既知の未知
旭「……そろそろ落ち着いたか?」
真夢「落ち着いた……多分。いややっぱりまだかも」
突然半狂乱になって叫び出した百目鬼をなだめ始めて数十分。ようやくまともに受けごたえができるようになってきた。
まだいつも通りといえるほどにはなっていないものの、それでも急に叫ばれたりしないだけかなりましだ。
旭「とりあえず、答えられることだけでいいから答えてくれないか? 百目鬼はさっき……」
真夢「名前でいい。せめて、こっちにいるときだけでも」
旭「……その、さっきから言ってるこっちってどういうことなんだ? 帰る手段もあるのか?」
真夢「ある。ここは……多分夢の世界、だと思う。少し前からなんだけど眠ったらここに来るようになって、起きたら元の場所に戻ってた」
旭「夢……? でも夢にしちゃずいぶん感覚がはっきりしてるし、俺はてっきり別の世界にでも飛ばされたもんだと思ってたんだけど……」
真夢「ううん。ここは夢、ほとんど間違いない」
旭「なんでそう思うんだ?」
真夢「……現実で見たことある人……その、去年のクラスメイトとかに会って、そのときに話したから。だからほとんど間違いない」
旭「話したって、この場所についてとか経緯とかか? でもそんなものがここが夢って証拠になるか?」
真夢「違う。……私が、クラスメイトと普通に話せたから」
……あ、あぁ……なるほど。そういうことか。
つまり、現実の世界では話しかけるどころか近づくだけで距離を置かれるような百目鬼がクラスメイトと普通に話せるという異常事態が起こるということは夢に違いないと、そう言っているのだ。
目元に涙を湛えてうつ向いている百目鬼が、なんかすごくかわいそうに思えてきた。認めたくないけど認めざるを得ないというような、そんな感じの顔をしてる。
真夢「それに、あっちと同じで避けられることもあるから、多分私とか旭みたいに現実から来てる人が結構いるんだと思う。……ちょっと前までは夢の中ならみんな普通に話してくれてたのにな……」
旭「そ、そうか……色々教えてくれてありがとうな。あぁ……真夢?」
真夢「――!! うん、またなんでも聞いて。旭がそれで喜んでくれるなら私もそれで生きている意味を感じられるようになるから」
旭「……重」
凄くいい笑顔で恐ろしいことを言ってくれる。嬉しいとかならまだしも、俺に生きる意味を見出さないでほしい。そんなに重たいもの、昔背負わされた彩水のものだけで十分だっていうのに。
百……真夢も、この性格とコミュニケーション能力さえなんとかしてくれれば見てくれは悪くはないどころか、かなり可愛い方なんだけどな……。
旭「真夢はさ、俺以外に誰かよく話す人とかいないのか?」
真夢「あっちだと旭しか話し相手になってくれないけどこっちにはいたよ? それどころか半分以上の人たちは話しかけたら答えてくれる」
旭「……それ、本当に人なのか? さっきの真夢の話しぶりからして、現実からここに来てる人と、元からここにいる人がいるんだよな?」
真夢「………………み、見た目はほとんど人……だよ?」
旭「見た目は、ねぇ……?」
真夢「そ、それに受けごたえもちゃんとしてて、私が何か言うと『それはすばらしいですね。』とか『何かお手伝いできることはありますか。』とか、それにそれに『すみません。よくわかりません。』って聞き返してもくるし……」
旭「ボットみたいなことしか言わないじゃねぇか! それ絶対人じゃないだろ! 人工物だろ!」
真夢「うぅぅ……や、やっぱりそう思うよね……」
真夢もわかってはいたんだろう。まさか暇つぶしにスマホと喋ってる人みたいなことを夢の中で延々と繰り返しているとは思わなかった。こいつ、そこまで追い詰められていたのか……?
