影響波及箇所
旭「……眠い」
午前中の授業が終わり、昼休みに入ったくらいの時間。今日はなんか、起きてから体の調子がおかしい。
授業についていけなくて机に突っ伏しているのはいつも通りなのだが、今日はいつも以上に眠気が凄まじい。しかも、寝ようとしてもいまいち寝付けない。
龍一「旭、今日も色々と聞きたいことが……って大丈夫か?」
旭「むり……もうまじむり、やむ……」
龍一「何言ってんだよ……でも、そんな調子じゃ今日はやめといたほうがいいか? ヒプナゴジアのことで話があったんだけどさ」
旭「いや……いける。いけるけど、代わりに購買行って俺の昼飯買ってきてくれない? あ、龍一のおごりでいいから」
龍一「全然よくないんだけど……まぁ話を聞く代金だと思えば……」
旭「待って、そんな本気にされると思ってなかった。ちゃんと払うから。なんなら先に渡しておくから」
本気でそのまま買いに行きそうな龍一を慌てて止め、カバンからしわくちゃの千円札を取り出して龍一に渡す。なんかちょっと嫌そうな顔をされたが、龍一はそれを受け取るとそのまま購買に行ってくれた。
……いや、おごってくれる気になっていたのならそのまま何も言わないでおごってもらえばよかったんじゃないのか? だめだ、今日は頭が回らないな……。
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龍一「お待たせ。はい、これでいい?」
それから五分ほど経った頃、ようやく龍一が戻ってきた。大量のパンを抱えて。それを俺の机に遠慮なく置くもんだから視界がパンの山に埋め尽くされた。
旭「……なぁ、俺千円しか渡してないよな? なんでこんなにあるんだ?」
龍一「え? 旭が元気なさそうだったから多い方がいいかと思って……一応、千円は超えてないから安心して」
旭「そういうことが聞きたいんじゃないんですが。明らかに千円じゃ買えない量がある理由を知りたいんですが」
龍一「あぁ、それなら購買の人がいっぱい買ってくれるからオマケしておくって言ってくれたからだよ。せっかくの厚意だしね」
旭「はぁ……?」
なんだそれ、週三くらいで通ってる俺にはそんなこと一回もしたことない癖に。顔か? やっぱり顔か? 龍一の顔がいいからオマケしたのか?
八つ当たりに机に突っ伏しながら龍一をにらみつけてみるが、本人は「俺、なんかやっちゃいました?」とでも言いたげな何食わぬ顔で不思議そうにしている。
龍一「……あ、もしかして苦手なやつとか混ざってた? どれでも大丈夫ですって言ってもらっちゃったから――」
旭「ちくしょい! 買ってきてくれてありがとうございますよ!」
山の中から一つ掴んで、それにかぶりつく。もうやめよう。これは勝ち負けとかそういう話じゃない。龍一と勝負をしようと思った時点で俺が負けてる。
それよりも、これはいい情報を手に入れた。今度からは龍一に買ってきてもらおう。少なくとも俺がヒプナゴジアに行ってる間は買ってきてくれるはずだし。使えるものはゴミでも使えって仁叔父さんも言ってたし。
旭「んで? 龍一が聞きたいことって?」
龍一「それなんだけど……ちなみに昨日ってヒプナゴジアには行けた?」
旭「あぁ、昨日も行ったし、夢幻病になってた俺の幼馴染も見つけられた」
龍一「え!? 旭にも夢幻病の知り合いがいたのか!?」
旭「……あれ、言ってなかったっけ」
ちょっと記憶を辿ってみる。……言ってなかったかもしれない。真夢には話していたはずだし、それで話した気になっていたのかもしれないな。いや失敗失敗。あははは。
龍一「失敗とかいう問題じゃなくて! え、その幼馴染の子はいつから夢幻病になってたんだ?」
旭「もう五年くらい前かな」
龍一「そうだったのか……ってあれ、じゃあなんで昨日はヒプナゴジアのことを知らないみたいな感じだったんだ?」
旭「昨日……? あぁ昨日か、そっか。実はそいつ、眠り始めてから一度も目覚めたことがなかったんだよ。だから、龍一が言ってた目覚めてすぐのうわ言とかも聞いたことなかったんだ」
龍一「そうか……そういう症例もあるのか……」
龍一の口ぶりからして、やはり彩水のように一度も目覚めないというのはかなり珍しいのだろう。
ニュースなどで言うには、現在も夢幻病の患者は日増しに増え続け、全世界で数千万人にも及ぶらしい。だが、その全員が彩水のように一度眠っただけで二度と目覚めないようならもっと社会への影響は大きいはずだ。
研究者や病院などは治療法を探すのに躍起になっているらしいが、言ってしまえばそのくらいの問題だということだ。おそらく龍一の言っていた「少し眠る時間が長い」という状態の人が多いのだろう。
龍一「ちなみに、旭は眠る時間が伸びたりはしてないんだよね?」
旭「あぁ、俺も真夢も全然問題ないな。真夢は本当に夢を見ているだけの感覚みたいで、起きようとすれば起きれるらしいし、俺も向こうで眠ればすぐに起きられるから……」
……あれ? 今、何かが引っかかったような……。この違和感はなんだ? 何かがおかしいはずなのに、それをおかしいとも思えないような、何かデジャブにも似た……この感覚も、つい最近経験した気が……。
龍一「旭? 大丈夫か?」
旭「……ん? あ、あぁ、悪い。ちょっとボーっとしてたみたいだ」
龍一「今日はなんかずっと眠そうだもんな……体調悪いなら無理しないで保健室にでも行きなよ? 俺も今日はこれ以上聞くのはやめておくよ」
旭「おう……悪いな、気を遣わせて」
龍一はそういうとパンの山から二つほど掴んで食べ始めた。取ったのはベーグルとブリオッシュ……え、なにこれ初めて見た。こんなのあったんだ。
ま、まぁ……きっと俺の疲労感も、夢の中でも動き回っていたせいだろうな。感覚的には実質朝から朝までまる一日活動していたようなもんだし。
けど彩水も見つけられたことだし、今日は向こうでならゆっくりできるはずだ。帰ったら早く眠って向こうの世界に行かなくちゃな。それで、向こうでのんびりしよう。