作戦会議
旭「――……お……ここは……?」
仁叔父さんと別れた後、まっすぐ家に帰ってそのまま眠ると、夢の世界――ヒプナゴジアで目が覚めた。
目が覚めた、でいいのだろうか。ここには眠ったことで来れたし、俺の本来の体は眠ったままのはずで――いや、もうこれ以上考えるのはやめよう。きっと偉い人たちが今頃必死になって研究を進めてくれているはずだ。それよりも……
周囲を見回す。俺がいるベンチの近くを歩いていく人は、その半分以上が現実にはいないような人種で、足元には行き交う人の半分ほどの数の猫が自由気ままに歩き回っていた。
ここはヒプナゴジアだ。それは間違いない。間違いないのだが、どうにも拭いきれない違和感があった。
旭「……俺、昨日こっちの世界でも家に帰って寝たはずだよな」
確か、真夢が帰ってしまった後にどうしようもないからと自分の家の自分の布団で眠ったはずだ。だが今俺の体は公園のベンチにある。ちょうど昨日真夢と話していた場所だ。
……こっちの世界に入るたびにランダムな場所に出るシステムなのだろうか。
そう考えれば納得も行く。そもそも昨日なんて林の中だったのだから、まだ街中に出てこれただけ温情があるってもんだ。
それに、昨日真夢がこっちの世界から帰ったとき、その体は完全に消えていた。周りでそのことに驚いているような人もいなかったし、そういうものなのだろう。まぁそもそも夢だし。
真夢「旭おはよう」
旭「ぅひゃっはぁー! ……ってな、なんだ真夢か……驚かすなよな」
真夢「ご、ごめん驚かせるとかそういうつもりは全くなかったんだけどこっちの世界に入ってきてすぐに旭が見えたからつい声かけちゃって、旭が本物かどうかってとこまで頭が回ってなかったから驚かせることになっちゃったのはごめんっていうか次からはちゃんと気を付けるから――」
旭「あー……わかったから。別に怒っても真夢を責めてもないからそんなに反省しなくていいって、俺の方も変な声だして悪かったな」
あたふたと隠そうともしない動揺を全身で表現しながら謝ってくる真夢にこちらの方が申し訳なくなる。なんでこいつはこうもひとの罪悪感を煽るのが上手いのか。
とはいえ、真夢に驚いたというのも事実だ。さっき見回したときには無かったはずの真夢に突然話しかけられて驚かないはずがない。消えるときは徐々に消えていたのに現われるのは一瞬なのだろうか。
真夢「でも旭も今日は早いんだね。私も帰ってからすぐに眠ったつもりだったんだけどもう旭が来てたからちょっとびっくりした。でも旭もここにいたってことはあの後すぐに戻れたんだよね良かった。もしかして私のことここで待っててくれたの? それはそれで嬉しいんだけど私なんかにそんなことしなくたって――」
旭「ま、待て真夢!」
真夢「――いい……あご、ごめんまたずっと喋っちゃってて、困るよね」
旭「それはいい! いやいいってこともないんだけどとりあえず今はいい! それより、今何ていった?」
真夢「え、ど、どれ……?」
困惑している真夢を尻目に、今聞いた言葉を反芻する。聞き間違いでなければ真夢は、こっちの世界に来た時は現実に戻ったときの場所に戻るのが普通だとでもいうような口ぶりだった。
だがそれは俺の状況とは違う。俺は全くの無作為でこの世界に来るのに、真夢は起きる直前の場所にそのまま来れる。その違いは何なんだ? こっちに来る人によるのか? それとも――
真夢「え、えっと旭? 私何か変なこと言っちゃったのかな。そんなおかしなこと言ったつもりはなかったんだけどもしどれかが気に障っちゃったなら謝るから教えてほしいんだけど……ってごめんね、それくらい自分で考えないとだよね」
旭「……い、いや、やっぱりいい。大丈夫だ」
何か、嫌な予感がしたが今考えてもわかるはずがない。なんせ俺はこっちに来たばかりだし、真夢は真夢だし全く情報が足りなすぎる。それに、今はそんなことよりも優先すべきことがある。
旭「それより、今日はちょっとやらないといけないことがあるんだよ」
真夢「そう、なの? し、しょうがないよね、旭だって忙しいんだし。また夢でって約束はちゃんと守ってくれたんだしもうこれ以上邪魔するわけにもいかないよね。でもできるなら私も何か手伝いたいんだけど、でも無理にってわけでもなくて」
旭「いや……ま、まぁ手伝ってくれるっていうなら助かるのは助かるけどさ……」
真夢「――っ! う、うん! 何すればいいの、何でも言って! 私にできることならなんでも手伝うしできないことも頑張って力になれるようにするから何でも言って!!」
