変質
真夢「旭……!」
旭「わっひゃぁ!」
真夢「き、昨日ごめん……」
その日の放課後、帰ろうとしたところを教室の外で待ち伏せていた真夢に突然声をかけられた。
昨日……昨日……? もしかして真夢が俺を置いて先に起きていったことを言っているのだろうか。
確かにあの時は帰っちゃうんだとは思っていたが、まぁ安達のことも苦手そうにしてたし、仕方ないと思っていたんだが……真夢も気にしてたのか。
旭「別に謝らなくていい。俺もそこまで気にしてるわけじゃないしな」
真夢「で、でも……旭もあの人のことそこまで良く思ってそうじゃなかったし、それにもしこのまま旭があの人に誘われて向こうに残っちゃったらどうしようかなって後で考えたら怖くなっちゃったから嫌われる前に謝っておこうって思って」
旭「そんなことで嫌いにならないって。それより、あれが何時だったかはわからないけどちゃんと眠れたのか?」
真夢「うん……いや、本当はまだちょっと眠いかも……」
龍一「あれ、旭まだ帰って……って真夢ちゃん? 旭、真夢ちゃんになんかしたのか?」
旭「なんもしてない。それに、その話もちょうど今終わったところだ」
龍一「そうなのか?」
ちょうど龍一がそのタイミングで教室から出てきた。そしてうつ向いている真夢を見て俺に何か言おうとしたが、これ以上この話を続けても真夢がまたネガティブになるだけだと考えて終わったことにする。
というか、微妙にタイミングが悪いな。もう少し早ければ最初からだったし、もう少し後なら完全に終わった後だったのに。
龍一「まぁいいけど……それより、まだ帰ってなかったなら旭に頼みたいことがあったんだけどさ」
旭「頼み? なんだ?」
龍一「一回でいいんだけど、彩水ちゃんに会わせてもらうことってできないかな」
旭「彩水に……? 会ってどうするんだ?」
龍一「どうってわけじゃないんだけど……ただ、知っておきたいと思ってさ」
真夢「わ、私も会ってみたい。あっちだと毎日会えてるけど、こっちでもちゃんと挨拶しておきたいから。ちゃんとお見舞いに何か買って持っていくし、旭の邪魔はしないから着いていきたい」
……まぁ、お見舞いに来てくれるっていうのであれば止める理由がないんだが、正直来たところで本当に寝たきりだからどうしたものかというのもある。
龍一はこれで常識はあるから変なことはしないだろうし、真夢は彩水が寝たままだろうと一方的に話しかけるくらいはわけないだろうし……あれ、特に問題なさそうだな。せいぜい騒音にならないかが心配なくらいか。
それに、二人ともふざけてとか、からかいにくるというわけではないだろうし、まぁ……別にいいか。
旭「そういうことならこれから行くか?」
真夢「ほんと!?」
龍一「え、いいのか? でもそんな急に行ったら迷惑じゃないのか?」
旭「別にいいんじゃないか? 俺なんて毎日行くようにしてるし、実際昨日もおとといも……あれ」
昨日……行ったっけ。毎日学校の後に行くようにしていたはずだけど、どうにも昨日はボーっとしていたせいでいまいち覚えていない。
龍一「……旭? 大丈夫か?」
旭「ん? あ、あぁ大丈夫だ。それより、行くなら行こう。面会時間もあるんだしな」
真夢「え、ま、待って。私まだそんな急に会うなんて思ってなかったから何にも準備とかお見舞いに持っていくものとかも全然用意してなくて、せめてお見舞いに行く前に一回その時間取ってとかからじゃだめかな」
旭「気持ちだけで十分だ。ほら、行くぞ」
真夢「ぁぁー……」
_____
旭「ほら、ここだ」
龍一「え、この病院……」
旭「龍一? なんかあったのか?」
龍一「い、いや、この病院に今朝旭に話してた安達さんが入院しているんだよ。まぁ同じ町だしあり得ない話じゃないんだけどさ……」
旭「じゃあ時間があればついでに様子も見てくか? 真夢は……まぁ昨日は色々あったし、無理はしなくていいからな」
真夢「だ、大丈夫……」
病院の前で話すのもそこそこに、三人で面会の手続きを済ませていく。
龍一も一度、その安達の見舞いに来たことがあるのか、特に手続きには手間取っていなかった。まぁ龍一なら初めてでも簡単にできていても不思議ではないけど。真夢は頑張っていた。
