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プロローグ

龍一「――おい旭、起きろって。もう放課後だぞ」

旭「ぁあ……? ……なんだ、龍一か」

龍一「なんだとは失礼だな……っておい! 二度寝するなよ! おい!」


 騒がしい声で目が覚めた。おかげでさっきまで見ていた夢の内容も忘れてしまった。何か懐かしい夢を見ていたような気がするが……

 まぁ思い出せないものを無理に思い出そうとする必要もないか。それよりも今は――


龍一「おい旭! 起きろ! 旭ぃぃ!!」


 ……うるせぇ。


旭「さっきからなんなんだよ! ここは雪山か!? えぇ!?」

龍一「は……いや旭が放課後になったら起こせって言ったんだじゃないか! なんで俺が責められるんだ!?」

旭「ん……? あぁ……そういえばそうだったな。ありがとう龍一!」


 約束を守ってくれた龍一に精いっぱいのサムズアップを向ける。

 こいつ、総角龍一(あげまき りゅういち)は顔も性格も家柄も良い、非の打ち所がないやつだ。当然毎日のように呼び出されたり囲まれたりしているのだが、過去に色々あって女性恐怖症気味らしい。

 ともあれ、叫んだせいか眠気も吹き飛んだ。なぜか龍一は呆れているが、まぁ気にするようなことではないな。


龍一「……それで? わざわざ俺に起こすように頼んだのは何か理由でもあるのか?」

旭「いや? ただ放課後になったら早く帰りたいから起こしてもらおうと思っただけだ」

龍一「そ、それだけ?」

旭「それだけ」

龍一「お前なぁ……はぁ……」


 なんかため息をつかれた。龍一はそんな姿も様になる。なんだったらため息もビンに詰めたら売れるんじゃないか?


龍一「売れるわけないだろ。やめてくれよ」

旭「おっと、声に出てたか。まぁ聞かれて困るようなもんでもないしいいけど。せっかくだし途中まで一緒に帰るか?」

龍一「あぁ……誘ってくれるのは嬉しいんだけどな……」


 龍一が何か言いたげに教室の外の方へちらっと眼を向ける。俺もそちらの方を見てみると、窓から顔半分だけをのぞかせて俺たちをにらみつけている赤髪の女がいた。

 一瞬背筋が凍る。悲鳴が漏れそうになったが、それが隣のクラスの百目鬼真夢(ももめき まゆ)だとわかってギリギリでこらえる。というのも、百目鬼がああしているのは今日が初めてではない。


 百目鬼真夢は一言で言えばぼっちだ。それもなりたくてなったぼっちではない。むしろ入学してすぐの時にはクラスメイトに片っ端から話しかけていたほどだった。

 なんでそんなことを知っているかというと、去年は俺と同じクラスだったからだ。だが俺以外の奴らは百目鬼の勢いと鋭い目つきのせいで怯えてしまい、見事俺意外には近づくだけで逃げられるようなぼっちになってしまったというわけだ。


龍一「……俺、あの子に何かしちゃったのかな? なんか毎回睨まれてる気がするんだけど……旭はあの子と仲いいだろ? 何か知らない?」

旭「何もわからん」

龍一「何もってことはないだろ? あの子、俺がいなくなるの待ってるみたいだし。頼むよ、どんなことでもいいからさ、あんなに睨まれるといたたまれないんだよ」

旭「そういわれてもな……俺も百目鬼とはまともに会話ができたことないぞ?」

龍一「……は? でも二人で一緒に居ることはあるだろ? そのときにほら、俺のこと何か言ってたりしないのか?」

旭「正直あんまり覚えてない」

龍一「お前……それはどうなんだ? 傍から見ればあの子、お前に気があるように見えるぞ? いくら何でも覚えてないってのは……」

旭「龍一、お前はマシンガンに撃たれたことはあるか?」

龍一「なんだよいきなり。ないけど……え、あるの?」

旭「マシンガントークって言葉があるが、あいつのはトークじゃない。マシンガンなんだよ。」

龍一「……もう少し詳しく」

旭「つまりだな、百目鬼は一方的に言いたいことを言うだけ言って、こっちが何か返そうと思ってもその隙がない。ようやく隙が見えてもすでに時間切れで何も言えずに会話が終わる。そういう相手だ。」


 思い出すだけで頭が痛い。百目鬼を相手にすればあの聖徳太子でも途中で聞くのを諦めるレベルだと思う。

 だが俺には自称女心マスターの仁叔父さんから教わった女性への対処術がある。そのおかげである程度のことであれば対処はできる。

 それに、さすがに一年以上もそんな状態が続いていれば多少は扱い方もわかってくるというものだ。おかげで今は少しまともに近づいている。


旭「まぁともかく、百目鬼は龍一のこと嫌っているわけじゃないと思うぞ。むしろ気になるなら話しかけてみろ。喜んで友達になってくれるはずだ」

龍一「そうだったのか……。まぁ嫌われてるわけじゃないなら良かったけど。でも話しかけるのはちょっとやめておくよ」

旭「まぁそうした方がいい」

龍一「それに、あれを見ると本当に嫌われていないかは疑わしくなってくるしな……」


 廊下を見るとまだ百目鬼はこちらを見ている。なんだったらさっきから動いてないんじゃないか?