旭「……真夢さ、将来詐欺とかに引っかかるなよ?」
真夢「え? だ、大丈夫! それよりほら、旭の頼みってなに? 私にできることだったらなんでもするから教えて! もし難しかったらそのときは頑張って何とかするつもりはあるから!」
旭「だからそういうところが……ちょっと本当に心配になってきたぞ?」
仁叔父さんとあんな話をしてきた手前、ここで真夢の力を借りていいのかは甚だ疑問が残るが、ここで真夢を放置していってしまうのはさすがにかわいそうに思えてしまった。
というかこいつもなんでこんなにやる気を出しているんだろうか。ともかく、今は探す手が増えてくれたと思ってプラスに考えておこう。
そして今度詐欺にあわないための特別講義を真夢に受けてもらうしかない。じゃないとこいつは簡単に騙される。そんな未来が簡単に想像つく。さすがに俺もそんなことがわかっていて放っておくほど腐っちゃいない。
旭「まぁそれはいったん置いといて、真夢に頼みたいことっていうのは、俺の幼馴染を探すのを手伝ってほしいんだよ」
真夢「旭の幼馴染を? でも、私はその人の顔も知らないし……どうやって探せばいいんだろう?」
旭「……それもそうだな。どうしようか」
何にも考えていなかった。確かに真夢が彩水の顔なんて知っているはずがないし、俺は似顔絵なんてものまともに描いたこともない。
なら特徴を伝えようにも、俺が最後に見た動いている彩水の姿は五年前だ。当時の装飾品も髪型も色もまるであてになるとも思えない。
……どうしよう。
旭「本当にどうしようか……やっぱりここは俺が一人で――」
真夢「ま、待って! まだ何か手伝えることがあるかもしれないし、一回手伝うって言ってそんな無責任なことできないから……そうだ、旭が姿を変えて……って、あ……」
旭「……それができたらよかったんだけどな……なんで俺だけできないんだろうな……」
真夢「ご、ごめんね。じゃあほら、私が姿を変えてみるから、それで聞いて回れば少しは手伝えるよ! ほらこんな感じに……ど、どう? その人はどんな見た目だった?」
目の前で真夢の姿が不確かになり、次にはっきりと現れるとテレビや雑誌で見たことがあるような自分つの見た目に変わった。
……やっぱめちゃくちゃ便利だなこの力。改めてよくよく周りの人を見てみると、手元の何もない空間がぼやけて、直後にペットボトルやらお菓子やらが現れるといった光景があった。それも、ごく自然にその動作を行っている。それが本当に俺だけができないんだと理解させられて少し悲しい。
真夢「あ、旭……?」
旭「あぁ悪い、ちょっと考え事してた。それより、その姿を変える奴はやらなくていい。真夢には話してなかったかもしれないけど、そいつ――彩水っていうんだけど、もう五年間は眠ってるんだよ」
真夢「五年……? そ、それって夢幻病が出始めた時期と同じくらい前からってこと? そんなに前から眠ったままって……わ、私たちは大丈夫なのかな?」
旭「ん? なんでだ?」
真夢「ご、ごめんちょっと怖くなっちゃって。今までこっちの世界のことをよく知らなかったから大丈夫だったけど、龍一が言ってた話と本当にそんなに目覚めない人もいるんだと思って……。で、でももう手伝うって決めたし、旭がやめないなら私も最後までやるから……!」
旭「……無理しなくていいんだぞ?」
真夢「だ、大丈夫! 起きれば、起きれるから!!」
胸の前でこぶしを握り、鼻息荒く口ではそう言っているものの、どう見ても恐怖心を振り切れていない。
ずっとこの調子だとかえって邪魔になるんじゃないかとかも考えたが、断って無理に追い返せば傷ついて落ち込みそうだし、そうなるくらいならついてきてもらった方がいい。誰彼構わず話しかける度胸は随一なのだから聞き込みもきっと捗るだろうし。
旭「……わかった。でも本当に怖い時には俺に遠慮しないで帰っていいんだからな」
真夢「か、帰らない……! さっきも言ったけど手伝うって決めたし、最後までちゃんと付き合う。だから私にできそうなことがあればやるから、任せて……!」
旭「そうか……それじゃあ、これから心当たりのある場所をいくつか回っていくから、その道中で彩水って名前に心当たりがないか聞いてみよう」
真夢「……!」
よほど緊張しているのか、無言で頷きだけが返ってきた。だがやる気なのは確かだしこのまま、可能ならば今日中にはとっとと見つけ出してやりたい。手当たり次第にはなってしまうが、見つかる可能性はきっとあるはずだ。