……明日、現実で会ったときはもっと優しくしてやろう。
真夢「あ、でもね、旭だけは他の人……人? とは違くて、話し方とかはちょっと違うんだけどほとんど現実の旭と同じように会話できてたし、会話だけじゃなくて動きとかも本物そっくりだったんだ。だからさっきは旭が本物って気づかなくて私変なこと言っちゃって――」
旭「ぁぁあ、うん。大丈夫だって。変なことだなんて思ってないから。だから頼むから落ち着いてくれ。」
危ないところだった。こっちが何もしていないのにさっきの羞恥心を勝手に思い出して暴走されちゃたまったもんじゃない。それよりも、今真夢はかなり重要なことを言った。
旭「俺だけが違ったってどういうことなんだ?」
真夢「それは……ごめん、わかんない。けど話しかけても嫌な顔されないのが嬉しくて街を歩いている人ほとんど全員に話しかけたから多分間違いないと思う」
……危ない。ちょっとドン引きしそうになった。そういえばこいつ、話し相手が欲しくて一クラスの全員に片っ端から話しかけに行くような奴だったな。
だがそのおかげで信憑性が上がる。まずこの世界で形と最低限の受けごたえができる機能を付けられて何者かに作られた人間がいる。
俺もその何者かに作られたはずだが、なぜか現実の俺にかなり近い状態で会話や行動が可能だったということだ。
……なんで?
旭「やっぱり俺は特別な人間だったということか……」
真夢「うん、旭はすごい特別な人間。いつも私の話を聞いてくれるし他の人と話すのにどうしたらいいのかも教えてくれるし悪いところはちゃんと教えてくれて突き放したりしないし本当に特別な人間」
旭「……そこは突っ込むところだろう普通。半分ボケのつもりだったんだけど」
真夢「え、あ、ごめん。えと……そんなわけないでしょ、何思い上がっちゃってんの? こっちはただ都合がいいから利用してるだけだってのにまさか本気でそんなこと思って――」
旭「ちょ、ストップストップ! ツッコミとかいうレベルじゃないって今の! どこでそんな言葉覚えてきたの!?」
真夢「え……? 昔、中学生のときの友達に言われたことなんだけど、先生が来た時にこれがあたしたちなりのツッコミなんですって言ってたから……あ、でも旭に言ったことは全然本心じゃなくて、本当に旭には感謝してるし特別とも思って――」
旭「おぉぅ……」
さすがに何も言えなかった。しかもそれを今のタイミングで俺に言ったってことは、ツッコミって言ってたそいつらの言葉を信じてるってことだ。
人付き合いが少ないとかそういう問題以前に、人との距離感と善悪の区別をうまく学ぶ機会がなかった純粋な奴なんだな。こいつ。
……彩水が起きたらこいつと友達になってくれるように頼んでみるか。なんか二人ともちょっと似てる気がするし、俺がお願いすれば彩水も露骨に嫌ったりはしないはずだし。
旭「真夢……今度、いいヤツ紹介してやるから。だから無理に友達を作ろうとするなよ? あと友達だよねとか言って近寄ってくる奴がいたら一旦俺に相談しろよ?」
真夢「うん……? わ、わかった……?」
いいヤツ、龍一のことだ。あいつもちょうど真夢のこと気になってたみたいだし、俺が間に入って少しずつ練習していけば話せるようになるはずだ。無理そうならそれはそれでまた考えればいい。
旭「そうだ、ちなみになんだけどさ、夢の世界の人間……長いし言いずらいな。夢人、夢人間、夢の民……」
真夢「…………夢民?」
旭「……夢人でいいか。真夢が言ってた夢人と人間って見分ける方法とかあるのか? あっちの背が高い奴とか猫耳が生えてるのは現実の人間じゃないってのはわかるんだけど……」
真夢「あれは人間だよ?」
旭「……は?」
往来を歩く人の内、その半数ほどいる現実ではありえない風貌の人。それを指さしながら、真夢ははっきりとそれを人間だといった。
……は?
あ、あぁそうか。もしかしたら真夢は会話ができる可能性のある人型の生物全般を人間と呼称するタイプの人なんだな。きっとそうだ。
真夢「……信じてないでしょ。でもあれは本当に人間で、むしろあそこの普通の人っぽいのが夢人。もし信じ切れないっていうならその証拠を見せるけど」
旭「お願いしていいか?」
さすがにあれが人間ですと言われて即座に信じられるほど愉快な頭はしていない。だってどうみても普通の人間じゃないんだもん。それにしても証拠ったってどうやって見せるつもりなんだ?
