かくあるべし
朝食? を食べた後、俺たちは彩水の知り合いという奴のいるところへ向かっていた。
その道中、思えばゆっくりと街を見たことはなかったなと思いながらあちこちを見て回っていたが、ずっといるとここが夢の中だということも忘れそうだ。
旭「本当に現実の方の街とほとんど変わりないんだな」
彩水「うん。おかげで結構不便もないの。それにこの魔法もあるし」
旭「それ、やっぱり魔法なのか? なんか俺できないんだよな」
彩水「なんなのかはわかんないけど……魔法としか言えないかなって。それに、旭は私がずっと一緒に居るんだから、そんなのできなくても大丈夫だよ?」
顔を覗き込みながらにっこりとそんなことを言われる。その表情に彩水はこういうやつだったとどこか懐かしさを覚えながら、やっぱり俺の夢のを叶えるには彩水しかいないと改めて思う。
真夢「ね、ねぇ、その彩水ちゃんが言ってたこっちの世界の知り合いってどんな子なの? 一応会う前に聞くだけ聞いておきたくて、もしかしたらまた私が何か失礼なことしちゃって嫌われたりするかもしれないから苦手なこととかないかなって」
彩水「うーん……まぁ悪い子ではないし、すごく明るい子だよ。それに、多分この世界に一番馴染んでるんじゃないかな」
旭「馴染んでる……のは、いいことなのか?」
彩水「悪いことではないんじゃないかな? あの子も楽しんでるみたいだしね」
まぁそういうことなら悪いことではない……のか? よくわからないな。まぁ彩水の知り合いっていうのなら多分大丈夫だろ。
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??「あ、彩水っちー! おひさー!!」
と思っていたのに、誰だこれは。
騒がしい声が聞こえてきたと思ってそちらに向かってみると、ド派手な山車か何かの上に乗ってこちらに向かって手を振ってくる金髪で狐のような耳が生えている女がいた。
その女は「とうっ」と叫びながら飛び降りて俺らの目の前に着地すると、そのまま彩水を抱きしめ始めた。
彩水「ひ、久しぶりだね、太良ちゃん……ちょっと苦しいよ……」
??「も~、名前で呼ぶのやめてっていったじゃん! あーとかちーとか苗字で呼んでってば!」
……どうやら本当にこれがさっき彩水の言っていた知り合いらしい。にわかに信じがたいが。
というか、彩水を探してた時にこいつを見つけられてたらすぐに終わったんじゃないのか? もうちょっと頑張ればよかったな。
しかし、こうして彩水と並んでみると本当にスタイルがいい。背丈は俺以上……恐らく百八十以上はある。それに出るところは出て引っ込むところはこれでもかと引っ込んでいるという、モデルでも有名になっていそうな見た目だ。
彩水「……旭? まさかとは思うけど太良ちゃんに見惚れてないよね?」
旭「ま、まさか。ただめちゃくちゃスタイルがいいと思ってみてただけで、やましい気持ちなんてないって」
彩水「そう? まぁやましい気持ちがないっていうならいいけど……本当にないんだよね?」
??「あ! もしかしてそっちの子が彩水の言ってた許嫁君? あたしは安達っていうの! よろしくー!」
ずいぶんきゃぴきゃぴとした動きで俺らに向かってウインクを決めてくる。彩水がさっき太良と呼んでいたので安達太良が本名だろうか。だが本人も苗字しか名乗っていない以上、それほど名前を呼ばれるのが好きではないということなのだろう。
旭「俺は高天旭だ。よろしく、安達」
安達「よろしくー! でももっとフランクでもいいよー? あーちゃんとかさ、ね? で、そっちの子は彩水っちの友達?」
真夢「えっ……あ、あの……」
そういえばさっきから全然声が聞こえないと思ったら、真夢がすっかり委縮してしまっていた。今まで初対面では恐れ知らずだと思っていたのだが、こういうタイプはもしかして苦手なのだろうか。
だが残念ながら安達の方にそのことが伝わっていないらしく、「ねぇねぇ」といきなりとんでもなく距離を詰めに行っている。彩水が悪い子ではないと濁したのはこういうところのせいだろうか。