旭「ここが彩水の病室――」
看護師「あ、旭さん!」
旭「でぇっ!? な、なんですか?」
病室の近くまで来たところで、その前にいた看護師……最近よく会っていた人だ。その看護師が俺の名前を叫びながら駆け寄ってくる。どこか焦燥しているようなその看護師に、俺もキャラでもないのに叫び声を上げてしまった。
旭「な、ど……どうしたんですか?」
看護師「ど、どこか体におかしいと感じる部分はありませんよね? 昨日は一日中眠っていて今日目覚めたということもありませんね?」
旭「ないですないです! どうしたんですか急に!」
看護師「い、いえ……失礼いたしました。昨日お姿が見えなかったものですからもしかしてと……」
旭「俺が夢幻病になったんじゃないかってことですか? 大丈夫ですよ、昨日も元気に学校に行きましたから」
やっぱり昨日は来ていなかったらしい。これ以上心配させるのも、と思って少し嘘も交えてしまったが、普段の塩対応からしてここまで心配されているとは思っていなかった。
だがそれだけ夢幻病という病気が危険視されているということの証左でもあるのだろう。俺も、いつ彩水と同じ状態になるのかわからないし、決して他人事ではない。
看護師「それと、昨晩巡回中の他の看護師からの伝言で、如月さんの病室からたまに声が聞こえると――」
旭「如月……彩水が!?」
龍一「お、おい旭!」
やっぱり一昨日に聞いたあの声は聞き間違えなんかじゃなかったのか。背後の龍一の声も無視して病室に駆け込む。
旭「彩水!」
彩水「――」
だがそこにいた彩水はすっかり見慣れたベッドに静かに横になっている姿だった。
夢では何度も話した。だがやっぱり彩水にはこっちの世界で目覚めて元気な姿を見せてほしい。こんな寝たきりの彩水を見るのは、やはりつらいものがある。
ベッドの横にある椅子に近づき、いつも通りそれに腰掛ける。後から龍一と真夢が入ってくる音が聞こえた。
龍一「旭、その子が……」
旭「……あぁ、こいつが彩水だ」
真夢「えっと、は、初めまして……? なんていえばいいんだろ。あっちでは話したことあるし、でもこっちでは初めてだし……あれ、そういえばあっちで見たよりも小さい……?」
旭「……確かに」
真夢に言われて気づいたが、確かに夢の中で見た彩水に比べて、こっちの寝たきりの彩水は心なしか小さい……というか、細い?
まぁ点滴とかで栄養は取れているとはいえ、五年も寝たきりなのだから当たり前か。まぁ向こうでは身長とか色々盛っているという可能性もあるけど。
龍一「……本当に寝たきりなんだな。これまで一回も目覚めたことはないっていうのも……」
旭「本当だ。とはいえ、今まで寝言すら言わなかったのが巡回の看護師にすら聞こえるくらいに何か言ってたかもしれないっていうのはちょっと気になる――」
彩水「――――……ぁ……ひ…………――」
旭「っ!?」
今、確実に何かをしゃべった。龍一と真夢に目配せしてみると、二人ともコクコクと頷いている。今度は聞き間違えではない。
旭「彩水! 彩水!?」
彩水「――」
真夢「……い、今のは……寝言、とか?」
旭「龍一、夢幻病の人は寝言を言ったりするのか?」
龍一「いや……少なくとも、俺の家族はそんなことはなかった。寝言を聞いたっていう人も知らないし……」
それ以上呼びかけても何も話してくれない。ただ静かに胸を上下させて眠っている。
だが確かに三人とも聞いた。間違いなく今のは彩水の声だった。何かを伝えようとしているのかもしれないが、今の短い声だけでは何を言いたかったのかもよくわからない。
看護師「……あ、あの……そろそろ面会時間終了です」
旭「……はい。ありがとうございます」
その後、面会時間ギリギリまで様子を見ていたが、結局その一度しか彩水の声を聞くことはできなかった。
それに、あの看護師は昨晩聞いたといった。昨晩ならば間違いなく彩水は夢の中で俺と一緒に居たはずだ。だというのにどうして現実の世界の彩水が話したのか。今はもうわからないことだらけだ。
気づけば安達の様子を見に行く時間もなく、家族に夢幻病がいる龍一も知らないその現象が一体何だったのか結局わからないまま、今日は帰ることになった。