そう思っていると、真夢はベンチから立ち上がってさっき指さした猫耳の人の元へ走っていった。
ある程度近づいたところで向こうも真夢の接近に気が付いたらしく、振り向いて顔をしっかり確認すると血相を変えて走り去っていった。
……うん。去年何度も見た光景だ。
そして逃げ去った猫耳の後は追わず、今度は普通の人間っぽい方に向かって行った。
だが普通の人間っぽい方は真夢が話しかけるまで振り返ることもなく、声をかけたところでようやく振り返り、そのまま少しだけ言葉を交わして何事もなかったように去っていった。
真夢もこちらに戻ってきたが、足取りも空気も重い。
真夢「……これで、わかってくれた?」
旭「あ、あぁわかった。もう十分わかったから。悪かったな、嫌な思いさせちゃって」
真夢「ううん……旭のためだから」
めちゃくちゃ落ち込んでる。こんなに落ち込むほどに嫌なのに俺のためとか言ってやってくれるって、もはや狂気じみたものすら感じるが……。
と、ともかく真夢のおかげで本当にあっちが人間なのだとわかった。だがそのおかげでどれが人間なのかを見分ける方法がなくなってしまったともいえる。
旭「あれ? でもなんで俺と真夢は元の姿のままなんだ? もしかしてキャラクリエイトのチュートリアルとか飛ばしちゃった?」
真夢「ううん。あれは姿を変えてるだけ。変えたいと思えばこっちだと誰でも変えれるの。他にも水とか食べ物とかも出せるよ」
そう言いながら真夢は手のひらの上に水の入ったコップやチョコやクッキーをポンポンと出して見せた。
旭「おぉ……ファンタジーっぽい。それってどうやるんだ?」
真夢「どう……って?」
旭「いやほら、なんか呪文的なのが必要だったり特殊な道具が必要だったりするんだろ?」
真夢「えっと……ただ、物とか姿とかを思い浮かべて、欲しいと思えばそれだけでなんでも……」
真夢がめちゃくちゃ不思議そうな顔をしている。あれ、もしかしてみんな苦労せずに簡単にできてる感じ? できない俺がおかしいの?
ともかく今聞いたとおりにやってみる。姿を……とりあえず彩水でも思い浮かべて、変われ……!
旭「……」
真夢「……?」
何も起きない。
なら物を出す方をやってみよう。いつかテレビで見たなんか高級そうな料理……出ろ!
旭「……」
ステーキ! 寿司! ハンバーガー! チョコレート! お茶! 水! 葉っぱ! 土!!
……何も、起きない。最後の方なんてやけくそでその辺にあるものを見ながらやってるってのに何も起きない。なんで?
旭「……ぐすん」
真夢「え、えっと……旭が欲しいものなら、私が代わりに出すから……」
旭「いいのか!? いっぱい頼んでも、おかわりしてもいいのか!?」
真夢「う、うん。旭のためだからいっぱい――あ」
旭「ん? 真夢?」
唐突に真夢の動きが止まる。呼びかけても返事がない。固まったままで何の反応もない。
え、なにこれ? バグ? さっきから俺にばっかり変なこと起こりすぎじゃない? なんで?
真夢「――あ、ごめん旭。目覚ましが鳴っちゃって私そろそろ起きなくちゃだからあっちに戻るね。また学校でもいっぱい話そうね」
旭「え? 戻るって何? どうやるのそれ」
真夢「夢だから、起きようとすれば戻れるよ? 私はもうそろそろこっちにいられなく――るからまた学――ね。じゃ――」
まるで蜃気楼のように徐々に真夢の姿がおぼろげになっていくと、ふっとその場から消えてしまった。
最後の方、電波が悪い時の通信みたいでうまく聞き取れなかったけど起きようとすれば起きれるって言ってた気がする。
旭「ふんぬ……」
目覚めよ、俺……! 目覚めよ……目覚めよ……!
……だめだ。そもそも夢の中で起きようとするってなんだよ。夢の世界だかなんだか知らないが今の俺はお目目パッチリだってのに。
それか、さっき真夢が見せてくれた魔法的な何かみたいに、俺は使えないやつなのかもしれない。もしそうだとしたらマジでやってられん。こっちの俺のキャラクリエイトをやり直したい。
旭「あー……もういいや」
真夢が言っていた方法ではできそうにもないということがわかったし、他に方法なんて知っているわけもないのでもうどうでもよくなってふて寝するために自宅を探す。
幸いにも記憶通りの場所に自宅があって、夢の世界だからか掃除もしっかりできているようだったのでそのまま布団に身を投げ出した。