砂上の楼閣
旭「……ダメだ……」
真夢「彩水ちゃん、いなかったね……」
彩水の家を出た後、学校や俺の家、一応念のために病院など心当たりのある場所を一通り回ってみたが彩水はどこにも見当たらなかった。それで一度考え直すために公園まで戻ってきていた。
彩水の趣味に外に出るようなものはなかったはずだが、もしかしたらこの五年の間に新しい趣味や仲のいい相手を見つけてどこかで遊んでいるのだろうか。
それはそれでいいことではあるのだが、なんか……上手くは言えないのだが少しもやっとする。それでもしその相手のところで一緒に暮らしているとかだったら……いや、これ以上は考えないでおこう。
旭「本当に……どこにいるんだろうな。もしかして彩水だけこの世界にはいないのか?」
真夢「で、でもまだいないって決まったわけじゃないし、もっと探せば……って私にこんな無責任なこと言われても嫌だよね、結局ついていったけど何も役に立ててないし……」
旭「いやまぁ……ほら、俺一人だったらどっかでくじけてたかもしれないし、広いところだと探すの手伝ってくれたし……だから……うん、まぁ……」
うまい励ましの言葉がまるで思い浮かばなかった。そのせいで余計に真夢を落ち込ませてしまった。とはいえ真夢がいそうな場所というか居た場所というか、それを知っているのは俺だけなのだから仕方ない。
しかし、正直ここまで見当たらないとは思いもしなかった。なんせ彩水が行きそうな場所、好きそうな場所なんて現実準拠で考えればそれくらいしか思いつかない。そもそも趣味がインドアだったし外にあまり出ないようなヤツだったし友達と呼べるような相手がいた記憶もない。
だがここまで見つからないとなると話が変わる。もしかしたら何か見落としているのだろうか。
旭「わからん……」
真夢「……その、彩水ちゃんってさっき回った場所以外にどこか思い出の場所とかないのかな? あ、急に聞いてごめんね、もしかしたら旭も忘れてる場所があるのかなって思っただけで……」
旭「いや……どうだったかな。家族で旅行したとかいう話も聞いたことなかったし、そもそもほとんどの時間俺の近くにいたような気がするし……」
真夢「じゃ、じゃあ旭が好きな場所とかよく行ってた場所にはいないかな? ほら、その彩水ちゃんもいつか旭が来るかもしれないと思ってその準備をして待ってたりするかもしれないし、旭と仲が良かったって聞いたから忘れられなくてとかもあるかもしれないなってちょっと思って」
旭「それは……確かにあるかもしれないか。しかし、俺がよく行ってた場所か……」
正直、よく行っていた場所と言ってもさほど心当たりもない。そもそも俺もどこかへ出かけたりなんて滅多にしなかったし、出かけるのも外に出るのも億劫で日がな一日家にいることも少なくなかった。
出かけるくらいなら、全部家でネットで済むんじゃないかって思っていた部分も正直あったし、わざわざ行く必要があるのかとも思っていた。
仁叔父さんには自分で下見もしないでどうやってリードするんだとか好きそうな店はあらかじめ調べておけとか言われていたものの、ものぐさすぎて外に出るときなんて精々彩水か仁叔父さんに会うときくらいで……。
旭「……あそこに行ってみるか」
真夢「あそこって?」
旭「河川敷だ。昔はよくあそこの橋の近くにいた俺を、彩水が連れ戻しに来てくれたりもしてたんだよ」
真夢「か、河川敷……河川敷って、あの川のところのことだよね……? えっと、でもあそこはその、こっちだとね……」
旭「真夢のさっきの言葉がヒントになったおかげだ。俺一人じゃしばらくはそこまで考えなかったかもしれない。ありがとうな」
真夢「えっ、いや、そんな、私は別に、ちょっと思ったこと言っただけででも旭の役に立ったならよかったんだけどここまで全然役に立てなかったわけだしまだそこにいるとも限らないしそんなありがとうとか言われるほどのことは何もしてないっていうかけどそういってもらえてちょっと嬉しいっていうか――」
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旭「……ここ……で合ってる、よな? 記憶違いか? それとも俺の目がおかしくなったのか?」
真夢「え、えっと、さっき言おうと思ったんだけど言うタイミングを逃しちゃって、ここはこっちだと結構有名な場所なんだけど……な、なんていうか、すごいよね……?」
……まぁ確かに、真夢の言う通りすごいのだが、すごいの一言でこの状況を片付けてしまってもいいのだろうか。
