものだった。

 だんだん起きられなく? 夢の世界に閉じ込められている? そんなこと、彩水のときにはなかったし、医者からも聞いたことがなかった。

 なんで誰も教えてくれなかったんだ? ただ目覚めなくなる病気じゃないのか? それに……


旭「……俺も、夢幻病なのか?」


 心臓が委縮して、体温が急激に下がったような気がした。龍一もハッとしたように表情を変える。

 五年。夢幻病に罹ったやつと一緒にいた期間だ。だがその期間のせいで俺は罹ることがないと、どこかで思っていたのかもしれない。


龍一「それは……俺にはちょっとわからないけど、でも夢幻病に罹った人が目覚めたときに話す内容と、旭がメモに書いてくれたことが全く一緒なのは確かだ」

旭「それならやっぱり俺は……」

龍一「……でも、断言はできないよ。俺も身内がそうってだけで、特別詳しいわけでもないんだしね。ただ、旭のは俺が知ってる症状とは違う気がするんだ」

旭「なに?」

龍一「いくら別の世界みたいだとはいえ、夢は夢だから。普通は起きて三十分もすればその内容なんて誰も覚えてないんだよ」


 だが俺は覚えている。なんなら今もまだしっかりと。というかあんな不思議体験、今後忘れられるとも思えない。

 龍一も何か考え込んでくれている。そりゃ、もしかしたら二度と目覚めなくなる可能性すらあるわけだが、なんにせよ俺には知らないことが多すぎるから龍一の知識はありがたい。


龍一「まぁ、知らなくても仕方ないよ。夢幻病っていう病気のことはもう隠し立てできなくても、ヒプナゴジアのことは徹底して隠匿されてるから。身近に夢幻病の罹患者でもいない限りはしらなくて普通だよ」

旭「……待て、夢幻病のやつがいれば普通知ってることなのか?」

龍一「え? あ、あぁ。ヒプナゴジアに行った人はみんな、目覚めるとうわ言のようにそのことを話すから。お医者さんに聞いたらみんな同じ夢を見るって言ってたよ」

旭「そういう、ことか……」

龍一「旭……?」


 俺が知らないのは、彩水が一度も目覚めたことがなかったせいってことか。彩水だけが、罹患者の中で異常な存在ってことだ。

 それに、みんな同じ夢を見ているということは彩水もあそこのどっかにいる可能性もあるってことだ。見つけさえすれば、目覚めさせる手段も見つかるかもしれない。


旭「……なぁ龍一、今日放課後時間はあるか? 俺よりもそのヒプナゴジアについて詳しそうなやつに心当たりがあるんだ」

龍一「本当か!? で、それは誰なんだ?」

旭「それは来てもらえればわかる」


 そこでちょうど昼休みの終了を告げる鐘がなる。

 今日の放課後、そこで真夢も入れてさらに詳しい話を聞き出そう。とにかく、なんでもいいから手がかりが欲しい。

 それに、せっかくのこの機会に龍一に真夢を会わせてやろう。どうせいつかは会わせる予定だったし、ちょうどいいだろう。

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