 龍一もただでさえ苦手な女子にずっとにらまれ続けていてすごく居心地が悪そうだ。人身御供にしてやろうかとも考えたが、さすがにやめておいてやるか。


龍一「じゃ、じゃあ俺は先に帰るよ。あんまり遅くなるとあの子に悪いし」

旭「……まぁ、あの様子じゃ朝まで待ってもずっといそうだしな。また明日な」

龍一「あぁ。その……がんばれよ」


 憐れむような顔でグッと軽く握ったこぶしをこちらに向けてくる。憐れむくらいなら少しくらい盾になってくれたっていいのに。

 そんなことを考えている間に龍一はさっさと帰っていった。百目鬼は……あれ、どこにいった?


真夢「……やっと帰った」

旭「ぅわっほい!!」


 びっくりして変な声が出た。いつの間にか百目鬼が背後に回ってきていたようだ。全く気配も足音も感じられなかったからめちゃくちゃびっくりした。


真夢「旭はあの人とめっちゃ仲いいけどさ、なんか私あの人に避けられてるような気がして教室に入っていいのかわかんないからずっと外から見てたのに私のこと見ただけであんな怯えることないよね。それに途中から旭も私に気づいてたんだからちょっとくらい声かけてくれたってよかったじゃん? まぁ勝手に待ってた私が悪いかもしれないけど――」

旭「待て待て待て! また悪い癖が出てるぞ? はい、一旦深呼吸な。吸って――吐いて――」

真夢「あ……ご、ごめん……。す――は――……。ちょっと、待ってる間思ってたことが一気に出ちゃった。で、でも、私もあの人のこと嫌いってわけじゃなくてね、旭の友達ならむしろ仲良くしたいとも思ってるんだけどなかなか話す機会もないしなんか他の人よりも距離置かれてるような気がするし、どうすればいいかわからなくてそれが思わず口に出ちゃっただけで――」


 ……だめだこいつ。ある程度強く止めれば少しは止まるようになったし、これでも去年に比べればかなりましになったんだが、それでも重い。あまりにも重い。

 もう止まる様子のない百目鬼の話を半分聞きながら帰る準備をする。といってもカバンから教科書なんて出してないのでそのまま帰るだけだ。


真夢「――だから、あの人がゲーム好きならそこから仲良くなることもできるんじゃないかなって思ってるんだけど、でもそういうのってやっぱり協力できるようなやつの方が――」

旭「そうだな。後は帰りながらでもいいか? 百目鬼も遅くなると家族に心配されるだろ」

真夢「あ、そうだね。あと前も言ったけど、私のことは百目鬼じゃなくて真夢でいいよ? 私も旭って呼んでるしそっちの方が友達っぽいし。あ、もし私が女子だからとかそういう理由なら私も気にしてないし旭も全然気にしなくていいから――」


_____


 帰り道、百目鬼の住んでいる場所が同じ方向らしいので途中まで一緒に帰る。その間もずっとしゃべり続けているので、いい感じに相槌を打ちながら歩き続ける。

 にしても、本当によく疲れないものだといっそ感心する。ここまでほぼ一人でしゃべり続けられるのであれば配信者とか向いてるんじゃないだろうか。


真夢「――でね、この前やっと私の街にスフィンクスが建てられるようになって、旭が前にそういう昔のものが好きだって言ってたから同じ名前のアサヒって村人の家の前に建てたいんだけど二百万かかるからもうちょっとサソリを集めて――」

旭「それはいいな。――あ、百目鬼、俺はこっちだから」

真夢「あ……うん……。今日も、病院?」

旭「あぁ。あいつは動けないから俺から会いに行かないとな」

真夢「そっか……。うん、じゃあまた明日……」

旭「またな」


 いつもの十字路に差し掛かったあたりで百目鬼の話を中断して別れる。

 去っていく後ろ姿はとてつもなく寂しそうで、なんだか悪いことをしたんじゃないかという罪悪感がすごい。毎回変わらない罪悪感をくれるのだから百目鬼は凄い。

 一応姿が見えなくなるまで見送った後、道を曲がって病院の方へと向かう。五年前から、すっかり慣れた道だ。

 ……俺がスフィンクス好きってなんの話だ?

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