ちょうどこっちに来るよりも前に寄ってきたばかりの河川敷、そこは少なくとも俺が生きている間に景色が変わったことはなかったはずだ。
だが今俺の目には、そんな見覚えのある河川敷の景色はない。いやあるにはあるんだが、それ以上に存在感を放つ異物が堂々と鎮座していた。
旭「ずいぶんとでっっっかい建物だな……」
川べりのかなり目立つところに、明らかに周りの雰囲気とは合いそうにもないとんでもない豪邸が一軒だけ建っていた。
しかも、まるで漫画の王様とか貴族様でも住んでいそうなその華美な建物は、その見た目に反して周囲に人影はない。川に入って遊んでいるような人も、その建物からは大きく離れたところで遊んでいるようだった。
旭「……ここ、もしかして曰くつきとかだったりするのか?」
真夢「そういうわけじゃないんだけど、その……私もなんでなのかは知らないんだけどここの建物には誰も入れないみたいで、あの建物に近づこうとするといつの間にか違う場所にいたりするから誰も近づかないようにしてるの」
旭「なんだそれ……ファンタジーが過ぎるだろ……もしかして真夢も入ったことがあるのか?」
真夢「うん……でも、いつまで歩いても入り口に近づけなくて、気づいたらあの公園に戻っちゃって」
旭「マジか……」
真夢が実際に体験したっていうのであれば本当なのだろう。にしてもそんなことまで起きるのか。いくら夢の中とは言え何でもありが過ぎるだろ。
しかし、追い返されてしまうのであれば入って彩水を探すこともできないんじゃないだろうか。ならここまで来たのは無駄足だったということになってしまうのか。
何か入る方法……は、あればこうして皆離れてるわけがないか。とはいえ今から方法を探すのも、他に心当たりを探すのも時間がかかるし……
旭「……行くだけ行ってみる」
真夢「うん、そう……ってえ!? い、行くの? でも入ろうとした人は誰も今まで入れなかったし、この後どこに飛ばされるのかもわからないのに危ないんじゃないのかな」
旭「まぁそうだけどさ……行ってみるだけだから」
引き留めたそうにオロオロしている真夢を尻目に豪邸の方へと歩を進める。
少し歩いたところで頭がクラっとしたような感覚があったが、それも一瞬だけのことですぐに収まった。
いつ飛ばされるのか、どこに行ってしまうのかと戦々恐々としながら入り口に向かっていく。後ろから聞こえてくる真夢の声も次第に遠ざかっていく。
来るなら来い! 俺はもうそのくらいの覚悟はできてるんだ。急に飛ばされるとか言う感覚がどんな感じかわからないからちょっと怖いけど来るなら早く来い!
もう真夢の声は聞こえてこない。でもそれがちょっと寂しいので心の中で強がりながらずんずんと進んでいく。
旭「……あれ、着いちゃった」
入り口に手が触れる。あれだけ覚悟をしてきたのにこんなにあっさり……?
……い、いや待て、もしかしたら中に入ろうとした直後に飛ばされるのかもしれない。真夢も、どのタイミングで飛ばされるのかは言っていなかった……はずだ。
旭「お邪魔しまーす……」
重々しい見た目の扉は、その見た目とは違って意外と簡単に押し開けられた。
豪邸の中はその外観通り、内装もまさにファンタジックなお屋敷のような感じで、その隅々に掃除が行き届いているようだった。
……つまり、誰かが中にいる。
少なくとも真夢がこちらへ来ていた半年は誰も入ってくるところを見てないはずなのにここまできれいということはそういうことだと、そう確信して豪邸の中へ足を踏み入れ――
旭「ぅあ……?」
――直後、先ほどよりも強いめまいが襲い掛かってきて、気づけば地面に手をついていた。
旭「今のは……というより、この感覚は……?」
未知の感覚――否、未知であるはずのものを、とっくの昔によく知っているような感覚が先ほどのめまいの後に残った。
デジャヴとも違う、生れ落ちて数年はここで過ごしたかのような懐かしさを覚えてならない。俺は、一度もここへ来たことがないはずなのに。
旭「行か……ないとな……」
不思議と、どこへ向かうべきかがよくわかる。
入り口に敷かれたカーペットを歩き、正面にある階段を上って右折。いくつかの部屋を素通りしてとある部屋の前で立ち止まる。
……ここだ。
柄でもなく緊張しながら、ドアノブに手をかける。ノックは要らない。そういう約束だ。
彩水「おかえり、旭」
旭「……彩水」
期待した通り、いつか見たときよりもどこか大人びている懐かしい少女の姿がそこにあった。