真夢「も……百目鬼真夢、です……」
安達「真夢ちゃんよろー! これから仲良くしてねー?」
真夢「よ、よろしくお願いします……その……あーちゃん……」
安達「キャー可愛い~! ねぇ聞いた!? あたしのことそうやって呼んでくれる子初めてなんだけど、超嬉しいー!」
よほど嬉しかったのか、今度は真夢に抱き着いてそのまま叫んでいる。ちょっと怖い。
だが真夢の方もキャラ的に少し苦手というだけでその行為自体はそこまで嫌がっているわけではないのか、よくよく見ると少しはにかんでいるように見えた。
しかしなんというか、好き勝手にやっている人だな、というのが正直な感想だった。自分を隠そうとしないというか、素のままでやりたい放題しているというか。
彩水の知り合いというくらいだし、彩水がそこまでとんでもなく変な人とは付き合わないだろうという信頼がどこかにあったのだが、まさかこっちの世界でたまに話す相手というのがここまで振り切っている人だとは思ってもみなかった。
彩水「太良ちゃん、真夢ちゃんも苦しそうだからもうその辺で――」
安達「てかもしかして真夢ちゃんも現実のままだったりするの!? 彩水っちもそうだけどもったいないって! せっかく見た目も何もかも好きにできるんだから真夢ちゃんもさ――」
彩水「太良ちゃん……ね?」
安達「あ……ご、ごめんってば! そういえば彩水っちはあんまそういうのしたくないって言ってたもんね? 真夢ちゃんがちょっと無理してるんじゃないかと思っただけなんだってばー!」
彩水の言葉でようやく真夢が解放された。そして何かが彩水の琴線に触れたらしく、慌てて平謝りしていた。
どうやら今の話を聞く限り、この安達は現実と姿を変えているらしい。そういえば真夢がそんなこともできると言っていた。ある意味こっちに適応しているというのはそういう部分も含めてなのだろう。
しかし、言われてみれば確かに理想を体現したような見た目だ。だがもし彩水が同じように見た目をとんでもなく変えていたら……いや、やめておこう。
安達「で、でもさ! せっかくこんな何でも自由なとこに来れたんだからやりたいことはやってくべきじゃない!? あそこのホテルなんて毎日毎日誰かの声がずっと外まで――」
彩水「いい加減にして!」
安達「あ痛っ!? ご、ごめんってー!」
……まるで反省しているようには見えない。もはやわざとやっているんじゃないかと思うほどだ。
いや、わざとやって彩水とじゃれ合おうとしているのかもしれない。なんかめっちゃニコニコしてるし、そうじゃないとこんな往来でホテルの声がどうとか女の子が――
彩水「旭……?」
旭「な、なんだ? 何も言ってないぞ?」
昨日もそうだったけど、なんで彩水には俺の考えていることが伝わっているときがあるんだろうか。顔に出てるのかな。
それより、真夢は大丈夫だろうか。来る前は一番楽しみにしていたのに今ではすっかり委縮してしまっている。慣れれば仲良くなれるのだろうが、しばらくはそれも難しそうだ。
安達「でも彩水っち、旭くん来てくれてよかったじゃん、しかも友達も一緒にさ! ねぇ、せっかくだし勧誘してみてもいい!?」
彩水「太良ちゃん、それは……」
安達「まぁまぁ聞くだけだから! ね、二人もなんだかんだこっちの世界好きっしょ? 欲しいものは出せるし、好きな自分になれるし、疲れないし楽しいし!」
真夢「……ま、まぁ……ちょっとは……」
安達の言葉に真夢が小さく肯定を返す。その反応に安達が「おー!」と言いながら目をキラキラさせている。
だが俺にはその魅力は伝わっていない。欲しいものは出せないし、見た目も変えれないし、起きた後にめちゃくちゃ眠くてまともに活動できたもんじゃなかったし。
……でもまぁ、こっちにしかないものもあるっていう点では、少し楽しくはあるかもな。
安達「じゃあさ、じゃあさ! 二人も私たちと一緒にさ――こっちの世界で一生暮らそ!?」
そんな甘い考えを、続く安達の言葉が一瞬で吹き飛ばした。